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ある日の午後でした

「今日はお母さんかお父さんは来るの?」

「うん、来るぞ。また叱られるかもな」


 昼休み。教員用の机で赤ペンを握っている安藤にまとわりついた葉子はいつも通りへらへらとそう言った。

 葉子の親御さんって厳しいんだっけか。

 俺は教員机の真正面の席――外に遊びに行った男子の席だ――に頬杖ついて窓に流れる雲をぼけーっと見上げる。

 給食のシチュー美味しかったなー。

 なんて生産性の欠片もないことに思いを馳せながら。


「桃花さんは来るの?」


 そんな俺に話しかけてくるのは俺とひとつの椅子を二分しているまなだ。隣の席も空いているのにどうしてそこに座るのか。

 まあ身体のサイズ的に窮屈じゃないからいいけど。


「いやあ、来ないでしょ」

「どうして? やっぱり神社のこととか忙しいのかしら?」


 今日香は安藤と葉子を特別興味もなさそうに視界の中心に入れている。


「そりゃ、親じゃないし。そもそもひかりはこの教室で授業受けないから」


 今日の六時間目には授業参観があるらしく、教室ではあちこちからその話題が聞こえてくる。

 と、あまりにのどかな午後にあくびが出そうになるのをグッと堪える。美少女が大口開けてあくびをするのはあまり良くないと、この間まながうちに持ってきた少女漫画誌の特集に書いてあったからな。


「そ、そっか……」

「ご、ごめんなさい! 話しづらいこと聞いちゃったわね」


 あー、やべ。あくびで涙が出たせいで余計な心配させてしまった。ただでさえ家族関連のことはあらぬ誤解を与えてしまっているのに……。

 あくびのタイミングが悪いんだこれが。


「いやいや、本当にそういうんじゃないから気にしないで」


 いい子たちだからそういう勘違いをさせているのは申し訳ないな。

 いや、別に俺は悪くないんだけど。


「そ、それよりまなさんと今日香さんのところはどうなの?」

「うちはマ、お母さんが来るって。恥ずかしいから来なくていいって言ったんだけど……」

「私のところはお父様が来てくれるそうよ。少し遅れるかもしれないそうだけれど」

「お父様」

「何か変だったかしら?」

「いや、変じゃないよ」


 父親のことお父様なんて呼んでいる家庭が存在するものなのか。なんてささやかな驚きは胸の内にしまっておく。

 ともあれ授業参観にちゃんと来てくれるなんていい親御さんじゃないか。

 俺の時も母親は欠かさず来てくれてたな。

 当時は嫌だったけれど、今にして思えばありがたい事だったのかもな。

 そういえば最近両親に会ってないな。いや、この姿で実家に帰れるわけもないけど。今帰って「陽太です」なんて名乗ったらどんな反応されるんだろうか。


「いつも通り授業を受けてれば叱られたりしないさ」

「いやー、どうだろうな。かーちゃんすぐ怒るから」

「大丈夫だ、大丈夫。上山はいつも授業は真面目に聞いてくれてるからな。できれば宿題ももう少しやってくれると嬉しいが」

「むぅ、安藤先生が宿題を減らせばいいんだぞ」

「ははは、善処する。さて、授業の準備があるから先生は一旦職員室に戻るな」


 えー、と不満の声を漏らした葉子の頭をぽんと撫でて安藤は立ち上がる。


「ひかりもそろそろ保健室に戻ろうかな」


 ここにいて誰かの親に会うのはなんだか気まずいからな。女子小学生同士ならともかく、その親に対してまで女子小学生らしく振舞わなければいけないのはいろいろとしんどいだろう。

 ここは安藤に便乗して早めに撤退しておくに限る。


「まだお昼休みあるよ?」

「そうだわ、ゆっくりしていけばいいのに」

「まあまた帰りの会に戻ってくるから」


 数時間離れるだけでこうまで名残惜しそうにされるのは悪い気がしないな。子供の頃は俺もずっと友達と一緒だったと思うが、大人になるにつれて人間関係ってドライになっていくものなんだろうな、今にして思うと。


「またあとでな~」


 と葉子に手を振られて、俺と安藤は一緒に教室を出た。




「…………」


 そういえば俺ってあんまり安藤とあんまり接点ないな。

 こうして二人で歩いてみて気づいた。

 教室から職員室へ行くには保健室の前を通るのが最短なので、必然的に安藤と並んで廊下を歩くことになる。俺から話すようなことはないのだがわざわざ離れるのも忍びない。

 朝の会と帰りの会で毎日顔を合わせているがそれだけだ。他ではほとんど安藤と話したことはない。


「陽ノ下は学校楽しいか?」

「楽しいですよ」

「そうか。何かあったら何でも俺に言ってくれ。あんまり顔合わせないけどこれでも担任だからな」

「ありがとうございます。何かあったら頼りにしますね」


 ほんと安藤は良い奴だな。俺と同い年とは思えないくらい立派だ。児童ひとりひとりのことをよく見ているし、葉子が惚れるのも分かるな。


「あ、相談じゃないんですけど、一つだけ訊いても良いですか?」

「ああ、なんでも訊いてくれ」

「実際、ここだけの話、安藤先生って葉子さんのことどう思ってるんですか?」

「どうって言うと……上山は元気な子だよな。何事にもまっすぐないい子だな」

「そうじゃなくてもっとこう、恋愛的な……」


 なんかこの歳になってする恋バナみたいなのって無性に恥ずかしいな。


「ははは、君らくらいの歳の女の子はそういう話が好きだよな」


 いや、俺は女の子でもなければ小学生でもないんだけれども。


「ここだけの話な、上山には申し訳ないがあの子の気持ちに俺は応えられないよ」

「へー、そうですか」


 そうか、言い回しから察するにさすがに安藤は葉子の気持ちには気づいているのか。教師として……いや、大人として模範的な回答だな。


「今の話、秘密だぞ」


 安藤は口の前で人差し指を立てて見せた。


「分かってますよ。誰にも言いません」

「陽ノ下は大人だよな」

「お、大人じゃないです。こここ、子供ですよ……?」


 え、何?

 急にバレた?

 おっさんじゃないが?


「そんなこと知ってるよ。性格が大人びてるってことな」


 焦った俺に安藤はおかしそうに笑った。

 そ、そうだよな。冷静に考えればそういう事だよな。当たり前だ。

 そんな急に俺の正体がバレるわけもないよな。


「まあなんだ、小さい頃ってのは身近な大人に憧れたりすることもある。陽ノ下も今後そういうことがあるかもしれない。それもまた青春。でも俺にできるのはその経験が傷にだけはならないようにしてやることくらいだからな」

「……そうかもですね」


 俺が今後そういう経験をするかどうかはさておくとして、相手が安藤ならば葉子の恋路については心配する必要はなさそうだな。


「ま、これからも楽しい学校生活を送ってくれ。それから今日の放課後は文化祭写真の申し込みがあるからな。忘れずにな」


 安藤は保健室前で立ち止まった俺の頭をぽんと撫でると、振り向かず手を振ってそのまま職員室の方へ歩いて行ってしまった。

 その頭撫でるやつ葉子にもやってたな。




「そういえば白髪の女の子について何か分かりました?」


 小学三年生レベルの漢字テストにだらだらと回答を記入しながら飯田に尋ねた。授業を受ける必要はないが、一応こういったテストは形だけでも提出が必要らしい。


「いいや、全く」


 文化祭から一ヶ月弱。時々彼女について尋ねているがどうやらいまだに正体不明らしい。

 あの日犬の歪物にとどめを刺したと思しき彼女は、歪みを使用したと考えるのが自然だ。だとしたら飯田か桃花なら正体が分かるものだと思ったのだが――


「そうですねえ、調べてはいるんですけどね……」


 気の抜けた女の声。


「桃花さん、いつの間に!?」

「人見か……」


 扉を開ける音すらさせずに保健室に入ってきていたのは桃花だ。珍しく巫女服じゃなくカジュアルスーツを着ている。


「ひかりさんは今朝ぶりで、飯田君はぁ……数年ぶり?」

「二年ぶりくらいじゃないか?」

「近所に住んでても用事がなきゃ会わないものだねえ」

「電話では話してたからあんまり疎遠だったって気はしないけどな。というかお前いつからいた?」

「十分前くらい? いつ気づくかなあって見てました」

「そ、そんなに!?」


 桃花は飯田の隣の椅子を引いてぽすんと座った。


「ていうか、お前何しに来たんだよ?」


 飯田と桃花が知り合いなのは知っていたが、見た感じ結構仲がいいのか?


「用事なんてないよお。今日は授業参観ですから、ひかりさんに会いに来ました」

「授業参観って……。俺別に授業受けてないですけど」

「最近歪物がめっきり減ったので暇なんですよ。それに保護者ですから! それで話は戻りますがさっき飯櫃神社の総本社から回答があったんですけど、やっぱりひかりさんが言うような特徴の子は認知されている限りではいないそうですよ」


 飯櫃神社って総本社とかあるのか。それで全国的に歪物や魔法少女を管理してるってわけだな、知らなんだ。


「それは思っていたより厄介かもな……」

「……というと?」

「飯櫃神社の管理下になくて歪みの力を使いこなしてるなんて子がいたとします。力を悪用するかもしれません。子供ならそこに悪意が介入しない可能性もありますけど。それでどんな悪戯をしたとしても周囲の大人には止めることができないのでやりたい放題になります。そんな状況はいい結果には繋がらないでしょうねって話です。でもそれならまだマシです。最悪なのは悪い人に利用されてしまうことですね。ひかりさんとまなちゃんの話を聞く限り相当強いみたいですし」

「なるほど……」


 そういえば歪みのことを初めて桃花から教わった時にも、歪みを悪用しようとする人間がいるというのは聴いた気がするな。


「もっとも派手に歪みを使えば花藤が感知できるだろうからな。この辺りでその白髪の少女とやらが歪みの力を使って暴れてるってことは今のところなさそうだが」

「それは一安心ですね」

「そうですねえ」

「だがその少女を見つけるのは急務だな……、つって飯櫃神社の連中もこの街を中心に探してるみたいなんだがまるで見つかりゃしない。白髪なんて目立つと思うんだがな……」

「そうなんだよねえ……」


 彼女について初めは俺の見間違いじゃないかと疑われたが、まなも目撃しているし文化祭の日の校内でも確かに白髪の美少女は目撃されていたらしい。


「まあ、そんなに見つからないくらい引きこもってるならある意味問題ないのでは」


 家の中にいる限りは大したいたずらもできないだろうしな。ちょっと親近感も沸くし。


「ふふっ、そうかもしれませんね。でもひかりさんはもう少し外に出た方がいいですよ。飯田君もどうせ引きこもってるんでしょう?」

「はい……」

「そ、そうだが……」


 突然叱られた……。

 と、あくびが出そうな難易度の漢字テストを解き終わりシャーペンを置く。

 午後の陽気が屈するほどの冷気を上書きするエアコンの風。暖かい部屋。


「それで、ひかりさんは歪みを使いこなせるようになりましたか?」

「歪み自体はそこそこ使いこなしたと言ってもいいだろうな。だがまだまだ全然足りない。それに一度も俺に触れられたことはないしな」

「え、まだまだ全然っすか!?」


 個人的にはそこそこの歪物には苦戦しなくなったしいい感じだと思ってたんだけどな。そりゃまだ訓練では飯田に触れられてないし、まなの方が強いし、文化祭の時みたいな強い歪物とはぎりぎりの勝負になるかもだけど……。


「飯田君は強いからね。でもそのくらいでいいですよ。歪物の修正さえできれば十分です。それ以上を望むべきではない」

「人見、お前――」

「どのみちひかりさんは飯田君が望む程強くはなりませんよ」


 桃花は顔をしかめて飯田を睨みつけた。暖かいはずの部屋に一瞬だけピリリと冷たい空気が流れる。

 桃花ってこんな顔もするのか。いつものほほんとしているイメージだったが……。

 それにしてもなんかよく分からないけど、俺あんまり期待されてない……?


「いいえ、ひかりさんだけじゃないです。まなちゃんも私も誰も彼女には絶対に敵いませんから」

「お前はあの人を過大評価しすぎだ!」


 飯田はばんと机を叩いて立ち上がり、桃花に詰め寄った。

 突然のヒートアップに俺は困惑するほかない。何かが飯田の琴線に触れたのだろう。


「花藤は優秀だし陽ノ下だって素質はある。この代には期待できる。俺は絶対諦めないからな」

「……私はそれを望んでいません。飯田君だってこの間まで無理だって言ってたじゃない」

「お前まだっ――」

「まあまあまあ……」


 二人の間に割って入って仲裁を試みる。マジで何の話だか分からないけどあんまりこの話題を続けるのは良くなさそうだ。

 それが良かったのか二人は小さく息を吐いて落ち着きを取り戻す。


「……とにかくひかりさんが死なないくらい強くなっているのなら私はそれでいいんです。ごめんね、飯田君」

「俺は納得していない。……が、まあ今はまだどちらにしても無理だからな。話すだけ不毛か……。取り乱してすまなかった」


 飯田はもうひとつ大きな深呼吸をすると全身の力を一気に抜くように、窓際の椅子に座りなおした。桃花の隣には戻らない。


「……でもな、根拠がないからこれはまだ言うべきではないと思っていたのだが、その白髪の少女とやらがあの人である可能性もあると俺は思っている。人見だってその可能性を考えなかったわけじゃないだろう?」

「それはもちろん考えましたけど……」

「それだけ分かってるなら今はそれでいい。それも可能性の話でしかないからな」


 俺達――というか桃花に背を向けた飯田は机に肘をついて項垂れる。


「さて、それでは私はまなちゃんのお母様にご挨拶してきますね。またね、飯田君。会うたびに先輩の話になっちゃってごめんね」


 桃花は少し困ったような笑顔で手を振りながら保健室を出て行った――と思ったらひょっこり戻ってきて、


「今日は保護者会があるので帰りはほんの少し遅くなりますね、ひかりさん」

「了解です」


 桃花が去ってからしばらくすると六時間目が終わるチャイムが鳴った。その間飯田は何も言わずに何やら考えており、声は掛けづらかったので俺はだらだらスマホをいじって過ごした。




「みんなはいい写真あった?」


 いつからか溜まり場になった俺の部屋。少し前に家を出たくないと遊びの誘いを渋ったらうちに集まることになり、それ以降すっかり集まるならここになってしまった。

 たった一度の出来事なのにそれ以来俺はすっかり引きこもりキャラだ。あんまりだ。間違ってないけど。

 部屋にまな達を招き入れることは桃花にも許可はとってあるので問題はないのだが、やはり女子小学生三人を部屋に連れ込むというのには拭い切れない罪悪感を覚える。

 まあそれに関しては、俺も今は女子小学生だからと心に言い訳をしてごまかすとしてだ。

 まなが話題に出した写真というのは、文化祭の時のもののことだ。というのも今日の放課後に注文する時間があったのだ。

 廊下にカメラマンが撮ってくれた写真が番号と共にずらっと張り出されて、買いたい写真の番号とお金を学校に提出すると焼き増ししてくれて購入できるのだ。


「私は二枚注文するわ。やっぱり自分でスマホで撮るのとは違うわよね」


 懐かしいな。俺は写真とか全然興味なかったけど、ほのかがこういうの好きで遅くまで写真選びに付き合わせれたっけ。俺が小学生の頃にはスマホなんてなかったしな。


「ひかりちゃんは?」

「ひかりは買ってない。まあいいかなって」


 自撮り写真ならいくらでもあるし、まさか他所の子の写真を買うわけにもいかないからな。


「ひかちんの写真を買う人は多そうだけどな」

「えー、そうかな? まあひかり可愛いからね。仕方ないね」


 もし俺が同級生だったら買うしな。こんな美少女の写真。なんなら本当の同級生ならまなの写真とかもこっそり買うまである。

 そういえばこっそりほのかの写真買ったりしたこともあったな……。


「そ、そうだよね。ひかりちゃんかわいいもんね。買っちゃうのも仕方ないよね!」

「まなさんはなんでそんなニコニコなの……?」

「たくさんいい写真買えそうだからぁ」

「そ、そっか」


 写真だけでここまで幸せそうな表情ができるのならまなの人生はさぞや幸せなことだろう。


「上山さんは……安藤先生の写真かな?」

「ど、どうして分かったんだ!?」

「分かるわよ。それにしてもずっとべったりだったからか葉子さんと安藤先生のツーショット結構あったわよね」


 今日香は呆れたようでありながら柔らかく笑った。

 俺も三人に付き合って一通り写真を見たが、確かに安藤が写っているほとんどの写真には葉子が写っていた。そもそも安藤を写した写真と言うのがそれほど多くはなかったのだが。


「そうなんだ、しかもすっごいいい写真ばっかり! これなんて見てくれっ!」


 そう言って葉子は自慢げにスマホを見せてくる。

 その画面には張り出された写真、特にそのうち一枚を中心に捉えた写真が写っている。


「わあ、綺麗に撮れてるね」


 それは文化祭準備の時の写真だ。

 脚立から落ちそうになった葉子を安藤がキャッチした瞬間。お姫様抱っこのような姿勢になっており、葉子がらしくなく頬を染めている。危うく事故になりかけた場面ではあったが、結果無事だったわけだし絵面で見ればいい写真だ。


「これ注文したんだ」

「もちろん! 安藤先生かっこいいよなっ!」

「まあ、確かにこの時の安藤先生は少しかっこよかったかもしれないわね」

「そうだよな! ようやく安藤先生の魅力が今日香にも伝わったか!」


 葉子は自分が褒められたように嬉しそうな声を上げる。

 安藤の魅力が他の人に伝わってしまったら恋敵が増えるかもしれないとか考えないのだろうか。いや、考えないんだろうなあ。純粋でまっすぐな子だから、葉子って子は。


「いや、そこまでではないけれど」

「ひかりはかっこいいと思うけどな。安藤先生」


 さっき話してても思ったが生徒想いで本当に素敵な先生だよ。葉子が好きになるのも分からなくない。


「ひ、ひかりちゃんはああいう人が好きなの!?」

「まさか葉子さんのライバルが現れるとは……」

「あはは、そういうんじゃないよ。そういう意味なら全然葉子さんに譲るって」

「そ、そうだよね。よかった……」


 まあ俺が譲ったって葉子のものになるわけではないけどな。

 それにしてもまながこんなにも安心するあたり、やっぱり小学生の視点から見ても教師との恋愛っていうのは心配なものなんだな。


「でもすごいよね、葉子ちゃん。先生との恋なんて。やっぱり付き合ったりとかしちゃうのかな?」


 あれ、意外とそんなことない?

 ということはあれか、俺と葉子が安藤を取り合ってギスギスすることを懸念したのか。やっぱり女子ってそういうの気になるものなんだな。


「つ、付き合うってそんな……」

「でも実際のところ難しそうよね、十五歳くらい差があるもの」

「……やっぱりそう思うか?」

「でもさ、年齢とか性別なんて本当に好きなら関係ないってよく言うよね。だから大丈夫なんじゃないかな……」


 友人を励ますにしては不安そうに控えめな笑みを浮かべるまな。

 まなの言っていることは正しい。本当の意味で好きならば周囲の目なんて関係ないし、周囲に口を出す権利もない。だが、残念ながらそれはあくまで理想だ。実際にはそう上手くいかないこともある。

 そもそもこの件に関しては安藤が葉子に気を持っていないから、まず彼女の恋は成就しない。ただそれはまあ普通の恋愛だって同じことが言えるのでさて置くとする。

 もしも安藤が葉子のことを恋愛的に想っていれば、その気持ちがどんなに純粋で、例え表に出さないようにしていたとしても社会的に良いようには思われないだろう。

 ロリコンは無条件で気持ち悪い。

 少なくとも世論はそう考えている。往々にしてその世論に本人たちの考えや気持ちは考慮されない。

 ロリコンではないだろうが、まなもそういうちょっと変わった愛の形を持っているのだろう。魔法少女――歪みを扱えることからそれが分かる。だからこそ葉子のことを手放しに「大丈夫」と言い切ったりはできないのだと思う。

 もしかしたらさっきの言葉は自分自身にも言い聞かせていたのかもしれないな。


「まあさ、ひかりたちまだ三年生だし、まだまだゆっくり考える時間はあるよ」


 これは小学三年生という立場にいる大人からできる模範解答ともいえるアドバイスだろう。我ながら良いこと言った!


「そうね。まだまだ結婚とかもできないものね」

「あ、問題そこなの?」


 女子小学生ってもう恋愛と結婚結び付けたりするの?

 俺なんて二十代中盤になっても結婚のことを真剣に考えたことなんてほとんどないが……。


「結婚かあ……」

「まなは結婚とか好きそうだよな」

「結婚が好きなわけじゃないけど、ロマンチックで素敵だと思わない?」


 お、俺に訊いてるのか?

 急にこっちに視線向けたが。


「うーん、結婚か……。ちょっとめんどくさそうかも」

「ふーん……」

 なぜ不満そうなのか。

「きょ、今日香さんは?」

「私は憧れるわよ」


 まあそうだよな、逆に小学生の方がそういうのに憧れたりするのかもしれない。大人になると結婚が夢みたいなことばかりではないことが分かってくるからな。結婚したことないけど。


「結婚かあ、いいな! やっぱりうち安藤先生に告白しようかな!」

「「「えっ!?」」」


 葉子があまりに唐突に、かつあまりに自然にそんな衝撃的なことを言うものだから三人して固まってしまう。


「こ、告白して、上手くいってもまだ結婚はできないわよ……?」

「そ、そんなことさすがのうちでも分かってるぞ。でも結婚の約束くらいはできるかもしれないじゃないか」

「お、お付き合いとかじゃなくて婚約?」

「あ、そっか。じゃあ結婚を前提にお付き合い……?」

「憧れるとは言ったけど、婚約だけにしても結婚を考えるのはまだ早いと思うのだけれど……」

「そうだね。ちょっと難しいんじゃないかなあ……ってわたしも思うかな」


 うむ、葉子が結婚とか言いだした時はどうしたものかと思ったが、俺が余計な口出しをしなくても解決しそうだな。


「むう、二人とも後ろ向きすぎるぞ……。ひかちんは分かってくれっるよな!」


 安心しきっていた俺に向けられるまさかの矛先。


「え。ひかり? ひかりは……」


 これなんて応えるのが正解なの?

 普通に考えたら止めるべきなんだろうな。告白が成功しないことは知っているわけだし。

 いや、しかし助けを求めるようなこの葉子の目。期待と不安が同居したこの視線は肯定してほしい時のもので間違いない。

 ひ、否定できない……。


「ま、まあ告白はしてもいいんじゃないかな。気持ちを伝えるのは自由かな、なんて。結果はどうあれ……」


 まああれだよな。告白なんて成功することもあれば失敗することもある。きっと多くの人が通る道だ。今時の子供は進んでいるらしいしこの歳で振られる経験をしたって早すぎることはないだろう。

 酸いも甘いも人生だ!

 ……俺は弱い大人だな。


「ひかちんならそう言ってくれると思ってたぞ!」

「ひかりさん……」

「ひかりちゃん……」


 そんな白い目で俺を見ないでくれ。空気が読めてなかったのは認めるけどさ……。


「ど、どうなってもひかりは葉子さんの味方だからね!」

「おう、任せとけ!」


 意気揚々と応えた葉子は、告白が成功して婚約まで話が進むことを一ミリたりとも疑っていないようだ。心苦しい。でも止めるのもそれはそれで気が引ける……。

 となれば、あとは任せたぞ安藤!

 葉子の傷の深さは先生の回答次第だ!

 いつも以上にテンションの高い葉子から目を逸らした先にあった、まなと今日香の微妙な表情からもさらに目を逸らして、行き場のなくなった視線は窓から見える遥か空を見つめる他にない。

 全ての蒼を覆い隠す黒い雲はまるで葉子の告白の行く先を表しているようだった。

 いつの間にこんなにも分厚い雲が出ていたのだろうか……。

随分空きました……

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