2.
和泉の家と神社までは、走れば五分程度の距離だ。
神主も誰もおらず、誰も存在を意識してもいない朽ちた神社に、御利益なんぞありそうにないし、悪い物の怪が嫌うような神気もなさそうである。
だいたい、名前もわからない。
地図を見ても、雑木林として扱われ、周りにも神社があるとは認識されていなかった。
結界があるのだと言われれば、それがとてもしっくりくる。
その世間から隔離されたような環境は、酒寄がのんびり日々を送るのには適していた。
「あたしゃ、この子たちと同じ、なんでしたかぁ」
式神を、ちび酒寄を一体呼び出して、いっしょに晩酌をしていた酒寄は、ちびを見ながら呟く。
酒寄は酒寄で、和泉と出会ってから、忘れているということを思い出していた。
そして先日、忘れさせられていたのだと、気付いた。
「なんで死なないんだろうって思ってはいましたけどねぇ……」
薄曇りの向こうにうっすらと見える月を見ながら、先日のことを思い返していた。
最近はあまり変なのを見なくなった、と札のお礼をしに和泉が来た時のことだ。
冷たいアイスキャンディを持ってきたから、いっしょにどう?と尋ねてきた。
「そういえばさ、オレ、ここの神社の名前も知らねぇや。名前、知ってる?」
「さぁねぇ……なにも残っちゃいませんでしたしねぇ。全ての意味で、もぬけの殻でしたから、お借りすることにしたんですよぅ」
「いつからないんだろ……最初からないってこたぁないだろうけど」
どこかで蝉の鳴き声がする。
ふたりは賽銭箱横の石段に腰を下ろして、溶けていくアイスを急いで舐めながら寛いでいた。
雑木林を抜けてきた風は、どこか冷たい。
「いつからと言えば……あたしもいつからこうしているのか、全然わかんないんですよぅ」
「わかんないって、それ、不老不死とかいうヤツで、ずっと生きてて、それが、いつからなのかわかんねぇってこと?」
「ええ~、そんな感じですかねぇ。ああでも、ちょっとずつは思い出せてるんですよう。和泉くんの力のおかげかも知れませんねぇ~」
「え? オレ? オレでも酒寄の役に立ってる?……で、なにを思い出したんだよ」
ゆらり、ゆぅらり、喋りながら酒寄はゆらゆらしている。
「なんだかですねぇ……あたしも、紙切れなんじゃないかって」
「紙切れ……? もしかして、あのちびっこい連中の方が正体だって……」
「あはははは~、違いますよぅ。でも、似たようなものでしたよぅ」
和泉は上半身ごと酒寄へ向けて、目を丸くした。
「全部、思い出したのかっ?」
うふふ~とのんびりした笑みを浮かべて、酒寄が懐から取り出した人形の紙切れ。指先に挟んで、ゆらゆらと揺らす。
ゆらりゆらり。
「本当はあたし、式神として使われたあと、戻れなくなったみたいなんですよぅ」
考え込むように和泉は目を凝らして酒寄を見つめた。
食べ終えたアイスキャンディの棒を咥えて、がじがじと歯を立てる。理解の範疇を超えて悩んでいるかのように、うぅ~ん、と唸り声をあげる。
式神?
あれって呼び出した人とかがいるもんじゃないのか?
そもそも、こんなふうに人間みたいに考えたり喋ったりするものなのか?
和泉が漫画やゲームで知る範囲の式神のイメージとはなにか違う。
「信じられない~って顔してますねぇ。あたしもですよぅ」
また、ゆらりゆらりと揺れている。
その様子に、ああ、と和泉は得心がいった。
紙なんだ。だからゆらゆら風に揺れているんだ。
「でも、変なモノしか喰わないっぽいじゃん。ちっこい鬼とか……」
「あれは、あれがいちばん力が湧くと言いますかねぇ。人間の食べ物を食べたら具合が悪くなったんですよぅ」
「……変なの」
「和泉くんだって充分に変ですから、大丈夫~」
なにがだっとツッコミたいところだったが、そこでスマホが鳴った。
島井からだった。
和泉は、用事ができたからと帰って行き、酒寄は手を振り見送った。
「肝心なことを言い損ねましたねぇ」
雲が消え、冴え冴えと輝く月を見上げ、ほわん、と呟く酒寄であった。