突然妻に「来月からお小遣は2万円よ」と言われたが心当たりがないので、減額の謎を推理してみることにしよう。
「————————からね。
————————だって。
————だわ。
————————てよ。
——————てるの?
……もう! 来月からお小遣いは2万円だからね!」
出張から帰ってきた翌日、土曜日の昼下がり。
借りてきたDVDを見ていると、妻が何やら喋っていた。
適当に相槌を打ってはいたが、映画はクライマックスを迎えたところ。
妻の言葉は耳に入っていなかった。
妻が立ち上がり、乱暴に戸を閉めて出て行ったところで、俺の思考が現実に戻される。
あれっ?
今、お小遣いが2万円に減額とか言ってたよね?
俺は背中に汗をかきながら、ことの深刻さにようやく気づいた。
現在毎月もらっている小遣いは3万円。
1万円の減額ってことだ。
出張の多い俺には3万円の小遣いはギリギリのラインであり、2万円になれば何かを我慢しなくてはならない。
昼食代を削るわけにもいかず、最有力候補となれば最近趣味になった『自転車』か、月に1、2回の『飲み会』となるのだが……。
俺は選択を前に、思いとどまる。
そもそも、なぜお小遣いが減額になるのか?
理由が分かれば減額を阻止することも出来るかもしれない。
答えは聞いてなかった妻の言葉にあるのは分かっているが、「もう一回教えて」と言おうものなら逆鱗に触れるだろう。
……ふふっ。俺はこれでも高校からの友人に、執拗に押し付けられた推理小説を20冊は読んだ男。
——妻からの挑戦状を解いて見せよう!
この手の推理は閃きと発想力がものをいうように思われがちだが、あらゆる可能性を消去法で潰していくのが基本となる。
それでは始めよう。
まず、考えられる原因についてだ。
1、生活が苦しい。
これについて、俺の給料が下がったりはしていない。
むしろついこないだ、係長に昇進したので給料は上がったはずだ。
そろそろ子供を作ろうかと、妻と盛り上がったくらいである。
もし仮に子供を授かったというのなら、俺の小遣いなど1万円でも文句は言わないが、未だに避妊具を使用しているので可能性は小さい。
2、急な出費があった。
身内の冠婚葬祭などないし、増えた家電製品もない。
今朝も洗濯機は回っていたし、43型のテレビも綺麗な映像を映し出している。
冷蔵庫も開けてみるが、冷たい風が俺を包み込む。
クーラーも元気に稼動中だ。
他のものは思い付かないが、とりあえず保留といったところだろうか。
3、単純に妻の怒りをかった。
おそらく1番可能性が高い。
実際、去り際の妻は怒っていた。
この可能性を広げてみよう。
話を聞いてなかったら減額されたとなると、すでに俺の小遣いは尽きているだろう。
火に油を注いだ可能性はあるが、これが根本的な原因とは考えづらい。
女性関係?
そもそも俺は浮気や不倫などしない。
妻は高校時代にはファンクラブがあったほどの美人だ。妻以外の女性に心を奪われることなどないと言いきれる。
しいていうならば妻の胸は丘というか平地ではあるが、俺は登山家ではないので山に興味はない。
本当に興味がないのかって?……いや、男として山を見るという行為は性なので、その……とにかく俺は妻を愛しているのだ!
そりゃあ仕事上の接待でお姉さんのいる店に行くことはあるが、断じて連絡先など交換しないし、貰った名刺も捨てている。
では、普段のお金使いが荒いのか?
確かに貰った小遣いは余すことなく使い切っている。
出張以外は妻が愛妻弁当を作ってくれているので、昼食代は月に5千円程度。
だが、贅沢だといえるものは、ロードバイク関連に飲み代程度。
飲みに行った時はなるべくお土産を持って帰っているし、出張に行った時も同様だ。
昨日、出張から帰った時もちゃんと渡している。
それが無駄遣いと言われればそうだが、いつも妻は喜んでいてくれた。
んっ?
俺は頭に引っ掛かりを覚えた。
何か重大なことを見落としてる……そんな気がするのだ。
単語を一つ一つ思い返してみる。
映画、家電製品、子供、昇給、平ら、山、自転車、飲み代、お土産……お土産!?
まずい!
別に昨日渡したお土産がまずいということではない。
俺はスマホを持って日付を確認した。
「8月10日……」
そう、7年前の8月10日は妻と初デートをした日だ。
我が家には、結婚記念日や誕生日のほかに、付き合い出した日などの記念日を設けている。
もちろんケーキを買ってきたり、2人で食事に出かける程度の些細なものだが、今日は何も用意していない。
今から店の予約?
残念ながら昨日のお土産で、俺の財布の中身は7千円足らず。それに今更妻に夜に食べに行こうとも言えない。
ならば花かケーキか。
立ち上がり買いに出ようとして、俺は自分が汗だくなことに気づいた。
さすがにシャワーを浴びてから出かけよう。
脱衣所で服を脱ぎ捨て、風呂場に入るとシャワーコックをひねった。
しかし、シャワーに手をかざすのだが、いつまで経っても出てくるのは水。
ちっともお湯に変わらない。
その時、風呂場の引き戸が音をたてる。
「もう、やっぱり話聞いてなかったでしょ!
今朝、給湯機が壊れたからお湯出ないよ!」
膨れっ面の妻だったが、裸で固まる俺に呆れたのか、少しづつ表情が和らぐ。
「あっ、うん、ごめん」
「もう。ご飯食べたら一緒に銭湯に行こっ」
「あっ、うん」
妻が戸を閉めると、俺は濡らしたタオルで体を拭いていく。
どうやら俺の推理はともかく、解決に至ったようだ。
つまり俺の小遣い減額の理由は、急な出費。
いや、+αで話を聞いてなかったらだろう。
だが、今日が初めてデートの記念日と思い出したのは大きい。
着替えた俺は妻と行く銭湯を想像し、顔をほころばせながら花屋へと急ぐのだった。
お読みいただきありがとうございます!
ちなみに最初の妻の言葉はこちら↓
「今朝、給湯器が壊れたから、今日からしばらく銭湯通いになるからね。
うちもエコキュートに変えようと思うんだけど、ネットで調べたら40万だって。
正直痛い出費だわ。
あなたも少しは協力してよ。
ねぇ、ちょっと聞いてるの?
……もう! 来月からお小遣いは2万円だからね!」
この夫婦は私の作品の中の登場人物をモデルにしてますが、分かった人には……何も出ません!