第四十九話
私はアルビニア国王の従兄弟にあたる、イーベルト公爵の養子となり、ミリムの身元を引き受けてくれる方はまだ見つかっていませんが、アーゼル家からは正式に縁を切るという手続きはもう済んでいます。
つまり、アルビニアに取り残された父と母は完全に孤立無援。
エゼルスタ王国がどんな処分を下すのか待っている状態になっています。
ミリムについては、どうするのか意見が分かれていまして、記憶があろうが無かろうが処分すべきだという人もいれば、罪を認識していない者は裁けないという人もいます。
「もちろん、僕も不快な気持ちにさせられた。だが、今の彼女はチャンスを与えられている状態だと認識している。然るべき教育を受けた後に記憶が戻れば、彼女は自分の罪の重さを知ることができ、人として裁かれるだろう」
アルフレート殿下はミリムが教育を受ければ、罪について知ることが出来るとして処分を保留にしました。
そうですね。この子が知識を得て、マナーを知り、自分で物事をきちんと考えられるようになれば――。
「シャルロットお義姉様、また考え事? 分かってるわよ。妹さんのことでしょ?」
「え、ええ。すみません、アイリーン殿下。演奏が乱れていましたでしょうか?」
アルフレート殿下の妹君である、アイリーン殿下にピアノを教えていたのですが、どうやら上の空になっていたみたいです。
いけませんね。ちゃんと集中しなくては……。
「いや、演奏はむしろ完璧なんだけどさ。お義姉様の口がずっと開いていたから。ほら、今も……」
「はっ……、失礼しました。この部分なんですけど、変調が5回ほど連続して、最終的に――」
ポカンと口を開けたまま演奏していたことを指摘された私は恥ずかしさを誤魔化すように解説を始めます。
200年前の有名作曲家、ポルメニウスのピアノ協奏曲第7666番は名曲だと今もなおエゼルスタ王国で語り継がれており、私も5歳の頃から数え切れないほど演奏した曲です。
「教え方も上手いなんて、本当に尊敬するよ。まさか、一日で弾けるようになるとは思わなかったもの」
「アイリーン殿下が熱心に聞いてくださっただけですよ。今度の誕生日パーティーでの披露が楽しみです」
実は来月にアイリーン殿下の誕生パーティーがありまして、彼女は自らがエゼルスタ王国の曲を演奏することで、結婚式の一件でエゼルスタ王国自体との友好は崩れていないことをアピールしたいと言われたのです。
私は彼女のその気持ちを嬉しく感じました。
「うん、期待してて。お義姉様は弦楽器を一通りと、絵画の発表、それから昨日見せてくれた木彫りの熊もお披露目するんだっけ。色々やってるけど、寝ている暇あるの?」
アイリーン殿下は私が色々としていることを心配していますが、逆なのです。
常に何かをしていないと不安で、余計なことを考えてしまうので、何かしらやっているだけでした。
ミリムやアイリーン殿下に家庭教師まがいのことをしているのも、没頭したいという気持ちが大きいです。
「睡眠は取れていますよ。それは、もう。ぐっすりと」
「なら良いんだけど。心配しなくていいよ。私も兄さんも、ついでにアウレールのバカも、お義姉様を蔑ろにしないし。きっと上手いこと収まるから」
「お気遣い頂いて、ありがとうございます」
優しく声をかけてくれるアイリーン殿下に感謝しながら、私は彼女の部屋をあとにしました。
全部上手く収まる。それがどういう結末を意味しているのか分かりませんが、全て受け入れなくてはなりませんね。
「お姉様! 今日はアルビニア語の本を一人で読んでみました。辞書の使い方も覚えたから」
「ミリム、凄いじゃないですか。よく出来ましたね」
得意顔をして、本が読めたと喜ぶ妹。
欲しかった日常は手に入りました。でも、これはまだ偽物なのです――。
欲しかったものは手に入ったのですが、時期がね……。
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