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文化祭に行きました

「ひ、ひかりさん怖くないの……?」


 そう言ったまなの声は震えている。

 彼女が俺に引っ付いてくるのは様式美と言っても差し支えないほど慣れた光景なのだが、今はいつになくべったりと俺の腕にしがみついてきている。


「いやあ、うーん、怖いよ。怖い」


 小学生二人がぎりぎり並んで歩ける幅の道。左右は天井まで暗幕で、明かりも足元に淡い光を放つランプがいくらか並んでいる程度なのでとても暗い。

 まあ良くできているとは思う。狭い教室に頑張って作ったのだろう。

 ただ怖いかと言われればそんなことはない。どう見たって作り物だし。

 もっともそれが悪いとは少しも思わない。文化祭のお化け屋敷なんてそれが醍醐味だろうし、「作り物じゃーん」なんて笑うのはあまりに野暮だ。

 ばたんっと大げさな足音を立てて暗幕の隙間から飛び出してきた女子生徒。まなは声すら上げずに俺の腕を締め付けてきた。

 あ、幸せ……。

 だけど歩きづらいことこの上ないな。まあもう出口は見えているしそれはいいんだけど。

 と、あらゆる意味でお化け屋敷を満喫した俺たちが教室を出ると、先に入っていた葉子と今日香が出迎えてくれた。


「お、出てきたぞ。じゃあ次のお化け屋敷に行こう!」

「ま、まだお化け屋敷に行くつもりなの!?」

「わ、わたしはもういいかな、お化け屋敷……」


 けろっとしている葉子に、今日香とまなは顔を青くしている。

 さすが現役小学生。全力で楽しんでるなあ。


「次はメイド喫茶行こう! お腹すいた!」


 かく言う俺も大人気なくテンションが上がりまくりだ。大人になったら文化祭なんてまず来られないからな。

 懐かしいなあ。

 学生の頃はあまり感じられなかったが、今にして思うと学び舎での祭りという異質な空気ってめっちゃ青春じゃん。尊いじゃん。

 学校行事は嫌いではなかったけどこんな風にありがたく思うようなことはなかったな。

 もっとも小学生は文化祭に直接参加しているわけではないのだが。


「そうだな、お腹空いたな」

「そ、そうよ。お化け屋敷なんかよりそっちに行きましょうか」


 今日香は相当怖かったらしいな、お化け屋敷。


「メイド喫茶、いくつかあるけどどこ行こうか?」


 学生による手作りしおりを開いたまなが、うきうきで校内マップに目を這わせる。

 俺も一緒にマップを覗きこむ。メイド喫茶は文化祭の定番なだけあっていくつかあるようだった。


「調理部とかどうかな?」

「いいわね、調理部。間違いなさそう」

「へえー調理部もメイド喫茶やってるんだ」


 確かにしおりによると家庭科室では調理部がメイド喫茶やっているようだった。紹介文を読む限りかなり味に自信があるらしい。


「去年は大食いスタミナ喫茶だったのになんか残念だな……」


 葉子はメイドにはあまり興味がないようだ。いや普通女子小学生なんてそんなにメイドになんて興味ないか。


「大食いスタミナ喫茶ってこの学校で集客できるの……?」


 若い頃の俺なら喜んで入りそうなものだが、このお嬢様お坊ちゃま学校に似つかわしくない響きだ。というかそれは果たして喫茶店を名乗っていい代物なのか?


「外部の男性人気を狙ってたって噂よ。まあ見ての通りそんな人全然いないけれどね」

「あー、なるほど」


 女子高生だもんな。そのくらい色気づいてもおかしくないか。もっとも今日香の言う通り父兄っぽいの以外男性客はほとんど文化祭にいない。制限されているわけではないのだが、軽い感じの男は空気的に入りづらいのだろう。警備員もいつになくたくさん配置されているし。


「でも美味しいから人気ではあったよ」

「そうね、確かに美味しかったわ。食べきれなかったけれど」

「二人が食べきれなかった分も食べられてうちは幸せだったけどな」

「そうなんだ。話を聞く限り本当に美味しそうだし調理部行こうか」




「それではお嬢様方もご一緒に――おいしくなぁれ! きらきらきゅぅーんっ」


 両手で作ったハート。それを「きゅぅーん」に合わせてテーブルの上で一周させるのはメイド衣装の先輩だ。左胸の名札には『ちゅうに りこぴょん』と書かれている。

 俺たちもりこぴょんの掛け声に合わせてきらきらきゅぅーんする。

 まなはおもいっきり緩んだ笑みを浮かべて。

 葉子は目の前の巨大パンケーキだけを見つめて。

 今日香は恥ずかしそうな苦笑いで。

 そして俺はと言うと、罪悪感と興奮の葛藤を抱えて目をあちこち泳がせながら。

 いや、中学生とか高校生のメイド喫茶可愛すぎか!?

 しかも全体的にめっちゃパステルカラーで装飾されていて、アーチ状に風船が付けられたチェキ撮影スペース、もといインスタ撮影スペースにも力が入っている。絵に描いたような男子禁制ファンシー空間だ。

 やはり入りづらさを感じるのか、カップルを除いて男性客の姿は見当たらない。もし俺がおっさんだってバレたら地球から追い出されかねない空気すらある。

 でも今の俺は女子小学生。可愛いだけを集めたファンシーワールドでも呼吸することが許されているのだ。うん、許されてるよね……?

 ていうか本当にこれが去年男狙いで大食い喫茶をやった集団と同じ集団なのか?

 ともあれ、何より意外だったのはまなだ。

 普段大人しい子なので葉子のようにノリについてきづらいような反応をするかと思っていたのだが、これがノリノリだ。家庭科室に入った瞬間からニヤニヤとメイドさんを眺めている。いや、目が合うとスッと逸らすのは相変わらずな感じはあるのだけれど、今の状況だと正直キモオタの反応にしか見えない。

 でも可愛いんだからズルいんだよなあ。現役女子小学生。

 ……それにしても料理美味すぎだろ。

 まなのにやけ面を鑑賞しながら、りこぴょんがケチャップでひかりのイラストを描いてくれたオムライスを一口食べて感動した。

 これはもはや部活動のレベルではない。マジでレストランが開けそうだ。

 しかも歌やダンスのパフォーマンスなんかもしているし、普通のメイド喫茶と言っても誰も文句を言わないだろう。まあパフォーマンスの質はプロレベルとはいかなかったようだが、可愛いけど。

 とまあ俺たちはそんな感じで三十分ほどメイド喫茶を満喫して、「いってらっしゃいませ、お嬢様」の声を背中に聞きながら店を出た。


「すごくかわいかったね、メイドさん。帰っちゃうのもったいないなあ」

「ご飯も美味しかったしな。星五つだ」


 いつも以上に肌に艶があるように見えるまなと満面の笑みを浮かべた葉子を尻目に、俺は小さく息を吐く。ちょっとはしゃぎすぎて疲れた。ペンライトを振りすぎて明日は筋肉痛かもしれないな……。


「そんなに楽しんでるなら調理部の方々も幸せでしょうね」


 今日香は呆れたような顔をしながらも柔らかく目を細めた。

 そんな調理室の前、


「おう、君たち。文化祭楽しんでるか?」


 と熊の着ぐるみに声を掛けられた。俺のニ、三倍はありそうな大きな熊で、その声にはとても聞き馴染みがある。


「安藤先生っ!」


 真っ先に声を上げて熊に抱きついたのは葉子だ。というか俺が振り返った時にはすでに引っ付いていた。


「上山は今日も元気いいな」

「うちは今日も元気いっぱいだぞ」


 葉子はよく安藤だって分かったな。着ぐるみで顔見えないのに。


「あら、安藤先生なのね」

「かわいい着ぐるみですね」


 そうだろう、なんて自慢気に胸を張りながら言った熊安藤は、まんまるのつぶらな瞳を俺に向けた。


「どうだ。他の三人は去年も会ったが、陽ノ下はうちの文化祭初めてだろう」

「みんなと一緒ですし楽しいですよ。お気遣いありがとうございます」

「そうかそうか。それはよかったな」


 安藤がそう言って俺の頭を撫でると、


「うちもうちもー」


 と葉子も着ぐるみに頬ずりしている。

 本当に面倒見のいい教師だな、安藤は。俺は撫でられてもなんだかなあって感じだが。


「先生は着ぐるみ着て何してたんですか?」

「校内の見回りだよ。せっかくだから楽しげな格好の方がいいだろう」

「安藤先生が見回ってるなら安心だな!」

「おう、安心して楽しんでくれ!」


 安藤は葉子と遊んでやりながらサムズアップ。頼りになるなあ。


「君たちは食事かな」

「ま、まあそうです」


 メイド喫茶のメルヘンな看板を見た安藤は何ともなしに聞いてきたのだろうが、今日香は頬を少し染めて答えた。


「美味しかったし可愛かったですよ。安藤先生もお昼まだだったらぜひ」

「悪くないけど、これだけ並んでるとさすがにな……。他で食べるよ」


 安藤は苦笑いで喫茶店前の行列を視線でなぞる。

 そりゃこれだけ良い店だったらそうもなるか。俺たちがほとんど並ばずに入れたのはラッキーだったかもしれないな。


「ならうちが案内するぞ。今日はまだあんまり食べられてないけど、食べ物のお店は全部暗記してるからな!」

「あ、あんまり食べられてない……?」


 まなが首を傾げるのも無理はない。文化祭価格で普通の店なんかよりかなり安く飲み食いできるのをいいことにありえないくらい食べてたからな、葉子は。それでいてまだ食べるとは胃袋ブラックホールか。


「よし、じゃあ行くか。みんなで食べ歩きだなっ!」


 熊の着ぐるみで腕を振り上げる仕草可愛いな。


「わ、私たちは遠慮しておくわ。たくさん食べたもの。ね、まなさん、ひかりさん」


 今日香はわざとらしくそう言うとこちらを見てぱちぱちとウィンクする。


「? せっかくだからみんなで回った方が――」

「ひ、ひかりさんもお腹いっぱいだよね!? 体育館におっきい迷路があるみたいだから、わたしたちはそれ行こうよ」

「それじゃあ先生さようなら~」


 今日香とまなの二人に左右の腕を掴まれて連行される。

 こういうのって先生にたくさん奢ってもらえる流れで、とりあえずほいほいついていくものじゃないの……?

 今日香もまなも葉子みたいに異常な量食べてたわけじゃないし。


「こういう機会ってあんまりないんだから、二人きりにしてあげましょう」


 今日香が小声でそう言ったのでようやく理解した。


「あー、そういう」


 正直教師と小学生の恋なんて叶いっこないと思うが、葉子は本当に安藤のことが好きなようで可愛いな。俺も女子小学生にそんなにまで好かれたい人生だった。


「安藤先生は全然そういう感じじゃないのは葉子さんちょっとかわいそうだけどね……」

「まあ難しいものだよ、大人と子供の恋なんていうのはね」


 たとえ両想いだって安藤はどうにもできないだろうしな。


「なんか実感籠ってるわね」

「そ、そうかな……?」


 あはは、と苦笑でごまかす。

 振り返ると熊の安藤とその腕にしがみつくようにして歩く葉子の姿は、廊下を歩く人混みの中に溶け込んでいた。彼女の横顔はとても幸せそうに見えた。

 恋愛の感情に年齢なんて関係ないんだな。


「それで、どうしようかこれから。本当に迷路に行く?」

「お腹いっぱいだしそういうのがいいかも」


 なんて話しながら俺たちは二人とは反対の方向へ歩き出した。




「すごいわね、この迷路……」


 関心したようにキョロキョロと視線を右往左往させるのは今日香だ。

 体育館全体を使った展示である迷路は、普段体育館を使用している運動系の部活が合同で作ったものらしい。

 これがかなり本格的。段ボールと暗幕でできた壁は大人でも隣の通路を覗けない程度の高さがあり、かつ通路の幅は適度に狭いので閉鎖的で迷宮らしい雰囲気がよく出ている。これは男の子の冒険心がくすぐられるな。それでも天井まで壁があるわけではないので明るさは普通にあるし、怖さや危なさはあまりなくまなと今日香も怖がってはいない。

 そしてこの迷路、かなり長そうだ。俺たちが小さいのもあるだろうが、体育館全体をくまなく使っているのでそうすぐには抜けられないだろう。


「そうだね、難しいしね……」


 すでに迷路に入って十五分程が経過しただろうか。迷いながらも多分順調に攻略していると思う。天井を見る限りゴールはそこそこ近そうな気がするし。


「はぐれたら会えないかもね」

「ひかりさん、怖いこと言わないでよ……」

「冗談だって、そんなに不安な声出さなくても」


 怯えたような声を出したまな、少し前を歩いていた俺はそれがあまりに可愛くて半ばからかう様に笑って振り返った。


 ――壁。


 そこではただ暗幕の黒が波打っていた。


「しばらくまっすぐだったと思うんだけど……」


 それにも関わらず来た道がない。そしていたはずのふたりもいない。

 壁に触れてみるがやはり壁でしかない。なんならさっきまでの段ボールの壁より頑丈な感じがする。一瞬で壁が現れるようなギミックが文化祭の展示にあるようにも思えない。


「まなさんっ! 今日香さんっ!」


 大きな声で呼びかけてみるも返事はない。


「――っ」


 それどころか、歪物の気配。少し前の俺なら気づかなかったであろう程薄いが確かな気配がある。

 ということはこの不思議現象も歪みのせいなのか……?

 いや、何はともあれまずは歪物を探さないとだな。

 とんっと床を蹴って跳び上がる。迷路の壁はせいぜい二メートル、歪みの力で俺は優に三メートルは飛翔した……が、


「嘘じゃん」


 俺が上昇するほど壁が伸びて迷路は隣の通路を覗かせてくれない。


「最近の文化祭は凝ってるなあ」


 着地すると、壁に嫌味を吐いて俺は走りだす。上から覗けない以上歪物は足で探すしかない。残念ながら気配が薄すぎて俺じゃ位置までは特定できそうにないしな。


 ――と、すぐに急ブレーキ。


 T字の分かれ道、右側の通路から人影が出てきたのだ。


「あぶなっ」


 歪みで急加速したせいで止まりきれない俺を、


「走ったら危ないよ~」


 と気の抜けた声の彼女はぎゅっと受け止めた。顔より大きなわたあめを持った右手を守るように上げて。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ~」


 俺よりいくらか大きな彼女は五年生くらいだろうか。くるくるふわふわの白髪がとても目立っている。白とパステルなピンクでリボンフリルレースマシマシなちょっとイタい――俺の私服も今は大体こんな感じだが――ワンピースを着ているので、この学校の児童ではないのだろう。


「そ、それよりも早くここから逃げないと!」


 普通の子が歪物と遭遇するのはそれだけであまりに危険だ。


「ん~、何かあるの?」

「あー、いや、その……とにかく危ないので行きましょう」

「あははっ、さてはナンパだな~。私とデートしたいってことか」

「まあそれでもいいです。とにかくついてきてください」


 少女は「かわいい奴め~」と俺の頭を撫でてくる。ウザイなこの子。しかし見捨てるわけにはいかないので彼女の手をとって早歩きで迷路を進みだす。

 まなと今日香は大丈夫だろうか。

 何事もなければいいのだが、なんて考えていると、


「ねえねえ、危ないのってあれのことだよね?」


 白髪の少女は楽しそうに俺の手をくいくいと引いてくる。


「あれって言うと……?」


 振り返ると彼女の視線を追わずとも、何のことを言っているのかはすぐに分かった。

 もう目の前である。

 鬼だ。赤鬼。

 極端な猫背なのにそんな姿勢のままでも高さ三メートルはありそうな巨体。それを覆うような異様に長いぼさぼさの髪。額からは三十センチ程度の二対の角が生えている。紅の肌と怪し気に笑った口角から覗く牙。睨みつけるような鋭い目は黄金に光っている。

 担がれた鉞は一般的なものの二倍くらいはありそうだ。

 相変わらずの異形っぷり。間違いない、これは歪物だ。

 気配だって痛いくらい伝わってくる。

 しかしどうしてこんなに接近するまで気づかなかったのか。これだけ大きな気配なら魔法少女始めたての時にだって気づいていたはずだ。

 というかなんでこんな異形を前にしてこの子は楽しそうに笑ってるんだ。出し物の一部だとでも思ってるのか? どう見ても作りものって感じではないだろ、これ。


 ズギャン!!!


 金属音と爆発にも近い衝撃音が響く。

 鬼が白髪の少女に鉞を振り下ろし、俺がそれを小太刀で受け止めたのだ。少女と鬼の間に割り込んで。


「――っ」


 なんて馬鹿力だ。歪みを使って全力で受け止めたのに、腕に折れそうな程の痛みが走る。

 一拍遅れて起こった暴風。俺の橙髪が揺れ、少女の身体が宙に舞い吹き飛ばされる。


「うわお」


 彼女は呑気に危機感のないリアクションをしているが、このままだと壁に叩きつけられるぞ。

 俺が刀を手放しつつ横へ逃げると、鬼の鉞は体育館の床を殴った。それを尻目に俺は少女に飛びついて抱きしめ、一緒に五メートル程吹き飛ばされたところで壁に足をついて衝撃を和らげる。

 着地して一息つき、違和感を覚える。

 鬼が殴った床も、俺が蹴った壁も一切傷ついていない。床はともかく壁はただの段ボールだったはずだ。おかしい。壁が伸びた件もあるしこの迷路自体になんらかの歪みの力が働いているのは間違いないだろう。この鬼の歪物の仕業か……?


「ここにいてください」

「うーん、了解っ!」


 わたあめを食べながらゆるっと敬礼。呑気なものだよ、本当。一瞬前まで死ぬかもしれなかったというのに。一体どんな胆力してるんだ。

 とにかくこの子はこれだけ離れていれば安心だろう。


「よし、やるぞ」


 改めて状況を確認する。

 敵は体長三メートルの鬼。でかくて腰がひん曲がっている以外はほとんど人と変わらない体型だ。その武器はこれまた巨大な鉞。あれを直接くらえば歪みで守っても即死する可能性がある。ただ迷路の通路は狭いため、鉞は縦にしか振れないだろう。だから軌道も読みやすく回避もガードも比較的容易だ。それに歪物本体だってその巨体故に自由には動けないはずだ。つまり形勢は圧倒的にこちらが有利。

 俺もいつもの小太刀は使いづらいが……いけるぞ。

 肩の力を抜いて胸の前で両手の拳を握り、やや腰を落として左足を前に出す。左肩が相手の方へ向くような構え。もちろん顔は敵から逸らさない。

 鬼が再び鉞を振りかぶるのを確認してから俺は、タンタン、とジグザグにステップを踏みながら奴との距離を詰める。

 鉞を振るう速度は確かに相当なものだったが、振りかぶりはのろまなくらいだ。一回振らせさえすれば容易に距離を詰められる。それにさっき鬼が少女に鉞を振るった際には反応して間に割り込むこともできた。今の俺ならこんな歪物相手じゃないぞ。

 できるだけ身軽に、相手から目を逸らさず――。

 そして鉞の間合いに入ったら、一気に加速。

 鉞の間合いは持ち主から遠いが、刃は小さいので致命傷になりうる範囲は狭い。懐に飛び込んでしまえばこっちのものだ。

 と、案の定鬼が俺に反応して鉞を振り下ろしたのは、もう俺が間合いの内側まで入ってしまってからだ。当たりっこない。

 そして距離を詰めて、下から突き上げるアッパーを顎に入れてやる。

 身体が小さいというのは便利だ。懐に潜りやすいというのはそのまま攻めやすいということに繋がる。普通なら身体が小さければ重さが足りず、攻撃に威力が乗りづらい傾向にあるが歪みが使えればそんなの関係ない。

 手応えはあった。

 振り上げた拳は鬼の顎を突き上げ、鬼の首――どころか猫背の腰から海老反りにさせる。……いや、海老反りに止まらず奴の身体が一八〇度折りたたまれるようになったぞ。腹からぶちぶちと肉と皮がちぎれる音がしたし、ぼきぼきと骨が折れるような音もした。開かれたようになった断面からは黒い靄が溢れ出していて見た目がグロテスクになっていそうな部分が見えないのは幸いだった。

 ……俺の拳、こわ。

 これからは無暗に人のこと殴れないな。いや、殴らないけども。

 とにかくまずは歪みの根源を見つけないと。

 こればっかりは手数で探すしかない……本来ならそうなのだが、どうやら今日はついているらしい。割れた腹から溢れ出す靄の中、微かな赤い光が見えていた。下腹部のこちらから見て右寄り、左足の付け根辺りだ。そこに歪みの根源はある。

 狙うなら露出している今しかない。

 アッパーで上がっている腕に小太刀を創り出してそのまま振り下ろす。これで根源を一突きだ。

 ――そう簡単にいかないのが魔法少女の宿命らしい。

 俺の小太刀は根源の寸前でぴたりと止まる。

 腕が痛い。締め付けられるような痛み。

 髪だ。鬼の長い髪が自律的に動いて俺の腕に巻きつき抑えてくるのだ。


「くそ……っ!」


 ただ巻き付いているだけなら何でもないが、じわじわと締め付けてきていてこのままだと切り落とされかねないぞ。それに髪はまだまだある。それぞれが蛇のように蠢いている。これらも動くのならちんたらしていたら腕だけでは済まないかもしれない。

 左手に小太刀を創り出して右腕に巻き付く髪を切り跳び退る。

 鬼は髪を器用に動かして下半身の上に上半身を戻すと傷も消えていく。

 胴体がくっついた……。

 あの髪、厄介だ。いまだにうようよ動いているし。能力を隠してやがったな。

 完全に回復されてしまったし、振り出しだな。

 いや、しかし敵の弱点が分かっているから初めよりは有利かもな。

 しかし早くこの子は修正しないと。まなや今日香のことも心配だし、白髪の少女だって呑気だが、この場所自体がどうなっているのか分からない以上いつまでも安全とも限らない。

 そして何より文化祭の楽しい時間を早く取り戻さないと。せっかく女子小学生との制服デートなのだからっ!

3ヶ月ぶりの更新です。次もゆっくりかもしれません。

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