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07 闇は見えたか?



 西長野女子高等学校の放課後。

 まだ日没時間には早いのだが、長野市の西側にそびえる山々が太陽の西陽を遮ってしまう事から、ひんやりとした空気が漂い屋内では電灯を点けなければならないそんな時間帯、姫子は氷見ひまりに助言された通り生徒会の扉を再びノックした。目的はもちろん生徒会長に面会するためだ。


「やあ姫子君良く来てくれたね。氷見から聞いてるけど、何か聞きたい事があるんだって? 」


 現れた姫子を温かく迎えてくれた生徒会長は、姫子にくつろぐよう促しながら、インスタントですまないねとコーヒーを淹れてやる。


 いつ見ても綺麗な人だと、姫子がその一挙手一投足を惚れ惚れと見詰め続け、呆けてしまっているのは仕方ない。生徒会長 中之条稜子は頭脳明晰且つ容姿端麗と言う、天から二物を与えられた人物であるからだ。


 “宝塚の男役もヒロイン役でもこなせる凛とした人”

 “東大京大を飛び越えて世界に羽ばたく人”

 “女神ビィーナスの生まれ変わり”

 “バレンタインデーには自宅がチョコで溢れ返る女性”など

 彼女を評する言葉は様々あれど、それに踊らされずに我が道を貫く姿からは、巌のような意志の硬さをも感じられる、全校生徒どころではなく長野市中の思春期女子の憧れの人物であった。


 そして、姫子はそんな中之条に甘い会話を求めて訪れた訳ではない。中之条のバックグラウンドをあてにした訪問、生徒会長の家族からの情報を収集しようと意図した訪問であり、姫子はいささかの気後れに後ろ髪を引かれていた。


「さてと、何故わざわざ“刈田様”が私の元に訪れたか、教えて頂こうかな」


 長テーブルを挟み、姫子の対面に座った稜子は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら軽く姫子にウインクする。


 多分、中之条は氷見ひまりから事細かに報告を受けているのであろう。報告を受けてその内容を精査したからこそ、姫子に向かって刈田様と呼んで敬意を評したのだから。

 だが、だからこそ姫子は経緯を省略していきなり「生徒会長、教えてください」とは言えないのである。

 姫子は姫子で何に悩んでいるのか、何を知ろうとしているのか、総じてどうしたいのかを全て吐露した上で、稜子の助力が必要だと乞う事が筋の通し方だと悟ったのである。ーーそれこそが、稜子が求める対話の筋道であり、筋を通せとウィンクして来たのだから


「会長、今日は刈田の巫女としてお伺いしました。先ずは私の話を聞いてください」


 これを枕言葉に姫子は洗いざらい稜子に話した。

 この四月に入ってから、中学生が連続して自殺したと言う噂が巷で爆発的に増えた事。それに付随して、氏子さんの親族の中学生が死神を見たと言う話、そしてその相談を受ける間も無くその子が自殺により他界した話。これで噂の一部が事実である確証を得た事と、その原因を祓う必要性が出て来たのだが、その氏子さんも悲痛な声でもう終わった事だから静かにしてくれと言うだけで親族宅を教えてくれず、情報の入手先が途絶えてしまった事。

 さらには、事件の全体像を掴もうとコーヒータイムに赴き『協力者』から情報を得た結果、四月よりも以前に中学生や大人の自殺者が出ていた事が判明するも、あの情報通の氷見ひまりでさえ、その事実を掴めていなかった事。


「今話した事が、これまでの経緯になります」

「その喫茶店の協力者とは……凄まじい情報収集能力を備えているのだな。恐れ入ったよ」

「それを踏まえた上で会長にお伺いしたいのです。協力者の助言から察するに、結果は四月、原因は三月にあると私は考えます。北長野に何があったのか、お心当たりはありませんか? 」


中之条稜子の一族は、長野市北部に群集する巨大な団地群が出来上がる遥か昔からこの地を統べた豪農の一族である。「西の池田、東の中之条」と呼ばれるほどにその栄華を極め、当代……稜子の父親は現在不動産業を営みながら、長野市会議員を何期も務める地元保守系の大物である。氷見ひまりが地元の些細な情報は稜子に聞けと促したのには、こう言う理由があったのである。


「心当たりかあ…………あるよ」

「ごぶっ! 」


 心当たりは無いと答えるかと思っていた姫子。口と喉を潤わせようと含んだコーヒーを思わず吹き出し、口と鼻からコーヒーを垂らしながらケンケンと咳き込み始める。

 してやったりの稜子は、姫子の情け無いリアクションに爆笑するものの、そのあまりにも無残な光景に良心がチクチクと痛んだのか、「すまない、一度で良いから田中要次のモノマネがしたくてね」と県内出身の俳優の名前を出しながら、すかさず彼女にハンカチを渡した。


「落ち着け姫子君、氷見から話が回って来た段階で父と連絡を取ってな。君が欲っする情報なのかどうかは分からんが三月に自殺事件はあったよ」


 ーー三月の終わりにね、父が後援会を通じて地元有権者たちに政治活動報告会を開いた際、その後の打ち上げの席で地元の人たちから聞いた話なんだがーー


 稜子は後味の悪い話だから、覚悟して聞いてくれと念を押し、姫子に父親から得た情報を話し始めた。


 ーー母子家庭の男子中学生が三月に自殺している、北長野中学の生徒だ。砥石川の土手で暴力沙汰を起こした男子生徒一名が傷害事件として立件され、母方の親族宅に保護されている際に自殺した。そしてそのわずか五日後に母親が今度は自殺しているーー


「あれ、あれ? 会長……ひまりさんの情報と……話が繋がってます」

「ああ、氷見が独自に仕入れた情報には続報があったと言う訳だ。三月に起きた傷害事件の犯人、そしてその母親が自殺している」

「でも、何故その情報は噂となって広がる事が無かったのでしょうか」

「少年が自宅で自殺していれば話題になっただろうが、家庭裁判所の審議中に保護していた親族宅は新潟県にあるから、情報が掴み難かったのは事実。しかし私の父は少年犯罪抑止や防犯活動にも力を入れていてね、地元後援会から傷害事件と加害者少年の母親の自殺を教えてもらった後、調べ上げた先で少年は自殺していたんだ」

「加害者少年が自殺、そして母親も自殺」

「うむ、そして聞いて驚くなよ。加害少年も四月に入って起きた連続自殺の少年たちも、みな同じクラスだ」

「同じクラス……ですか? 」

「ああ、つまり氷見が掴んだ傷害事件、その登場人物たちがことごとく自殺している事になる」



 ーー何だろう? 何がなんだかーー



 酷く混乱する姫子

 もしこの一連の事件が、姫子の領域である「祓い」が密接に関わるような魔の潜む事件であったとしてだ……

 加害者側の少年に何らかの力が作用して死に至るのならば、因果応報の車輪が回ったと考えても良い。だがそうなると被害者側の生徒たちが後にバタバタと自殺して行くのには合点がいかない。

 逆に、加害者側生徒が何かしらの恨みをもって呪いの言霊を放ったとするならば、死ぬ順番が違う。先に被害者側生徒がドンドンと死に、最後に人を呪わば穴二つと言う事で、呪いが返った加害者生徒が死ぬ事になる。もっと言えば関係無い母親が死ぬ事も理解出来ない。



「一連の流れを想像すると、さすがの私も寒気を覚えるよ。この件はもう深入りしたくない気持ちだ」

「会長、他言出来ないような話を教えて頂き、本当にありがとうございます」

「気にする事はない、刈田さんはこの地で別格であり、なおかつ君のその真っ直ぐな眼が北長野を平和にしてくれると信じている」


 そう言いながら稜子は立ち上がり、ゆっくりと姫子の背後に回る。そして椅子に座ったままの姫子の背後から自分の腕を回して姫子を抱きしめたのだ。


「かっ、会長おっ? 」

「氷見から聞いていたが、わざわざ概要を君の口から言わせたのには訳がある。姫子君、もっと私を頼ってくれても良いだろうに。君の大好きなあの探偵さんとまではいかないが、私だって君の力になりたいのだ」


 (にゃ、にゃにゃにゃにゃ何故それを知ってる! )


 全校生徒の憧れの的である稜子に抱きつかれ、更に知られてはいけない自分の秘密も耳打ちされてしまった姫子。耳たぶまで真っ赤に発熱させながら赤面している。それはまるで、圧力鍋を解放した時に勢いよく吹き出す蒸気の根源のようだ。


「すまんすまん、いたずらが過ぎたかな」


 カラカラと笑い出した稜子は、姫子から離れて生徒会室の出入り口の扉へ。ドアノブを触る事で姫子の退出を促した。


「都住姫子、いや、刈田八幡宮の祓い巫女よ。赴く先に討つべき闇は見えたかね? 」


 ドロドロに溶けていた姫子はその言葉に影響されたのか、みるみる内に全身の赤みを引きながらシャキッと背筋を伸ばし、稜子に深々とお辞儀しながらこう挨拶をした。


「傷害事件が起きた砥石川、そこに何かが見えそうな気がします。現代的解釈では加害者や被害者など小難しい単語が並んで混乱を招くだけ。砥石川に行って自分の目で確かめます」


 稜子は笑みを浮かべながら頷き、そして姫子のためにドアノブを捻り扉を開けてやる。


「全てが終わったらまたここに来なさい。今度は美味しい紅茶を淹れるから、私にも君の活躍を聞かせてくれ」


 その言葉を背に、姫子は肩で風を斬りながら生徒会室を後にした。




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