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悪食な式神は呪われている。  作者: 桐谷雪矢
らいぶ・らいふ。
23/25

4.

 一方酒寄は、和泉がステージに上がった後、背後に気配を感じてそっと客席を脱けていた。ふらりふらりと後ろへと向かう。

 気持ち悪い感じがしますよぅ、なにかいますねぇ、と首を傾げていると、駐車場の向こうからとてつもなく異様な圧を感じた。

 ざわりと髪が浮く感じがした。

 気持ち悪いと言った傍から、無意識に舌舐めずりをする。


「おやおや、ごはんの方から来てくれるんですねぇ~」


 酒寄はいつでも札を出せるようにか、懐手で進んで行った。

 しかし、まだどす黒いなにかだった式鬼は、にこにこしている酒寄を素通りして客の中へと浸透していった。それはそれで酒寄も面白くない。待つんですよぅ~、と呑気な声で式鬼を追った。和泉たちが気付いたのは、客の精気を得て膨れあがっていく式鬼を、札で縛って食べ始めたところだったのだ。

 札で縛った段階で、式鬼が得た精気は式鬼から解き放たれて本来の持ち主、客のところへ戻っていったようだ。いったん幽体離脱した魂が身体に戻るのに似ていた。


「けぷ」


 満足そうな顔をしている酒寄だったが、少しずつ、ほんの少しずつ、目つきが変わってきた。和泉がいればすぐわかっただろうそれも、ステージからは光の源が酒寄らしいとしかわからない。


「ちっ、あいつ、俺の式鬼全部喰っちまうつもりかぁ? なんなんだよ、たかが式神のくせに、なにしてくれてんだよ……っ」


 苛ついた口調で静かに怒鳴る。スタッフをしていた式たちはいつの間にか前方の客席に躍り込んで大きくなっていた。木山はふたりの死角に入るように意識しつつも、ずっとカメラを構えている。なにかあれば証拠にできるように。

 はぁ、とため息を漏らした鬼里は、客が倒れていく部分と、酒寄が喰らうそばから解放された客が起き上がって逃げ始める部分と、二分された客席を眺めながら話し出した。


「あの式神な。お前を殺せばって言ったがな。実はちょいと違う」

「……え? オレが知らないと思って適当に都合いいこと……」

「違ぇよ。俺んちが代々しつこいほどに言い伝えてきたのはなぁ……」



───おめぇさんにはな、昔々、先祖に双子の兄弟がおったんじゃ。


 陰陽師の家柄じゃったが、その頃の双子は忌み子っちゅうてなぁ。どちらかを殺したり、里子に出したりしちょったもんじゃ。

 そん時もなぁ、どうすっか迷ったんじゃがのぅ。

 ひとりは村でも裕福にやっちょる農家に里子に出したんじゃ。

 そしてもうひとり。その子は生まれたばかりじゃと言うのに、眼光鋭く泣きもせん子どもでのぉ。跡継ぎにするならこの子じゃろうとみんな噂しとったわ。


 ところがじゃ。ひとりを里子に連れて行くついでに、誰かが跡継ぎの子もこっそりと連れ出してしもうた。あとで、跡継ぎにしとうない連中が捨ててきたとわかったそうじゃが、もう見つからんかったと。


 じゃが、本当はすぐに見つかっとった。拾ったのは陰陽師崩れのやくざもんでな。その騒動は知っちょったんよ。その陰陽師崩れが、育てて、術も教えて、その子は大きく強くなったと。

 そん時に、生まれの秘密やら双子の片割れがどうしちょるか、全部聞いたとよ。


 捨てられた子は、農家にもらわれて幸せそうにしとる片割れが憎ぅてなぁ。農家の人手が足らんっちゅうてるのを知って、式神の術で式を呼んで使わせたんじゃ。

 呪いをかけてのぅ。

 時がきたら、みんなして暴動を起こしよった。田畑は荒らされ、農家のもんはほとんど殺されたそうな。

 そん時、そこに貰われてた子が自分で呼び出せるようになって可愛がっとった式神に、捨て子だった子が、恨み辛みで他とは違う呪いをかけたんじゃと。


 いつか出会う子孫を殺すまではそのままで、死ぬこともかなわぬぞ、とな───



「……わかったか……?」


 鬼里が確認するように和泉を見遣る。その視線を感じて顔を上げた和泉だが、だから……?と言うように鬼里を睨んだ。

 肩を落とした鬼里の視線はまた前を向く。

 客席にいた式鬼が半分くらいになり、意識を取り戻した客は這いずりながらでもその場を立ち去ろうと必死なのが見て取れる。

 酒寄は、少しずつ光を帯びてきているようだ。ほんのり光っている。


「俺も、子孫だ」


 子孫を殺さないと、呪いが解けない。


「俺ぁ捨てられた側の子孫なんだと。ずっと爺にも親父にも言い伝えだからとクドいほど聞かされて育ったさぁ。だから、殺されねぇように、強くなんねぇとってなぁ。先祖が阿呆だったってぇわけよ」

「オレ、よくわかんねぇけど……それじゃ、双子の親が弟とか作ってたら、そいつらも子孫になっちまわね?」

「結局、双子の後は跡継ぎに恵まれなかったそうだ。お家断絶って奴だな」


 ますます放つ光が強くなる酒寄を見ていた鬼里が、鼻面に皺を寄せてイヤそうに唸った。

 幸いなのか、客のほとんどがすでに逃げ出している。

 口を挟める雰囲気ではなくなっているステージの上で、木山もどうしていいかわからなくなっていた。


「話の続きは後だ。あいつ、ヤバいぞ……このままだと、俺らふたりとも呪いを成就させるために消されちまう」


 小鬼みたいなものしか食べられないし力にならない、そんなことを言っていた酒寄。

 それって、食べたら食べただけ力になって強くなるとも言えないか……?


 夏の昼間だというのに、その明るさの中でも光って見える酒寄は、墓地の式鬼を全て平らげてしまった。残る式鬼はステージ周りにいた数体だが、それらはいつの間にか鬼里の指示で動きを止めてステージ傍で立っている。


「酒寄……?」


 呟いた和泉の声に、酒寄はステージを見つめた。

 その目は、表情は、和泉の知るのほほんとした酒寄ではなかった。



 ステージの方へと、ふらりふらりゆらゆらしながら酒寄が近付く。

 空虚そのものの瞳を向けて。


「……殺す……んですよぅ……みんな……血が途絶えるまで……消えるまで……でないと、あたしゃ、独りで……永遠に……」


 ぶつぶつと呟いている酒寄は、喰らった式鬼たち以上の瘴気も漂わせ始めた。

 今の、聞こえたか?と鬼里は口端を自虐的に吊り上げて笑う。


「何代か前にな、一度、うちの先祖が出会ったらしいんだ。ご一新の後らしいけどな。その時ゃあ、あいつ、先祖を見た途端に式神飛ばして来やがったらしい。だから、裕福そうでむかついたお前らの子孫だけじゃなくて、親ごと呪って……いや、一族郎党のつもりで呪いをかけてたんだろうってな」

「……ごいっしん……?」

「あ~……明治維新な。お前、学生だろが」


 脱力気味に突っ込んだあと、一度は口を噤んだ鬼里だったが、やがて緩く頭を振りながら、くぁははははっ、と片手で顔を押さえて笑い出した。


「ああそうだよ、お前が子孫のひとりだとわかったからこそ、なんであいつ、お前を殺さねぇんだろうって不思議でよぅ。確認と、ついでに試そうってな。いろいろちょっかい出してみたのさぁ。なにか企んでんじゃねぇかってなぁ。まさかよぅ、記憶なくしてるとか思わねぇだろ、式がさぁ?」

「……あんた……オレをダシに……」

「でもまぁ、それもおしまいだなぁ。式鬼強くしたら勝てるかもってさ。思ったんだが、そうかぁ……あいつ、喰っちまうのか……悪食も極まれりってとこだな」


 そういう対策は考えてなかったと、近寄る酒寄を遠い目で見つめる。

 和泉も、どうしていいのかわからない。

 唯一この場で関係のない木山は、さすがにもう自分は要らないか、避難してもいいかな、と逃げ腰になっている。それは誰にも責められない。それでもなにかあった時の証人であり、貴重な映像が録れているだろう。


 ふらりふらぁりと近寄る動きは、相変わらずののんびりゆったりだが、吹き付けてくる瘴気めいたものは喰らった式鬼のものか。


「急急如律令~」


 いつもの全く急を要していない調子で、酒寄が式を飛ばす。それは鋭い小刀の形を取り、鬼里を狙っていたが、ひらりと頭を傾げて躱した。

 小刀は木山の脇を掠めるようにしてステージのセットに刺さる。


「……っわぁっ」


 甲高い声を上げた木山に、和泉ははっと振り返る。正直すっかり忘れていた。もし無関係の木山にまで何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。慌ただしく木山にアイコンタクトを送る。


「ありがとなっ、木山。もういいから、離れた安全なとこに隠れててっ」

「うむ、そうさせていただくっ」


 やっとその場を脱けられるタイミングが見つかり、木山も安心したように手を挙げるとカメラを抱えたまま後退っていった。

 これで、ステージの上に和泉と鬼里、ステージ脇とすぐ下に式鬼、そのすぐ向こうに酒寄という布陣になった。


「やっぱしあいつ、お前は後回しにするんじゃねぇのか?」


 鬼里が怪訝な目つきで睨む。知るか、と返す和泉にも、実際にどうだかはわからない。


「酒寄っ、目を覚ませよ、どうしたんだよ、ごはんたくさん喰らってご機嫌じゃねぇのかよっ」


 必死の思いで和泉が叫ぶが、酒寄の表情には変化がない。

 まっすぐに進む酒寄は、ふわり、宙を舞うような軽さで、ステージの上へと飛び上がった。まるで風で紙が巻き上がったようにしか見えない動きだ。

 声を掛けられたせいか、酒寄のぼんやりした視線は和泉に向いていた。ふらりゆらりと和泉へと歩み寄る。鬼里は様子を見ようとやや後退る。


 酒寄の手が、和泉の喉元へと伸ばされたその時。

 和泉の胸ポケットからまばゆい光が溢れた。

 あと少しで和泉の喉に触れるその直前、ぴたりと動きが止まる酒寄。


「な、お前、なにを持ってる……っ?」


 鬼里が何かに気付いたように怒鳴ると、和泉はそのポケットから小さな袋を取り出した。


 母親の架純が以前持たせてくれた、父親の形見の数珠が入った小袋だった。

 その数珠が、まるで透明の袋にはいっているかの如く輝いているのだ。


「……親父……」


 和泉はその小袋を、酒寄の目の前に突き出した。



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