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悪食な式神は呪われている。  作者: 桐谷雪矢
昔むかし今。
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3.


 木山は島井とメッセージツールでぽちぽちとやり取りしていた。


───いずみんには悪いが、俺は明日、行けないかも知れんと伝えてくれ。法事とやらから抜けられそうにない。

───え? 木山の方が情報通で俺より役に立ちそうだと思ってたのに。俺、行っても騒ぎが大きくなったら足手まといになりそう……。

───法事が早く終われば行けるかもなのだが……まあいい、では俺から連絡しておこう。


 連絡し終わって、木山は腕組みをして背もたれに身を預けた。

 幅が広い特製デスクは一面にモニタが並び、周りは本棚が取り囲んでいる。空いているスペースにはフィギュアが、面にはポスターが余すところなく並ぶ、オタクらしい部屋であった。


「あんまりオカルトとか信じていないつもりだったんだが……あんなの見てしまうと、あながち妄想とは片付けられなくなったな。それにしても、なんだこの鬼さまってのは……」


 ポップな祓い屋のようでもあるが、専門誌などにも寄稿しているし、その筋では知らないヤツはいないレベルの有名人ではないか……我々が無知すぎたのか? いや、おそらくいずみんは近付きたくないジャンルだっただろうから、いちばん近いが遠ざけていただろう。俺とか島井は……うむ、興味がなかったな。そもそも占いとか(まじな)いとかは女の方が好きだったりするしな。


 しばし考えて、机に置いてあったチラシを手に取る。

 木山は木山でネットから何から漁って情報を入手していた。

 鬼さまと言われる人物について、先日の山について、今度のゲリラライブと称したイベントについて、そして、この土地そのものについて。


 この公園、裏手は墓地で、おまけに火葬場の跡地に作られているが、教えて良いのか迷う情報であるな。鬼さまはいずみんのことを知った上で、土地も見て選んだイベントだとすると……島井はやはり留守番と万が一の通報係が良いかな。うむ。


 木山は足元のバッグを掴んで立ち上がった。


 ゲリラライブまで、あと二日。


 ざわざわざわと木々がざわめく。



 デザイナーズマンションというのだろうか。

 あまり真っ直ぐな辺のない凸凹した外観で、エントランスも鉄板やコンクリートを中心にした造り、共有部分もごつい鉄骨がところどころ剥き出しだ。実際、入居者は独身男性ばかりで、クリエイターやらアーティストといった肩書きを持っている住人がほとんどだ。そういったタイプが好むマンションの角部屋が、鬼さまの住処だった。

 大きく張りだしたベランダはちょっとした四阿(あずまや)くらいは置けそうだ。板張りの床のその中央に、直にぺたりと胡座をかいて、鬼さまは電話をしていた。バスローブを羽織っただけのラフな姿も、最上階の八階ではそれを見聞きできるものはいない。


「ああ、そうだ……でな、ライブでちいと騒ぎが起きるかも知れねぇんで、そん時は特殊効果だっつうてうまく誘導したってくれや。そうそう、こないだ見かけた面白ぇガキ……んあ? まぁだわかんねぇけどよ、そう、じゃ、頼むわ」


 鬼さまは通話を切ると、そのまま流行りのソーシャルネットに繋いだ。


───ライブは明後日だ、みんな、充電はたっぷりで来いよ。悩める子羊ちゃんたち。生で直接、(まじな)ってあ・げ・る。誰でも大歓迎、だぜ。


 語尾の最後に絵文字でたくさんハートマークを散らして書き込みを終える。


「どうせあの様子じゃあ、なぁんも聞かされてねぇし、知らねぇんだろうなぁ。うちじゃ延々と恨み辛みばっかり言い伝えられてたってぇのに」


 はぁ~あ、と大きく欠伸と伸びをして、鬼さまは部屋へと戻ると、シャツにジーンズというカジュアルな出で立ちに着替え、下見下見、と呟きながら出かけて行った。





 ライブが行われる公園は、野球場くらいの広さだ。

 たまに市主催のイベント会場にもなるらしく、一角にステージが設けられていた。鬼さまはここでやろうとしているらしい。地面は芝生がきれいに生えそろっていて、ところどころにスプリンクラーが設置してあった。

 ステージの上にはテントのような屋根があり、両端の袖の部分にはちょっとした着替えなどもできる控え室も用意されている。テント屋根を支える鉄骨部分にはライティングセットが控えめにおまけ程度についていた。

 前日ではなにも出来なかろうと、先回りして会場を見に来た木山は、どこにしよう、とステージ近くで辺りを見回した。


「やはり、ステージの上は見渡せないと……あとそれから……」


 そう言って手にした小さな塊を、目に付きにくいところを選んで両面テープで貼り付けていく……が、十個ほどくっつけたところで、雲行きが怪しくなってきた。


「ま、こんなところか。今夜は雨の予報だが、当日は晴れるはずだしな」


 大きなバッグを抱え直し、木山は小走りで自転車置き場へと走って行った。


 それから三十分も経たないうちに、そこへ現れたのは鬼さまだ。

 裏手の墓地の方に墓地と共用の大型駐車場がある。自転車置き場はもう少し公園寄りなので、時間が被っていたとしても、ここで擦れ違ったりは避けられただろう。そこへミリタリーカラーのジムニーシエラで乗り付けると、下りてそのまま墓地の方へと向かった。


「どこまで進んでんだ? ちゃんとうまく埋めたんだろうな?」


 声を掛けた先には女性がひとり、入り口近くの水道で手足を洗っていた。Tシャツにショートパンツ、足元はサンダルという身軽な服装だが、それが似合う健康的なスレンダー美女だ。(まじな)い師の助手よりは山奥の怪しい兄ちゃんとキャンプしている方がサマになりそうでもある。


「ちゃんと自力で起き上がれて、ちょっとした雨でも流されない程度の深さ、でしたね。大丈夫です。言いつけ通りに出来ました」


 女の言葉はあまりにも機械的だった。よくよく見れば表情も硬い。


「はい、よく出来ました、と。じゃ帰るぞ」


 式だった。

 鬼さまが投げキッスとともに息を吐くと、女はひらひら、と紙に戻って地面に落ちた。

 洗い場で飛んだ水飛沫の中に落ちて濡れると、鬼さまは小さくため息を漏らす。


「しくったなぁ。せっかくここまで好みに育てたってえのに……あ~あ、また仕込み直しかよぉ」


 頭をかりかりと掻きながら、濡れた式をそのまま踏みにじってぼろぼろにして、使えないようにした。あくまでも道具、と割り切っているらしい。


「まぁいい。これであとは、当日、適当に踊らせて、喰らうだけだな。あいつ、釣られてくるかねぇ……ちょいトロそうだったしな。もしこの俺ちゃんに気付いてくれてねぇままだったら、鬼ぃちゃん泣いちゃう~……なぁんつって」


 だはははは、と品なく大笑いして、会場となる公園の方を見渡す。


「管理人には金ぇ握らせたし、カメラちゃんたちは慣れた(モノ)だしな」


 楽しみだなぁ~と鼻唄混じりに鬼さまは車へと向かった。

 車に乗り込むと、フロントガラスにぽつぽつと水滴が落ち始める。今夜だけのようだから、明日晴れれば地面も乾くだろう。かえって良い塩梅のお湿りになってくれそうだ、と口元を歪ませた。



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