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「兵長、東の宿屋があいていました」


「その隣で馬を休められます」


「食料の確保、できました」


戻ってきた兵士達が順番に報告をする。兵長殿は兵士達を労うと「では宿屋へ」と言った。

結界を越えて歩いていると、兵長殿が言った通り、民家が見えてきた。本当に町があった感動で私はきょろきょろと辺りを見渡してしまった。この国には魔物がいないのだろうか。そう思うほどだ。今のところ魔物らしきものは見ていないし、人を襲うような獣も見ていない。一体どうなってるんだこの国は。そして冒頭に戻る。

物珍しそうな顔をした手荷物検査の男…アレックスがローラに耳打ちをする。


「アイツもしかしてよっぽど田舎者?」


「さあ。わかんないけど面白いわよ」


すっごい聞こえてるんだけどこの人たちバカなの?それともわざと?耳打ちの意味あったの?

あんぐりと口をあけてアレックスを見つめていると、目が合った。そしてニッコリと屈託の無い笑顔で微笑まれた。私は絶句する。


「おいアイツ大丈夫か?」


「私は大丈夫じゃないと思ってる」


だから聞こえてるんだけど…。もしかして私がこの国の言葉をわかってないと思っている…?それとも私がこの国の言葉の意味を正しく捉えていない…?

急に不安が押し寄せてきた。この国に入って二度目だ。私はこの国に亡命して良かったのだろうかと思ったのは。かなり重要な人生の分岐点において失敗した気がする。

しかし今この状況で逆らうのは良くない。どれだけ屈辱的でも耐えなければならないのだ。


「おい、私語は慎め」


そう言った兵長殿の言葉が、今だけは救いの言葉に聞こえた。




どうやら宿屋が馬を預かってくれるシステムらしく、宿に着くと外で待っていた宿の主人が馬を預かった。


「そういった事は無いとは思いますが一応貴重品はご自身での管理をお願いしております。こちらでは対応致しかねますのでご了承ください」


店主はそんなような事を言っていた。なぜそんなような事なのかと言うと単純な話、訛りがキツ過ぎて聞き取れなかったからだ。

アレックスが馬から荷物を下ろして部屋に運んで行く。私も手伝おうとしたが断られてしまった。ローラは私の手を握って離さないし私は何もできずぽかんとして過ごした。

この国に来て初めての宿泊だ。少しだけわくわくする。


「ローラ、まずは風呂に入れて来い。部屋を汚したくない」


「は!」


ものすごくデリカシーに欠けていてとてつもなく失礼だがそう思う気持ちもわからなくも無いので私は黙る。イヴィディアンからクーリディリアまでの距離は長く、私でもひと月はかかった。旅の間こまめに川の水を浴びていたが川だってそうそうあるもんじゃない。

悪臭が漂うほどではないが不衛生である事は確かだろう。


「あなた女よね?よく耐えられたわね」


単純に褒めているのだろうか。脱衣所と見られるところまで私を引っ張ってきたローラが不憫そうな顔で言う。そりゃあ命懸けですもの。何だってしなきゃ。

自らの衣服を脱ぎ始めたローラに見習って、自分も服を脱ぐ。鎖骨の下にはイヴィディアン特有の刺青があるが、この国の人はその意味を知らないだろう。私の刺青を見たローラが顔をしかめた。


「まあ他国の人だから仕方が無いけど……そういうのはこの国ではあまり良く思われないわよ」


そう言ったローラが刺青を指でなぞる。くすぐったかった。身を捩って耐えていると、不思議なことに刺青が消えてしまった。


「え…?消えた…?」


「消えるわけないでしょ。隠したのよ」


「えっ、ねえ、あの、もしよければその魔法教えてください」


「あなたに出来るとは思えないけど…」


難しそうな顔をしたローラ。教えるのを渋っているようだった。しかし私も必死だ。誰かに見られる事は好ましくない。


「もしもこの刺青が見つかって国に連れ戻されたら…お願いします、教えてください……」


私の熱意が伝わったのか、ローラは唸り声を止めた。


「いいわよ、もう。わかった。…だけど、あなたにはまだこの魔法は使えない。もしもこの国に受け入れられて、魔法を学び始めたら教えてあげる。…その間、私の魔法が解けないように毎日保護魔法を重ねてあげるわ。これでどうかしら」


ローラが再び私の刺青のあった所を指でなぞる。皮膚が熱を持って分厚くなったような気がした。

でもそう言えば魔法には匂いがあると言っていた…。匂いで魔法がかかっている事がばれてしまったらどうするんだろう。


「あの…匂いは…?匂いでばれてしまわないでしょうか?」


「本当はこれ、今のあなたに教えちゃいけないんだけど……隠密魔法には匂いが残らないのよ」


「隠密魔法…?」


魔法には種類があるようだ。ローラは口元に人差し指をあてて、「ナイショよ」といたずらっ子のようにニヤリと笑った。

隠す魔法は隠密魔法の分類にあたる。そして隠密魔法には匂いは残らない。

頭の中で情報を整理する。将来的にはちゃんと魔法を学びたい。

さっき保護魔法と言っていたがそれも魔法の種類なのだろうか。


「さあもういいでしょ。すっかり綺麗にしてあげるからさっさと服脱ぎなさい!」



 この国の人たちは口は悪いが良い人たちだ。

きっと大丈夫。私が選んだ国の人。その思いだけが今の私を支えていた。



 ローラによって全身泡だらけにされた後も私は、されるがままに素直に従って身だしなみを整えられた。なんだかんだ言ってローラは少し天然だが、得体の知れない私に良くしてくれている。

それに侵入者への待遇も良い。イヴィディアンではとりあえず投獄された後、裁判にかけられるのが通例だ。こうして入浴させて、服も与えてくれて、さらには皆で食卓を囲んで食事だなんて考えられない。

目の前に並んだ異国の料理を見て、私は目を輝かせた。

城からかなり離れた町の宿屋の食堂だから、そんなに豪華なものが出るとは思えない。けれどイヴィディアンは食に対して興味の無い国民性であったので、あの国の一般的な料理と比べると…。イヴィディアン料理は粗末なものだと思わざるをえないような華やかな料理が食卓には並べられている。

色とりどりで目で見ても楽しめる。あれはどんな料理なんだろう。これはどんな味がする?あの食材は何だろう?興味は尽きない。

イヴィディアンではそもそも料理を食べてこれは好みだとか、嫌いだとか、そう言った表現が無い。旅の間も食べられる野草が主食だったし、たまに狩りで捕まえた野鳥や野うさぎは貴重な栄養源だった。木の実のようなものを見かけた事はあるが、食べられるかどうかも、もし仮に食べられたとしてもどう調理して食べたら良いかが私にはわからない。

 ローラが隣に座った事を確認して、私は食前の祈りがあるかどうかを尋ねた。イヴィディアンでは食べ物を食べるまで生き延びれた事を感謝して祈る習慣があるのだ。ローラは少し不思議そうな顔をして、「こうしてね、手の平を合わせて『いただきす』っていうのよ。これくらい赤ちゃんでも知ってるわよ?」と言った。


「イタダキマス?」


そう言えばこの呪文のような言葉は調べていない。ローラがするように手の平をあわせてそう言うと、ローラは笑った。合っているらしい。


「あなた最早赤ちゃんなんじゃないの?」


その言葉を聞いていたアレックスが噴き出すのが見えた。


「むり…お前らもう耐えられない。いい加減にしろ!」


何で怒られたんだろう…。私すごい貶されているんですけど。


「私語を慎めお前ら。折角の料理が冷めるだろう」


兵長殿がそう言った途端に笑うのをやめる二人。この国の兵士は良く躾けられている…。


「では手を合わせて」


兵長殿の声にあわせて一斉に手を合わせる兵士達。私も慌ててそれにならう。


「いただきます」


「「「「いただきます」」」」


「い…イタダキマス?」


変わった風習だが馴れなくてはならない。後でローラに頼んで紙とペンを貸してもらわなければならないと私は思った。

祈りの号令?が済むと、兵士達は好き勝手に食事を始めた。

ローラが取り分ける食べ物を見よう見真似で取り分ける。横目などではなくガッツリ良く見て、口に運ぶところまで見届けると、私も同じようにして口に入れた。…少し変わった味だ。それに味が濃い。…でも何て言うか、……。


「あなたの国では一体何を食べているの?そんな変わったものじゃないわよ?」


色の付いた水を一口含んでからローラが言った。


「イヴィディアンではあまり料理というものに関心が無いんです。この国では料理を食べて良いなと思った時、何て言うんですか?」


「もうホントあなた面白過ぎでしょ!言葉もわからないなんてますます赤ちゃんね!『おいしい』って言うのよ。そう言うときは」


「オイシイ?」


「そうよ。ほら、この中のどれがおいしい?」


ニヤニヤ笑うローラが一通りの料理を私の皿に取り分けたせいで、私の皿はてんこ盛りになってしまった。

向かい側に座っているアレックスが「母性本能に目覚めているんですかローラ!」と野次を入れた。爽やかな顔をしているが言っている事と表情がめちゃくちゃだし、砕けた言葉だったから訳すのに時間がかかる。きっと正解は「母性本能に目覚めてんじゃねーよローラ!」なんだろう。面白がって茶化しているのだ。


「アレックスは黙ってて!」


アレックスに怒鳴り返して牽制したローラは私の反応を楽しみにしているような顔で「さあ食べなよ」と言った。

全ての料理を少しずつ食べて、私は頭が混乱しそうだった。いろんな味がする。全部違う食べ物。今のところは苦手な食べ物は無い。コップに入っている色の付いた水も、なんだか爽やかな味がして口の中がすっきりする。


「全部オイシイです…」


何が何だかわからないまま、私はそう呟いた。



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