1.
エアコンが効いている室内にいてさえ、少し動くと汗ばんでしまうような酷暑なのに、この部屋のエアコンは故障していた。
ぽたぽたと汗が滴り落ちる音がする。汗が目に入って視界がぼやける。拭っていたタオルが絞れそうだ。
いつもなら窓が開いていたらうるさくて堪らないはずの蝉の声も、鳴く気力体力がないのか、比較的静かである。
「せんせ~、できました~」
そんな半端ない暑さの教室にいるのは、和泉と担任の教師だけである。
そう、たまたま教師が部活の関係で出校するからと、それに合わせて学校に呼びつけられたのだ。教師の方は携帯型のミニ扇風機を顔に当てて涼しげにしている。小さめのプリント用紙と睨めっこして書いていたのは、進路についてであった。それを教師に渡す。もうプリントはよれよれだ。
それを見た教師は、首を傾げ、次いで大きなため息を漏らした。
「ねぇ、神沢くん。おうちがお母様ひとりで進学できないって言うのもわかるけど、奨学金とかいろいろ手段はあるんだからね? あとで後悔しないのね?」
「んと、とりあえず、どうしてもしなきゃなんないことがあって、進学就職はそれからじゃないとダメなんです」
和泉は真剣な目で教師を見つめる。
教師もそれなりのベテランだ。嘘か言い逃れかは見抜けるつもりでいた。しかし、和泉の真意がわからない。
それはそうだ、和泉が考えているのは、勉学でも勤労でもない、身の守り方だ。
本気で真剣なのはわかるが、意味がわからない。それでも、本人が望む道を塞ぐのが教師だとは思っていなかった。
「わかった、もう、神沢くんには進路についてなにも言わない。いい? でもどうしても困ったら、先生に相談してね?」
「……は、はいっ」
和泉は直角に腰を曲げるほどに頭を下げた。教師は肩を竦めて教室を出る。
教師の手にあるプリントには、
───捜し物を見つける───
とだけ書かれていた。
せっかく学校まで来たのだからと、和泉が向かった先は図書室だった。
この高校は、戦前からある程度には古い。図書室の資料にも昔の郷土史などがあるらしいと、木山が言っていた。
もしかしたら、ご近所くらい、それこそ酒寄が居着いた神社のこともわかるかも知れない。
和泉は軽く緊張しながら、郷土資料を探し始めた。
古い本にはなにかが憑いていることが多い。本の隙間からちらちらと和泉を窺うモノ、威嚇してくるモノ、そんな気配がずっとしている。
いつもの札セットは持ち歩いているが、少しずつ効かなくなってきていた。
札くらいじゃ、オレのこの能力を抑えられやしねぇぜ……ふっ。
ちょっとは厨二病を気取ってもいいだろう、と恰好をつけてみたが、厨二病どころか本物なのだ。抑えられていないというのは、実は問題なのだった。
「……あ、もしかして……お前ら、昔、そこの線路を越えたところにあった、神社、しらねぇか? それについて載ってる本でもいいや」
和泉が気になって仕方がないと言わんばかりに、本の影から様子を窺っている小さな子鬼に、そっと呼びかけてみた。もじもじして見えて、なんとなく怖さを感じなかった。
子鬼は、こくこくっと大きく頷くと、和泉の目的を最初から知っていたかのように、書架に並ぶ本も本棚もすり抜けて、郷土資料が並ぶ棚まで誘導してくれた。
探している資料らしい背表紙に、ぱぁ、と顔を綻ばせる和泉を見て、にこにことした笑みを浮かべる子鬼は、おそらく使役されるタイプの鬼なのだろう。嬉しそうにしつつも、手を振って再び書架の間に姿を消そうとした。
が、次の瞬間。
ぎゃ、と、まるで握り潰されたかのような小さな悲鳴を残して消えた。
和泉は、本に夢中で気付いていない。
子鬼がいたところには、黒く澱んだ空気がしばらく漂っていた。




