第四十五話
ミリムだと思われていた仮面の女性は公爵家の侍女のアンナさん――リーンハルト様と婚約しているときに何度か話したことがある方です。
彼女が正体を晒したとき、私は絶句してしまいました。
そして、同時にアルビニア語でスピーチをしていたなど、そういった不可解な現象が起きたことに対して納得もします。
よく考えてみるとエルムハルト様が頑張って指導してもさすがにスピーチをするとなると、数日程度では難し過ぎますよね。
「しかし分からないな。ミリム・アーゼルの替え玉は僕も疑っていた。だから、昨日の夜に顔を確認したのだが……。あのときの彼女は明らかに以前と雰囲気が違っていた。落ち着いたというか――」
アルフレート殿下は私と同じ疑問を持ったようです。
昨夜のミリムの様子は落ち着きがあり、素直な感じに見受けられました。
ですから、結婚式に出ても騒ぎ立てはしないだろうという妙な安心感も持てたのです。
「催眠術を使いました……。私がミリム様に催眠術をかけて、それで――」
ポツリ、ポツリ、と語りだすアンナさん。
エルムハルト様がミリムに惚れてしまって、マナーなどを教えるどころではなくなったこと、残り時間が少なくなって自分に替え玉になるように命令したこと、せめてバレないようにミリムに催眠術をかけて先に私たちに顔を確認させるように仕向けたこと、エルムハルト様が馬車でミリムを眠らせていたのに秘密を漏らさないために見張りすら雇わなかったこと――。
エルムハルト様――あんなに自信満々でしたのに、アンナさんまで巻き込んで……。
通訳なしで、アルフレート殿下にアルビニア語で供述するくらい優秀な方なのに、不憫に思えます。
「……自分の罪を自覚出来ぬほど愚かではありません。馬鹿なことに加担していたと思います」
言い訳はせずに、話を終えるアンナさん。
彼女の家は公爵家から多額の援助を受けていたはずです。
エルムハルト様に反発することは難しかったでしょう。
「やったことは感心出来ない。結果的に僕らの結婚式は延期になったしね。……この結婚はただの結婚じゃないんだ。アルビニアとエゼルスタの親睦をさらに深めると同時に、外交にこれから力を入れることも決まっていたし」
「アルフレート殿下……」
私とアルフレート殿下の結婚式は、これから外交的にもエゼルスタ王国と密になろうという意味合いも込めた挙式にする予定でした。
この結婚式が延期になってしまったことは、その目標が遠ざかることを意味していたことは分かっていたのですが……。
「返す言葉もありません。何なりと処分を申し付けて下さい」
「……ちょうど、エゼルスタの貴族の事情に詳しくて、語学も堪能な人間を外交担当の者たちが探していてね。遅れを取り戻すつもりで、働いてくれれば免罪も考えよう。再就職先、考えていたのだろう?」
「「――っ!?」」
あ、アルフレート殿下、アンナさんを王宮で雇うおつもりなのですか?
彼女は確かに優秀で得難い人材ですし、勉強熱心な方だと思いますが……。
度量が大きな方だと感じました。
反発もあるとは思いますが、王太子としてアンナさんのことを断罪してしまうには惜しいと思ったのでしょう。
そもそも、エルムハルト様の命令に従うしかなかった状況だと私も思っていますので、彼女に対して重い刑罰が下ってほしいなどとは一切思っていませんでしたが。
「――寛大なお言葉、感謝いたします。もし、許されるのであるならば、誠心誠意務めさせて頂きます」
「うん。でも、しばらくは軟禁させてもらうよ。公爵家とは話を色々とつけなくてはならないからね」
穏やかな口調で、それでいて意志がこもった声で、アルフレート殿下は公爵家と今回の騒動について決着をつけると仰せになりました。
これは、公爵家はかなり窮地に追い詰められましたね。
エルムハルト様もエゼルスタに簡単には帰ることが出来ないでしょう。
そして、私の妹の――
「アルフレート殿下、シャルロット様、ミリム殿が目を覚ましました」
「会いに行くんだろ? こんな形になってしまったが」
「はい。妹に、自分のしたことの重さを理解出来るまで話そうと思います」
私はある種の決意を胸にして、立ち上がり――ミリムが目を覚ましましたという医務室へ向かいました。
犯してしまったことを責める前に、きちんと何をしたのか理解させようと誓い、彼女と目を合わせたのですが――。
「あ、あのう。あなたはどなた様ですの? わたくしの知っている方なのでしょうか?」
「「――っ!?」」
なんと、ミリムは頭を打ったショックで記憶を失ってしまいました。
まさか、こんなことになるなんて――。
第二章はここで、完結です。
↓の広告の下の☆☆☆☆☆からぜひ応援をお願いします。




