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悪食な式神は呪われている。  作者: 桐谷雪矢
鈍いのろい呪い。
14/25

7.


 拝殿で倒れていた酒寄は、身体に群がる雀に起こされた。

 びくりと身体を動かすと大慌てで騒々しく飛び立つ雀たちを見送って、よいしょと座り込む。


「いつの間にか、朝なんですねぇ……」


 雀たちが飛び込んだ雑木林が静かになると、はぁあ、と盛大にため息を漏らす。


 どうしてだろう。

 どうして急に、いろいろと思い出してしまったんだろう。



 脳裏に浮かぶのは、数百年前ののどかな田園風景だ。

 酒寄はその田園で使役されていた式神の一体であった。


 そこでは酒寄だけではなく、大勢の、いや、たくさんの式神たちが働いていた。

 とても大きな豪農の田畑で、みんな黙々と農作業をこなしていた。そのために召喚された式神たちだった。

 名も無く食事も要らない式神たちは、思った以上に丁重に扱われた。この家の主の人柄のせいだろう。

 そうしてただの大きな農家が豪農規模にまで大きくなったのだ。


 しかし、酒寄だけは少し違った。

 その農家の息子、太郎治がはじめて召喚させた式神だった。

 とても大事にされて、労働使役とは言っても日常のちょっとした小間使い程度で、ほとんど息子の弟のような扱いだった。


「おまえはずっと私といてくれよ。私はここではいくら大事にしてくれようと余所者だ」


 いつも太郎治はそう言っていた。残念ながら、当時の酒寄には感情らしきものは存在していなかったが。


 部屋の中で書物に目を通す太郎治と、その横で座していた酒寄。ゆったりとした時間が流れる。そんな中、いきなり外が騒がしくなった。

 不安な顔つきで立とうとした息子を手で制した酒寄は、ゆらりゆらりと立ち上がりふすまを開けた。


 縁側の向こうに広がる田畑。いつもなら式神たちが耕したり草取りをしている、のんびりとした風景が広がっている。

 しかし今。酒寄の目に映ったものは。


 式神たちが反乱を起こしていた。


 田畑は荒らされ、お互いを傷つけあっていた。そこへ知恵の付いた式神が炉端の火種を持って来ると、燃やしあいすら始まった。

 燃え上がり元の紙切れになって灰と消える式神たちを見て、酒寄は固まったまま動けなくなった。その様子に太郎治も覗きに来る。


「……これは……いったい、なにが……」


 荒れた田畑、燃え上がる式神たち、そして、その炎と土埃の向こうにひとりの影が見えた。

 それは、太郎治に式神の召喚の仕方や使役の方法を教えた男だった。


 男は、ふたりに気付くと口端を大きく上げ、残忍な笑みを浮かべて近付いてきた。


「よう、久方ぶりじゃの。ようけ儲かっとるそうじゃのぅ」

「ど、どうしてあんたが……あの働いてくれていたものたちは、あんたが作ってくれた式神たちじゃあないか。どうしてあんなことをさせちょるんじゃっ」


 おろおろと訴える太郎治だったが、それが尚更、男には楽しかったらしい。

 天を仰いで大笑いし、ひとしきり笑うと太郎治を指差して、冷たく言い放った。


「呪いだよ」


 太郎治は訳もわからず、ぽかんとする。

 酒寄もこの頃は喋れないし考えることもなかったので、ただ、太郎治に危害を加えられないかだけ、見ていた。


「お前だけ、のうのうと暮らしていた報いじゃ。じゃから、あの式たちにゃ呪いをかけておいたのよ。そいつにゃあ……違う呪いをかけてやろう」


 男は酒寄の背後に回り、背中になにやら指でなぞり書きをした。

 そして前に回り込み、なにか呟いて口づけを交わした。


「いいか、お前はこれからずっと、人間として生き続けるがいい。生き続けて、こいつの子孫を探すがいい。そいつにしか、お前の呪いは解けぬわ。お前の仇はわしじゃあのうて、こいつじゃぞ。それまで、死ぬことも戻ることも叶わぬぞ」


 男は太郎治に指を突きつけ、酒寄に告げた。

 くくくくく、と低く笑う声が、徐々に高笑いへと変わる。

 太郎治は何のことだかさっぱりわからないままに、酒寄と男を代わる代わる見て、脅えた。

 わけがわからないが、いけない事態なのは飲み込めた。

 そして、はっきりと太郎治の意識を呼び覚ましたのは、漂ってきた煙。


「……父上……母上……っ?」


 太郎治はちらりと酒寄を見た。


「お前は逃げろ、ここにいたら巻き込まれて燃えてしまう……っ」


 とんっと酒寄を縁側から外へと突き落とし、部屋を飛び出す。廊下はすでに煙が充満し、使用人が走り回っていた。太郎治に気付くと、速く逃げてくださいと外へと連れ出そうとする。

 父上母上と叫ぶ太郎治。

 高笑いのまま、煙とともに姿を消した男。




 酒寄は、なぜか唐突に記憶が戻ってきたことに、驚きと違和感を覚えていた。


「和泉くんに、なにかあったんでしょうかねぇ……」


 不安ではあるが、待つしかできないのがもどかしい、と人間のような思考に気付き、苦笑するしかなかった。



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