「いないいない居た」
オレは探していた。
何をって、あの男だ。
気のせいかアレ以来、更に「見える」ようになっちまったんだ。
視線を逸らしたところで、逸らした先にも、いる。
交通事故どころか、落ち武者みたいな、時代が違うだろうってな連中は、それまで見えたコトがなかった。それが、ぼんやり気を抜いていると足元に骸骨がごろごろしていたり、肩を叩かれて振り返ると痩せこけた老婆がにたりと笑っていたりが日常になりつつある。
ノイローゼになりそうどころか片足突っ込んで……いや、ほとんど突っ込んでいる、か?
気が狂いそうだ。
「そうは言うけどさ、いずみん。誰も死んだり埋められたりしたコトのない土地なんてないんじゃないか?」
オレの小学生からのダチ、島井元紀は言う。
ちなみにいずみんとは子どもの頃からの呼び方で、いい加減やめろと言うが聞いちゃくれない。
「ちょ、それじゃあオレ、いつも目の前に、お化けと人間が同居してる生活を続けないとなんねぇのかよ」
「同居かよ」
「今、お前に頬摺りしてるロン毛の骸骨がいるんだけど?」
「え? どこ、どっち? ロン毛って美女?」
「性別なんかわかるかよ、落ち武者のざんばら髪かも知れねぇからな?」
「うわそれ勘弁~っ」
両手で周辺の空気を掻き混ぜるようにして追い払おうとしているが、それで追い払えたら苦労は激減なんだけどな。
「だから困ってるし、相談できるのも、オレが見えるって知ってるお前しかいないんだよ。どうしよう……」
「ああ」
元紀は手をぽむっと叩いた。
「そいつ探して、元に戻してもらうとか見えなくできないか頼んでみるってのは?」
「面倒そうだけど、それしかねぇかぁ……」
かくしてオレは、ヤツを探すコトにしたのだった。
しかし、面倒半分、会ったらもっと酷くなるんじゃないかと心配半分、なんとかしてくれるかも知れない期待半分、そもそもいったい誰なんだ嫌がらせだったのかという怒り半分、考えれば考えるほど頭の中はぐるぐるしてくる。
それでも……。
着ていた作業着は、近くの自動車工場の人たちが着ていた服と似ていた。
張り込んでいれば見つかるか、と軽く考えていたけれど、朝も帰りもそれらしい人は見かけなかった。
それどころか、人間と、そうじゃないモノとが、まるで文字のゲシュタルト崩壊のようにわけもわからないモノに見えてきて、ぐずぐずしていられない、と焦燥の念だけが強くなっていく。
あれ? それ人間? おばけ? 見ちゃいけないナニか?
運が良いのかなんなのか、家ではなにも見なくて済んでいたから助かっているものの、外へ出るとわけのわからない密度の濃さに押しつぶされそうだった。
翌朝、いても立ってもいられず、オレは思い切って工場へ入る人を呼び止めた。
作業着は着ていないが、看板にあるマークと同じバッジを背広の襟につけているから、上の方の人じゃないかと推測したんだ。
「あの……ここに勤めている人だと思うんですが……先日、車に撥ねられそうになったところを助けてもらって……その……ここの作業服に似た恰好だったので、ここにそういう……該当する人っていません……ですか?」
勢いで声をかけたので、微妙な口調になりながらも、その社員さんらしき人は笑顔で対してくれた。
「ここの作業服?」
「はい、なんか形や色合いが似ていて……近くだから、もしかして、と思って……」
社員さんはしばし首を傾げてから、首を緩く振った。
「うちは本来、作業服のまま外出しないように規則で決まっているんだよ。もしも見かけたなら、それは社則違反だなぁ……いい話ではあるけれども」
「あ、だったら違うかも。似てたんで訊いてみようと……」
そう話している間にも、作業服の従業員らしい人たちが出入りしているのが視界の端に……いる……。
ちっがぁああああうっ。
オレはそこで即座に察した。
一気に無表情になって社員さんに頭を下げ、失礼しましたっ、と背を向けた。
……ホントに、オレ、おかしくなってる……っ。
アレ、人間じゃなかった……っ。
従業員さん、じゃなかった……っ。
頭が真っ白になって、なにも考えたくなくなった。
今のオレのこの見ている世界は、なんなんだ……?
なにが本当なんだ……?
無我夢中で走り出した。
とりあえず、誰か、生きている知り合いに会いたかった。
元紀でもいいし、先生でも後輩でも誰でもいいから……っ。
時に歪む視界は涙だったのか、意識がぼやけていたのか。
たまたまなのか運良くなのか、信号などで足が止まるコトがなかったのは幸いなのか。
誰にも行き会うコトもなく辿り着いたのは、家の近くの小さな神社だった。
体力気力を使い果たし、どさりと境内に倒れ込む。
枯れた雰囲気の神社だが、神社は神社なのか。ヤツらは清浄な空気が苦手らしい。鳥居の前で地団駄踏んでいた何かを蹴散らすようにして中へ逃げ込むのに成功した。
ずるずると這うようにして、お社の前まで進む。
ああ、ここは大丈夫なんだ……気が抜けて、ふわりと意識が飛びかけた、その瞬間。
探していた奴が見えたような気がした。