第十六話
父が妹のミリムに私とアルフレート殿下の結婚式を欠席するように説得しようとされたのですが、彼女の一言に我が家は凍りつきました。
なんと、この子はアルフレート殿下と自分が結婚すると言うのです。
この子は自分が何を言っているのか分かっているのでしょうか……。
「ミリム、アルフレート殿下は私の婚約者です。あなたにはリーンハルト様がいるではないですか」
堪らず私は口を挟んでしまいました。
自分勝手というよりも、理屈が分からないという思いが強いです。
どういう思考をすれば、そんな結論が出たのか本気でわかりません。
「だって、リーンハルト様は王子様じゃありませんしぃ。見た目もアルフレート様が何倍も格好いいんですものぉ。あの方こそわたくしが小さな頃から憧れていた理想の王子様ですわぁ」
目をキラキラさせながら、ミリムは純粋無垢な表情を見せます。
この表情――絵本やバイオリンを強請っているときと一緒です。
婚約や結婚といった人生だけでなく家の将来に関わる話にも関わらずミリムは、いつもどおりの我儘で押し通そうとしていました。
「ミリム、いい加減になさい。あなたはシャルロットの婚約を一つ潰しているのですよ。そんな我儘が通るはずないでしょう」
母も呆れ顔でミリムに苦言を呈します。
これまで、大体のことは許してきたのですが、今回のことは流石に看過出来ないみたいです。
「なら、リーンハルト様はシャルロットお姉様に返却して差し上げますわ。その代わりアルフレート様、下さいな」
「「…………」」
まるでキャンディーを欲しがる子供のように、妹は姉である私の婚約者を欲しがりました。
そして、私たちは察したのです。ミリムは本当に何も考えていない、と。
ただ、欲しいから欲しがっている――それしか考えていないのだと。
もうダメかもしれません。彼女を説き伏せることなど不可能なのかも……。
あっけらかんとした表情で姉の婚約者を強請る彼女からは一切の悪意を感じませんでした。
だからこそ、話し合いなど成立しないのです。彼女には悪いという理屈がないのですから。
「薄々気付いていたが、完全に育て方を間違えてしまったようだ。容姿が良いから特別何もしなくても良縁に恵まれると思っていたのだが……」
父は頭を抱えてミリムの容姿が良いから何もしなくても良家の方と結婚出来ると思っていたと嘆きます。
実際にリーンハルト様と婚約しているのですから、その見通しもあながち間違いではなかったのかもしれませんが、今の事態は彼女の未来を不安視させるのに十分でした。
「あなたが悪いのですよ。シャルロットが完璧すぎるから人間味が無くなって可愛げがないとかいう友人の言葉を真に受けて」
「いや、奔放に育てた方が愛嬌が出て良縁に恵まれると、アストン侯爵が言うから。教育学の第一人者だし」
今さらのようにミリムの育て方を間違ったとか、私が可愛げがないと風評を受けていたとか、そんな話で喧嘩を始める両親。
もう済んだ話ですから、その話はどうでもいいです。
とにかくミリムを何とかしてもらいませんと困ります。
私が説教すると絶対に反発するのは目に見えていますので。
「ミリム! お前がなんと言おうとシャルロットとアルフレート殿下の婚姻は決定事項だ。それに、殿下はお前のことを好いてはおらん!」
「嫌ですわ、お父様。先日、アルフレート様はわたくしをお猿さんみたいに可愛いと仰せになったではありませんか」
「言っていません。ミリム、勘当されたく無ければ、今回の件だけは諦めなさい!」
「お父様、お母様、どうしましたの? ぐすん……、どうしてミリムに意地悪しますの? ぐすっ、ぐすっ、ふぇぇぇぇぇん!」
両親がヒートアップすると、ミリムは遂に泣いてしまいました。
こうなると、もうどうにもならないのですよね。
いつもなら、これで彼女の主張は通るのですが……。
「仕方ない。修道院にでも一時的に預けるか」
「それしか無さそうですね……。ですが、先方にはどう言い訳をすればよいか……」
どうやら、父はミリムを修道院に軟禁しようと考えたようです。
ミリムは何を言っているのか分からず、時折泣き止んで、首を傾げ……また泣き始めました――。
修道院行きが決まったミリムですが、まだまだトラブルは続きます。
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