第五十二話(ミリム視点)
長い、長い、夢を見ているようでした。
わたくしは、何もかも忘れていて、シャルロットお姉様にべったりで、お姉様も優しく接して下さるものですから、とても居心地が良くて、幸せだと感じていました。
でも、それは全て偽物です。
わたくしは全てを忘れている間に、色々なことを覚えました。
して良いことと、悪いこと。
生きていく上で必要な常識。
そして、人の優しさ。
それを知ってしまったが上に、今の自分には耐えられません。
これまでにやらかしてしまったことが、あまりにも大きくて、恥ずかしいということも知ってしまいましたから。
先日までのわたくしは一言で言えば獣も同然のクズでした。
少なくとも人の形をしただけの低俗な存在だったと思います。
発言や仕草、行動……、どれをとっても見るに耐えないレベルです。
えっ? えっ? えっ? えっ?
わ、わたくし、これで生きていましたの?
こんなの裸で生活するよりも恥ずかしいではありませんか。
その上、シャルロットお姉様にこんなにも恥をかかせてしまっていましたの?
そんなわたくしに対して、お姉様はあんなにも優しくしてくださっていましたの?
だって、だって、わたくしのせいでお姉様の結婚式は台無しになってしまいましたのに。
死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい……………。
誰かわたくしの頭を吹き飛ばしてください。
誰かわたくしの首を切り落としてください。
生きていることが恥ずかしいですわ。
こんなにも恥を晒して、生きることなんて地獄です。
薄々感じていました。
わたくしが何も知らなかったことは記憶喪失のことだけじゃないと。
外に出ていくことが出来ないのは、何か悪いことをしたからであると。
でも、現実はわたくしの想像を遥かに上回っていましたの。
もう、耐えきれません。自分で自分の首を絞めてしまいたい。
苦しい。苦しい。胸が苦しくて、申し訳ないという気持ちに締め付けられて。
ああ、本当に消えてしまいたいです。殺してください。神様、わたくしに天罰をお与えください。
「み、ミリム、大丈夫ですか? 頭が痛いのでしょうか? お医者様を呼びますか?」
「や、やめてください! わたくしに優しい言葉をかけないでくださいまし! わたくしなんかにそんな価値はないのですから……!」
心配そうな顔をしてわたくしに声をかけるシャルロットお姉様。
本当に構わないでください。わたくしのような人間に優しくしないでください。
なんで、お姉様はわたくしを切り捨ててくれなかったのでしょう? 牢獄にでも閉じ込めればよろしかったのに。
「いきなり、何を言っているのです?」
「お姉様に迷惑ばかりかけたわたくしなんて、生きている価値がないのです。ですから、放っておいてください……!」
「――っ!? やっぱり、ミリム……、あなた、記憶が……?」
お姉様はわたくしの様子を見て、記憶が戻ったことを察しているみたいです。
お姉様、分かりますでしょうか? わたくしがどれだけ自分の行動を思い出して、恥ずかしく思っているか。
どうにかして、死ななくては――。
そ、そういえば。部屋にネズミが出たときの為に仕掛ける毒水が入った瓶があった気がします。
あれを一気に飲んでしまえば――。
「ミリム、何をしているのですか? そ、それは――?」
「さようなら、お姉様。今までありがとうございました……」
「ミリム! やめなさい! ミリム!」
ゴクゴクと瓶の中の液体を飲み込むわたくし。
ああ、段々と意識が遠のいていきます。
最後にシャルロットお姉様、ありがとうございました。
こんなわたくしに、優しくしてくれて。
最後まで迷惑をかけて、申し訳ござ――。
◆ ◆ ◆
「…………わ、わたくし、まだ、生きていますの?」
「ミリム! 本当にあなたは、馬鹿なことを!」
目を覚ますとシャルロットお姉様が目に涙を溜めて、わたくしに怒鳴りました。
ああ、こうやって怒ってくれることのありがたさも今さら分かったところで仕方がありませんね。
しかしながら、毒薬を飲んだわたくしが無事なのはどういう理屈なのでしょうか……。
「ミリム様が記憶を取り戻すと必ず死にたくなると予測出来ましたから。睡眠薬入りの瓶を敢えて毒薬と伝えて渡しておいたのです。落ち着いてもらうために」
あなたはアンナさん。
そういえば、ネズミを殺す薬はアンナさんが渡したんでしたっけ。
わたくし、死ねなかったのですね。でも、死にたい気持ちは全然なくなりません――。




