ロリになりました
子供の頃は早く大人になりたいと思っていたものだ。
ゲームやマンガを好きなだけ買える羨ましい存在。それが大人だった。
酒やタバコ、ギャンブルも大人にしか許されていない娯楽だ。
大人は自由だ。なんだって出来る。
……そんな幻想は実際に大人になるまで消えてくれないのだから憎い。
二十代も折り返しに入った今日この頃。
子供が羨ましい。
夜勤明けの帰路で通学中と思しき小学生たちとすれ違う。白セーラーの制服から近所のお嬢様小学校に通う児童であることはすぐに分かる。
「ちょっと、前見て歩かないと危ないわ」
「だいじょぶだって。うち運動神経には自信あるから!」
後ろ歩きで歩くショートカットの女の子を注意するぱっつんロングの女の子。
それから二人の話を聞いて控えめでありながら楽しそうに微笑んだ、一歩後ろを歩くツインテールの女の子。みんな可愛らしい。そして元気が羨ましい。
案の定躓いたショートカットの子をあとの二人が焦って支える。
「ほら、言わんこっちゃない」
「だ、大丈夫!?」
「サ、サンキュー。助かった」
と、朝から賑やかな彼女たちを見ていると疲れきった心が浄化される。
帰り道がちょうど小学校の通学時間に被るのが夜勤の唯一嬉しい点と言っても過言ではないだろう。
それから自宅マンションへの足取りがいくらか軽くなった。
「子供に戻りたすぎる。大人にならないと出来ないことなんてマジでしょうもないことしかないしさ。むしろ子供のうちにしか出来ないことって正しい意味で尊いことしかないじゃん? むしろ子供のすることが全部尊いじゃん? 子供って尊い」
ヒモ太郎:俺は酒、タバコ、ギャンブルがないと生きてる意味ないからそうは思わん
俺がモニター向かって話したことに対して、端っこに映ったチャット欄に返事が来る。
「とんでもないろくでなしですねえ。そういうのもさ、昔は憧れたけどやっぱり今となってはねえ……」
ロリコンじゃないよ:分かりみが深すぎる
ヒモ太郎:辛いことは酒を飲んで忘れろ
楽しいことに違いないと信じていたことも日常に溶け込んでしまえばどうってことないことだ。酒だってジュースと大差ないし、たばこは一本吸ってよく分からないまま満足したし、パチンコや競馬にも一度だけ挑戦したことがあるが無にお金を払っただけに終わった。
「ロリコンさんは共感してくれると思った。ヒモ太郎さんはほどほどにね。……あ、落ちた」
俺への返事として着たチャットにまったりと言葉を返していると、モニターの中で壺に入ったおじさんが遥か下へと落ちてしまった。
ヒモ太郎:あー、惜しい
ロリコンじゃないよ:どんまい
「……今日はこの辺で終わっときましょうか」
ヒモ太郎:乙。今日も楽しかったで
ロリコンじゃないよ:お疲れ様っす
配信を切るために自分の配信画面を表示させる。
俺の動きに合わせて揺れる美少女アバターが今日も可愛らしい。
彼女の名前は陽ノ下ひかり。俺、天野陽太の分身と言ってもいいだろう。
太陽から生まれた妖精だ。橙色の髪と深紅の瞳。綺麗に整えられたツインテールが可愛らしい。身長は130センチ。もちろんロリである。
「ロリコンさんもヒモ太郎さんもいつも来てくれてありがとうね。それじゃあお疲れ様でした〜」
と、一言マイクに声をかけてから配信を切る。
陽ノ下ひかりはVtuberだ。そしてその中身こと天野陽太は俗に言うバ美肉おじさんである。
バ美肉とはバーチャル美少女受肉の略で、簡単に言えばバーチャル世界で美少女として活動しているおじさん(お兄さん)のことだ。
陽ノ下ひかりは俺の理想の女の子を具現化した姿である。ちなみにアバターは友人が作ってくれた。
もっともVtuberなんて言っても登録者二桁で同時接続もいいとこ三人、平均一人の弱小だが。
まあ、趣味でやってるだけだから正直そこはどうでもいいのだ。もちろん増えれば喜ぶが。
「そろそろ寝るかな……」
椅子の上で大きく伸びをすると同時に大きなあくびが出る。
夜勤の後シャワーを浴びてすぐ二時間程配信をしていた。時間は昼前である。
さすがに眠たくなってベッドに飛び込むとすぐに意識が落ちていった。
夢を見た。
最低な夢だ。
登校中の小学生をお菓子で釣って家に連れ帰った。そして夢の中の俺は彼女のことをベッドに押し倒して――
違う。俺はこんなことしない。
ロリは美術品だ。清くて尊くて可愛くて美しくて綺麗で清楚で柔らかそうで神聖で不可侵の存在だ。
俺なんかの汚い手で触れていいわけが無い。例えそれが夢であったとしても!
真のロリコンはロリに触れたりしない。それは汚すことを意味するからだ。
一瞬でも情欲に負けそうになっていた自分に覚えた激しい嫌悪感でハッと目が覚める。
ほとんど同時だった。ズドンと落雷のような爆発音が耳元で鳴ったのは。
それは落雷のように腹の底まで響く低い音である。
あまりの音に耳の奥がキーンと鳴っている。ただ音は聞こえるので鼓膜が破れたわけではないらしい。
枕の羽毛が天井まで上昇し舞い降りてくる。
ゆっくり顔を傾ける。どうやら枕に風穴が開いたようだ。破けたというよりは貫かれたような穴で、若干焦げたような跡もある。
何が起こったのかまるで理解できない。
「あ、あれ、普通の女の子っ!?」
続いて聞こえたのは焦ったような女の子の声。金管楽器のように高くて、それでいてどこか落ち着きのある心地よい声だ。ただ少し舌足らずなところもある。
方向は窓の方。
枕から少し視線を上げると声の主の姿があった。
舞い降りる羽。ゆるりと翻るカーテン。腰まであるツインテールが風に揺られてふわりと広がったのが一瞬羽根のように見えた。後光のように差し込む西陽。
深緑色を基調とした軽装鎧のようでかっこよさもありながら、広がったスカートやフリル、リボンなど可愛い要素もふんだんに散りばめられた魔法少女のような衣装。
要するにツインテールの幼いコスプレ少女がそこに立っていた。
「なんだ天使か……」
安心して再び目を閉じる……がすぐに開いて勢いよく起き上がる。
「だ、誰!?」
窓際に知らない女の子が立っている。窓の鍵は閉め忘れていたのかもしれないし、ここは一階だから部屋に入ること自体は難しくはなかったかもしれない。
いや、そういう問題ではないが。
まさか夢みたいに俺が連れ込んだんじゃないよな!?
「私、まなって言います。小学三年生です。よろしくね」
「あ、ご丁寧にどうも……」
名前を尋ねたわけでは無いのだがまなちゃんは丁寧に名乗ってくれる。
怯えている様子でもないし、俺が連れ込んで酷いことをしたわけではないらしい。一安心だ。
「あなたは?」
「俺は陽太。天野陽太って言います」
「俺…? なんだか男の子みたい、だね」
まなは少し首を傾げながらもニコッと笑う。かわいい。
「そりゃね」
俺は男だ。男の子みたいで当然である。
いや、待て。成人男性には見えないってことか?
もしかしてめっちゃ若く見える的なニュアンスか?
これは喜ぶべきなのか? それとも落ち込むべきなのか?
結論は出なさそうなのでひとまず落ち着こう。
それに彼女がなぜこんなところにいるのかということも後回しだ。もっと気になるものがさっきから視界に入っているのだ。
ふむ、見間違いかと思ってひとまず突っ込まずにいたが、落ち着いてもそこに存在が確認できてしまっている以上これだけは聞いておかなければならないだろう。
「……そんなことよりどうしてそんな物騒なもの持ってるの?」
まなの小さな胸に抱えられたもの。
彼女の身長くらいはありそうな長銃である。白と黒の近未来的なデザインで、なんというかおもちゃ感が強い。
本当にエアガンとかおもちゃ的な何かだといいのだが、枕を貫いたのがあれかもしれないと思うと身の毛がよだつ。
「あ、あわわ、こ、これはですねぇ」
まなは焦ったのかあわあわと銃でお手玉した後に背中に隠した。それでも頭の上から煙突のように銃口が覗いている。彼女が小さいのもあるがとにかく銃が長いのだ。
ていうか本当にその煙突から煙出てません……?
と、まあ寝起きで気が動転していたが子供が本物の銃なんて持っているはずないか。
枕もなんかたまたまだろう。なにがどうたまたまなのかは分からないが。
「おもちゃだとは思うけど、危ないことはしないよう――え……?」
消えた。
彼女の頭上に見えていた銃口が。床を見るがなにもない。倒れたというわけでもないらしい。
「な、なにが危ないのかなあ?」
まなは白々しく下手くそな口笛を吹きながらそんなことを言い、両手をパーにして俺に見せてきて、さらにその場で一周回ってみせる。
隠したのでもないらしい。もっともあんな大きなものを隠す場所なんてもともとなかったが。
「……本当に寝ぼけてたのか?」
「お休み中にお邪魔しました。ごめんね」
目をこする俺から逃げるように、まなは窓から走り出る。急いでいても出た後にしっかり窓を閉めて帰るのを忘れない。
「いい子かよ……」
静かな部屋に俺の独り言は吸い込まれた。
羽毛で散らかった床を見回す。
片付けのことを考えると気が滅入る。
あ、そっか。これは夢か。
少女が部屋に入ってきて訳の分からん会話をして去っていく。うんうん、健全でいい夢だ。
きっと目が覚めれば部屋も綺麗に戻っていることだろう。
俺は潰れた枕に後頭部で頭突きして再び眠りに落ちた。
「夢じゃなかったのか……?」
結論から言うならば、夜七時に目が覚めた時部屋は羽毛だらけだったし、枕はぺったんこだった。
「もう訳分からんな……」
ひとまず顔を洗おうと立ち上が――ろうとした時、寝巻き代わりの色あせた高校ジャージの裾を踏んでコケる。
「ぐぴゃっ」とカエルが潰れるような声が漏れた。そんな声でも風鈴のような澄んだ音ならとても可愛く感じられてしまうのだから不思議だ。
裾、こんなに長かったかな?
なんて思いながらも立ち上がるとズボンとパンツがずり落ちる。
半裸になった。
それでも上半身のTシャツが異様に長かったおかげで見えちゃいけないものは見えていないのでセーフ。そもそも一人暮らしだから全裸で歩いていてもなんの問題もないのだが。
なんだか洗面所までいつもより遠い気がする。ていうか俺の部屋、なんか広くなった……?
広くなったというより大きくなったという方が正しいのかもしれない。パソコンデスクが異様に高く見える。漫画しか入っていない本棚もだ。思い返してみれば、ベッドから降りた時もいつもならただ立ち上がればいいのに跳ねるようにしたような気がする。
まだ寝ぼけてるのかな?
いや、まあ狭くなるよりマシか。
と、いつもよりいくらか多い歩数でたどり着いた洗面台。
手をめいっぱい伸ばしてお湯を出す。
つま先立ちで顔を洗う。
足をついて息をつく。
棚の上にあるタオルをジャンプして取って顔を拭く。
最後に鏡を見て寝癖がついていないかの確認。
確認……。
目をこすってもう一度確認。
確認……。
???????
陽ノ下ひかりが写っている。
しかも俺の動きに合わせて動く。いや、Vtuberとして使っているアバターも俺の動きに合わせて動くが、3Dではないし手なんかの動きは再現できない。そもそも鏡に写ったりはしない。
一応後ろを確認してみるが誰もいない。あるのはいつもより少し大きくなった部屋だけだ。
顔をぺたぺた触ってみる。
もちもちでキメの細かい柔らか肌。
いつものうっすら髭の残った乾燥肌とは偉い違いだ。
首、両腕、胸、お腹、最後に下腹部。
あまりに細かったりぺったんこだったりイカ腹だったり、見事な幼児体型。そして生まれた時からずっと一緒だったアレがない。
それから腰まで伸びた橙色の髪を触ってみる。さらさらつるつるだ。少なくとも今朝までの俺の髪はこんなに長くなかった。腰どころか肩にだって全然届かないような長さだったはずだ。一日でこんなに髪が伸びるわけはないだろう。
引っ張ってみる。
「いたたたた」
ウィッグではないらしい。
それに痛みでこれが現実であることも理解させられてしまう。
………
……
…
「俺、ロリになったんだがあああああっ!?」
お久しぶりです。