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悪食な式神は呪われている。  作者: 桐谷雪矢
昔むかし今。
17/25

1.

 エアコンが効いている室内にいてさえ、少し動くと汗ばんでしまうような酷暑なのに、この部屋のエアコンは故障していた。

 ぽたぽたと汗が滴り落ちる音がする。汗が目に入って視界がぼやける。拭っていたタオルが絞れそうだ。

 いつもなら窓が開いていたらうるさくて堪らないはずの蝉の声も、鳴く気力体力がないのか、比較的静かである。


「せんせ~、できました~」


 そんな半端ない暑さの教室にいるのは、和泉と担任の教師だけである。


 そう、たまたま教師が部活の関係で出校するからと、それに合わせて学校に呼びつけられたのだ。教師の方は携帯型のミニ扇風機を顔に当てて涼しげにしている。小さめのプリント用紙と睨めっこして書いていたのは、進路についてであった。それを教師に渡す。もうプリントはよれよれだ。

 それを見た教師は、首を傾げ、次いで大きなため息を漏らした。


「ねぇ、神沢くん。おうちがお母様ひとりで進学できないって言うのもわかるけど、奨学金とかいろいろ手段はあるんだからね? あとで後悔しないのね?」

「んと、とりあえず、どうしてもしなきゃなんないことがあって、進学就職はそれからじゃないとダメなんです」


 和泉は真剣な目で教師を見つめる。

 教師もそれなりのベテランだ。嘘か言い逃れかは見抜けるつもりでいた。しかし、和泉の真意がわからない。

 それはそうだ、和泉が考えているのは、勉学でも勤労でもない、身の守り方だ。

 本気で真剣なのはわかるが、意味がわからない。それでも、本人が望む道を塞ぐのが教師だとは思っていなかった。


「わかった、もう、神沢くんには進路についてなにも言わない。いい? でもどうしても困ったら、先生に相談してね?」

「……は、はいっ」


 和泉は直角に腰を曲げるほどに頭を下げた。教師は肩を竦めて教室を出る。

 教師の手にあるプリントには、


───捜し物を見つける───


 とだけ書かれていた。




 せっかく学校まで来たのだからと、和泉が向かった先は図書室だった。

 この高校は、戦前からある程度には古い。図書室の資料にも昔の郷土史などがあるらしいと、木山が言っていた。

 もしかしたら、ご近所くらい、それこそ酒寄が居着いた神社のこともわかるかも知れない。

 和泉は軽く緊張しながら、郷土資料を探し始めた。


 古い本にはなにかが憑いていることが多い。本の隙間からちらちらと和泉を窺うモノ、威嚇してくるモノ、そんな気配がずっとしている。

 いつもの札セットは持ち歩いているが、少しずつ効かなくなってきていた。


 札くらいじゃ、オレのこの能力を抑えられやしねぇぜ……ふっ。


 ちょっとは厨二病を気取ってもいいだろう、と恰好をつけてみたが、厨二病どころか本物なのだ。抑えられていないというのは、実は問題なのだった。


「……あ、もしかして……お前ら、昔、そこの線路を越えたところにあった、神社、しらねぇか? それについて載ってる本でもいいや」


 和泉が気になって仕方がないと言わんばかりに、本の影から様子を窺っている小さな子鬼に、そっと呼びかけてみた。もじもじして見えて、なんとなく怖さを感じなかった。

 子鬼は、こくこくっと大きく頷くと、和泉の目的を最初から知っていたかのように、書架に並ぶ本も本棚もすり抜けて、郷土資料が並ぶ棚まで誘導してくれた。

 探している資料らしい背表紙に、ぱぁ、と顔を綻ばせる和泉を見て、にこにことした笑みを浮かべる子鬼は、おそらく使役されるタイプの鬼なのだろう。嬉しそうにしつつも、手を振って再び書架の間に姿を消そうとした。


 が、次の瞬間。

 ぎゃ、と、まるで握り潰されたかのような小さな悲鳴を残して消えた。

 和泉は、本に夢中で気付いていない。

 子鬼がいたところには、黒く澱んだ空気がしばらく漂っていた。



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