第三話
アルビニア王国は私たちのいるエゼルスタ王国の西側にある隣国です。
隣国とはいえ、両国間は大河によって隔てられており、文化的にも言語的にも異なる部分が多い国でした。
もっとも、五十年ほど前から両国は友好的な関係になり……現在では王族同士も付き合いが深くなりパーティーを年に数回開いて互いにもてなし合うようになっています。
私は幼少のときよりアルビニアの言語を覚え、ネイティブ級に話せるようになっており、文化についても勉強していましたので、パーティーの時はアルビニアで流行っている曲をピアノやバイオリンで演奏したり、スピーチをしたりしていました。
「アルフレート殿下はアルビニア人以上に自国の文化に詳しく教養豊かなお前に惚れたとのことだ。ワシとしては、隣国に嫁がれると何かあったときに不都合だし、何より公爵殿に不義理になるから黙っていた」
父はアルフレート殿下が私を見初めた理由を話します。
パーティーでの余興をそれほどまでに気に入ってくださっていたとは思いませんでした。
なんせ、最初は通訳を通して感想を伝えられたので、リップサービスも含んでいる物だと思ったのです。
そのあと、私がスピーチだけでなく普通にアルビニア語で話し合えると彼は喜び、小一時間ほど世間話をしたのは覚えていますが……。
それに父はリーンハルトの父親にお世話になっており、頭が上がらないので隣国の王族から婚約の話が来ていても私の縁談を破棄しようという発想はなかったのでしょう。
「まぁ、リーンハルト殿もお前と別れてミリムと婚約したし、婚約破棄の噂が流れてしまうとお前もこっちに居づらくなるだろう。アルビニアでの生活に慣れるのは大変かと思うが――」
「行かせて下さい! 隣国に! 私、アルフレート殿下と婚約したいです!」
はしたないことに、自分でも驚くくらい大きな声が出てしまいました。
妹がいる家にいることが嫌で、リーンハルト様と親戚になり、顔を合わせなくてはならない未来が嫌で、私は家から逃れられるというこの話が魅力的でならなかったのです。
確かに異なる文化の生活圏で、しかも王太子殿下の妻になるということには覚悟がいるでしょう。
しかしながら、今のこの地獄と比べると天国です。
「……ううむ。そこまでこの家にいることが嫌か。辛い気持ちは分からんでもないが……。よかろう、アルフレート殿下に縁談を前向きに考えると返事を出そうではないか。先方も隣国で暮らすことに覚悟は必要だからゆっくりと考えて良いと仰ってくれていたからな。返事が遅れたことは許してくれるはずだ」
父は私の言葉を受けて、アルフレート殿下に前向きに考えると返事をしてくれる約束をします。
隣国で暮らす決断を急くようなことはしないという配慮までしてくれていたなんて――思い出してみれば、少ししか会話はしたことありませんがアルフレート殿下は非常に気さくで感じが良い方でした。
「そういう訳だ、お前も当然知っていると思うが、アルビニア王国の文化では婚約するにあたってルールがある」
「はい。婚約する際には必ず男性が女性の家に赴いて、自らの家に招き入れるという風習があります」
アルビニア人の文化的な風習で“迎え妻”というものがあります。
どういうものなのかと、簡単に申しますと……男性が女性の家に赴き、自らの家までエスコートして婚約の儀式をするのです。
「つまり、アルフレート殿下は手紙を読んだ後に準備が済み次第、お前を迎えに来る。恐らく、数日はこちらに滞在するであろう。お前も殿下が来るまでの間に準備は済ませておきなさい」
「分かりました。ええ、もちろん準備はきちんと済ませておきます」
少し前まで荒んでいた心が晴れやかになりました。
私の心を地獄から救い出してくれたアルフレート殿下。
殿下には感謝してもしきれません――。
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