第十九話
リーンハルト様がミリムの修道院行きに抗議をしに来られた今日、そもそもアルフレート殿下が我が家を訪問される予定でした。
先日の件もあるので、リーンハルト様はお帰りになると思っていましたが、何と彼はアルフレート殿下と会いたいと言うのです。
父もそんなことを言われるリーンハルト様をやんわりと止めようとしたのですが、彼は父の言うことなど聞いてはくれませんでした。
アルフレート殿下もリーンハルト様から用事があると言われて困惑したような表情をされましたが、彼と会うことを了承します。
何も起こらないと良いと願う反面、何かが起こる気しかしないので頭が痛いです……。
「リーンハルトくんが僕に用事があるんだって? 話がよく掴めないが聞こうじゃないか」
アルフレート殿下はサファイアのように強く輝く眼光をリーンハルト様に向けて、話を聞く姿勢を取りました。
その凛々しい顔つきは、真剣そのものでしたが、だからこそ私は不安でなりません……。
リーンハルト様の話とやらが殿下の逆鱗に触れてしまうのではないか、と。
「嫌ですよ、アルフレート殿下。そんなに睨まないでください。僕……いや、私は良いお話をしようとしているのです」
「……前置きは良いよ。率直に、そして簡潔に頼む。言語はそれなりに勉強してきたが、なるべく誤解したくないからね」
やはりアルフレート殿下は若干ストレスを感じているみたいですね。
簡潔に話を、というのは言外に早く話を終わらせたいという意味を込めていますから。
リーンハルト様はそれでもお構いなしにニヤニヤと笑みを浮かべて話を始めました。
「聞けば、アルフレート殿下は僕の婚約者のミリムに見惚れたとのこと。ミリムも殿下を慕っております故、殿下と結ばれたいと思っております。ですから、僕は身を引いて、ミリムと殿下の婚姻に一役買おうと――」
「はぁ? 君は、何を言ってるんだい? 僕がシャルロットの妹に見惚れたって? あはは、そんなはず無いじゃないか。いや、人の婚約者を笑うのは失礼だったな。すまない」
「………………えっ?」
リーンハルト様の話があまりにもな内容でしたので、アルフレート殿下はつい笑い声が漏れてしまったようです。
いやいや、アルフレート殿下がミリムに惚れたなんて話など事実無根を通り越しているのですが……。
リーンハルト様は沈黙のあと「えっ?」と変な声を出すと……目を丸くされて、ドンドン顔色が悪くなってきました。
どうやら、アテが外れてしまったみたいです。
「リーンハルトくん、僕は耳を疑っているよ。でも、聞き取り間違いは無かったと思う。だって、君がアテが外れた顔をしているのだもの。……奥ゆかしいね。隣国から来た僕のために顔で全てを表現してくれるなんてさ」
「いや、そのう。殿下? じゃ、じゃあ、ミリムに可愛いとか声をかけたのはそんな意味じゃなくて……」
声を裏返しながら、震わせながら、虚ろな目をしながら、真っ白な灰になってしまいそうな表情をしながら、リーンハルト様はミリムにアルフレート殿下が「可愛い」と声をかけたと言及します。
いや、それは……そのう。可愛いとかそんな次元じゃなくてですね……。
「可愛いなど言ってないぞ。猿並みの頭だと嫌味を言ったら、あの女……それを可愛いと言われたと訳の分からん解釈したことはあったが……」
「さ、猿並みの頭? 可愛い? はぁああああああ!?」
「い、嫌味ってなんですの? アルフレート様はわたくしの事がお好きなのに照れて――」
「黙れ! バカ女!!」
「べぶっっっっっ――!」
真相を聞いたリーンハルト様は立ち上がって、ミリムの頬を平手打ちします。
いや、ミリムの言葉を真に受けるのも、それで婚約者を譲ると口にされるのも、どうかしていますし、女性の顔を殴るなんて最低ではないですか――。
ミリムは頬を押さえて、何が起こったのか理解出来ずに呆然とし、リーンハルト様は真っ赤な顔をして俯き、アルフレート様は先程までよりも一層苛つきを全面に出していました――。
リーンハルトが最低だったという話。
次回から彼は転落します。
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