第三十四話(エルムハルト視点)
あと2日、あと2日で、シャルロットとアルフレート殿下の結婚式――。
それまでにミリム・アーゼルを何処に出しても恥ずかしくない淑女にしなくてはなりません。
既に馬車はアルビニア王国へと向かっており、時は一刻を争います。
大体、向かいながら躾けるなんて、無謀なこと何で私は出来る!と思ってしまったのでしょう。
こんなの軽率で浅薄な考えしか持たぬ兄みたいではありませんか。
いや、私はここまで兄であるリーンハルトが下手を打つのを虎視眈々と狙っていた智将的なポジションだったはずです。
普通は不可能かもしれないが、私のように容赦のない冷徹な心の持ち主ならば、女一人を躾けるなど容易なのです。
出来る! やれる! 絶対に出来る!
自分を信じて、ここまで泥水を啜ってでもチャンスを待っていたではありませんか!
ここを乗り切れば、私には公爵としての輝かしい未来が待っているんです。
未来という名の希望を私は握っています。
そう、手のひらの中に――。
「こうやって、手を握っていると温かいですねぇ。エルムハルト様ぁ」
おもむろに手を伸ばして私の手を握るミリム。
――温かい、そして、柔らかい。
女性の手というものは何故、こんなにも繊細できめ細やかに出来ているのでしょう。
わ、私、手汗とか大丈夫ですよね? 昔から緊張すると手が汗ばんでしまうのですが……。
「あ、温かいですねぇ。ミリムさん。あはは」
……んっ? いやいや、待ってください。このリアクションは――。
違うでしょーーーーー! あはは、じゃないんですよ! 何をヘラヘラ笑っているんですか、私は!
ダメです……! ミリムの顔を見るとダメだ……! 笑顔はもっとダメです……、笑顔を見るとこっちもニヤけてしまって威厳がなくなります。
「エルムハルト様、本当にそろそろミリム様の教育を始めなくては取り返しがつかなくなりますよ」
「分かっています。アンナ、君は私が失敗するとでも思っているのですか?」
若干、イライラした口調でアンナは私にミリムの躾をするようにと急かします。
アンナは公爵家の使用人の中でミリムと年齢が近いから、彼女の話し相手として連れてきたのですが性格が合わないのか業務的なことしか話しません。
父は優秀だから彼女を雇ったと言っていますが、こういう小賢しい女性って苦手なんですよね。
「はい。思っていますし、無事に故郷に帰れるのか不安です」
「……要らぬ心配ですよ。今から、そう今からきちんとやりますから」
ほら、遠慮なく不安とか言ってしまう人ですし……。
再就職先を下手したらアルビニアで探す羽目になるからって、アルビニア語の勉強を隣で始めますし。
絶対に私のことをナメていますよね。ここは、怒ったほうが――。
使用人にも侮られるようでは公爵家を継ぐなど夢のまた夢じゃないですか。
しかし、アンナの言うことも正論です。このまま結婚式にミリムを連れていけば破滅なのですから。
何とか完璧な淑女に――。
いえ、待ってください。何を言っているのですか、私は。
そうです。何も完璧にする必要はないのですよ。
見せかけでも良いんですから、基本的なマナーだけでも押さえればいい。
ミリムだって伯爵家で過ごしていたのです。多少、常識が無くても見せかけの矯正くらい出来るはず……。
まぁ、その前にアルビニア語の挨拶くらいは覚えさせねばなりませんね。
これは自己紹介程度が出来れば良しですから、三十分もかからないでしょう。
「ミリム・アーゼルは美味しいお芋です(アルビニア語)」
「違います、もう一回よーく、聞いてください(エゼルスタ語)。私の名前はミリム・アーゼルです(アルビニア語)」
「ミリム・アーゼルは美味しいお芋です(アルビニア語)」
何故ですかーーーー! なぜ、私の発音と全然違う言葉を口から出すんです!?
かれこれ、一時間以上、この問答を続けていますよ!
えっ? あと、たったの2日しかないんですか?
無理かもしれません――。
「私、アンナ・ウィリアスは元公爵家の使用人でした。特技は――(アルビニア語)」
信じられないかもしれませんが、最終的にはミリムをちゃんと人間的に成長させるつもりで書いています。
過程ですから、過程……。
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