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天の川のうさぎ、お星様とキスをする

作者: 来栖千依

 こんばんは、地上のみなみなさま。


 すっかり帳のおりた暗い夏空から失礼いたします。

 わたくし、はぐれ兎のナナオと申します。


 なぜ兎風情がこうして人語を語り、少女のなり形をとり、天高くふわふわ浮かぶ笹舟を漕いでいるのか不思議にお思いの方もおいででしょう。


 疑問はごもっとも。兎というのは月におるもの。それが全う常識でございます。


 わたくしも、もとは月でお餅をついておりました。


 ぺったん、ぺったん、ぺったんこ。

 来る日も来る日もぺったんこ。


 それに不服などございませんでしたが、ある日、「他の星を知りたい」との衝動をおぼえて月を跳びだしたのでございます。


 足取りは意気揚々、心はほんのちょっぴり怖々と。

 一人旅は長く、白鳥座を周り、北斗星に詣でて、幾星霜さまよい歩きました。


 その先で出会ったのです。


 だれに? もちろん、わたくしのいまの雇用主。

 その名を「御星おほしさま」とおっしゃられます。


 天の川周辺の那由多もある星々を管轄かんかつする、『御星カンパニー』という銀河系大企業の御曹司であらせられる、地上で言うなればハイスペックなイケメンです。


 そのお方になぜか物凄く気に入られたわたくしは「三食昼寝つき、寮および福利施設あり、有給消化率100%」という好条件でスカウトされたのです。


 そして、御星さまと同じ人の形をとりました。


 職務は単純明快。天の川の星々に火を灯すことにございます。



 **********



 ご周知の通り、星は自ら燃えますが、その火は自ずと点くものではございません。

 わたくしのような火付け役が、硬い火打ち石を打って火花を散らし、星の尖った先に点けて回るのです。


 よく夜空を見上げていると、星明かりがちらちら揺らいだり、先程まで見ていた星が消えますでしょう。

 星の火はよく消えますから、そのためにわたくしたちがおります。


 しかし、いま、ナナオは絶体絶命です。

 御星さまから給わった、大事な大事な火打ち石を失くしてしまったのです。


 笹舟をひっくり返して探しても出てこないので、困り果てました。

 持ち歩き用のちりめんの巾着ごと、落としてしまったのでしょうか。


 せっかく御星さまが、わたくしの小さな手に収まるように見繕ってくださったのに。


「…いいえ、絶対に、見つけなくてはなりません」


 わたくしも、兎のはしくれ。

 二兎を追うのは難しかれど、どこかでぽつんと見つかるのを待っている火打ち石なら容易く追いつきましょう。


「おぅい、ナナオ!お前の探しもんってこれかあ?」


 笹舟をゆっくり進めつつ、首をめぐらして辺りを探すわたくしに、ふいに声がかかりました。


 見れば、声の主は流星にのって願いを運ぶ、ホウキボシ宅配便の銀太郎でした。

 彼の担当区域とわたくしの仕事場が被っていることもあり、顔見知りなのです。


 銀太郎の指先でぶんぶんと振り回されているのは、紛れもなくわたくしの巾着!


 見つかったと安堵しかけた矢先、銀太郎はにんまりと口を引いて、とんでもないことを宣いました。


「んじゃあ流星らしく、ばびゅーんと行きますか」


 そういうなり、銀太郎は愛星のアンドロメダ号に飛び乗り、ブオンブオンと違法改造音をひびかせて、大事な火打ち石を持ち去ってしまったのてす。


「お待ちください、銀太郎どの!」


 とっさにわたくしは、竹のオールを握りしめました。

 流されるが身上の笹舟の限界速をはじき出す所存です。



 ********



 漕いでも漕いでも、笹舟のスピードは上がりませんでした。


 けれど、わたくしは諦めません。


 はるか遠くになったアンドロメダ号の残り火を目で追いつつ、考えるのは御星さまのことでございました。


 七夕ともなると、火付け役の仕事は激務になります。

 地上のとある国では、その日に夜空を見上げて願掛けする風習があるそうで、とくに天の川の美しさは御星カンパニーの評判にもかかわります。


 連日の激務でへろへろになるわたくしの身を案じた御星さまは、『今夜仕事が終わったら二人きりで食事を』と声をかけてくださったのです。


 こんな末端の社員にまで気を配る、素晴らしいお心づかい!

 断るなんてばちが当たります。わたくしはすぐさまお受けいたしました。


 ですから、今日はがんばって早めに仕事を終わらせて、きれいに毛並みをすいて御星さまにお逢いしようと決めておりましたのに。


「これでは、残業決定です…」


 そう思うと両の目から涙がパタパタとこぼれました。

 なんだか急に自分が、情けなくなったのです。


 ただでさえ、はぐれ兎の変わり者。

 さらに与えられた仕事も満足にできないわたくしは、御星さまに合わせる顔がありません。


「ゲッ!? おいおい、ナナオ! 泣かれちゃ困るってば!」


 明らかに速度の落ちた笹舟に気づいて、銀太郎が引き返してきました。


 彼は涙にくれるわたくしを見るなり大きなため息をつき、「仕事だから許せ」と強引にアンドロメダ号へ引っ張りあげて、火のまばらな天の川をひとっとび。


 振り落とされないよう、銀太郎の背に捕まったわたくしは、前から後ろへ飛びすさう星が、赤や橙や緑や黄色のはじける穂を伸ばすのを、ぼんやりと揺らぐ視界にうつしておりました。


 やがて速度がゆるみ、頬をなぜていた風が消え、星の残像が和らぐ頃、わたくしは銀太郎が目指しているらしいカササギの天橋立に、人影を見たのです。



 ******



 待っていたのは、あろうことか御星さまでございました。


 すらりと上背の高い体に、一番のお気に入りだと言う一等星の光を織りこんだ濃紺のスーツを着て、タイをゆるやかに結び、手には星薔薇の花束までかかえています。


 なんだか、これからすごく高級なお店をたずねるおつもりの装い!


 しかし、すっかり自信を喪失したわたくしは、横に並ぶこともできずに縮こまるよりありません。


 それを見かねた銀太郎は、重い荷物でも下ろすようにわたくしを抱えあげ、御星さまの御前に立たせたのでございます。


「御星サマ。『ナナオに早く逢いたい』ってあんたの願い、叶えたぜ」


 ――え?


 と思って顔をあげると、 銀太郎が、一仕事終えた血色のいい顔で笑っていました。


「んじゃあ、また願い事があるなら、いつでもおおきに!」


 そして、またアンドロメダ号の轟音をひびかせて、去って行きました。

 わたくしの手には、火打ち石の入った巾着がしっかりと握らされています。


 その音が遠く、遠くなるのに耳を傾けている内に、ようやくわたくしは我にかえりました。


「お、御星さま、申し訳ありません! わたくし、まだ仕事の途中なのでございます!!」

「もう十分にあかるいよ。今日は半休になさい」

「ですが、大事な七夕に、こんな暗い天の川では、御星さまの名誉にかかわりま――」


 言葉半ばで、口を御星さまの人差し指で塞がれました。

 わたくしは訳がわからずに、首をかしげて整ったお顔を見上げるばかり。


 御星さまは、目じりをほんの少し朱に染めて、なんだか見ている方までとろけそうな笑顔を浮かべられました。


「暗くたっていいさ。あんまり明るいと、願いをかけてる良い子のみんなに見られてしまう」

「なにをでしょう?」

「キス」

「!?」


 わたくしの唇に、小さな、小さな口づけが降ったのは、そのすぐあとのこと。

 それから、二人がどうなったかは……わたくしの口からは申し上げられません。


 七夕の夜空に、明かりのとぎれた天の川をご覧になって、残念に思われた方はいらっしゃいますでしょうか。


 ナナオからのお願いでございます。

 どうか、今晩だけはお許しください。


 その暗がりの奥には、目には見えなくとも、ささやかな恋の火が灯っているのです。

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