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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
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 春兄降臨ハプニングの後、嵐星と私は出掛けた。

 自然豊かなS市は街の中心部も緑が多く目抜き通りは欅並木が長く続いている。

 去年の春S市に来た日の夕暮れに、初めて目にしたこの風景は金色の街明かりと相まってロマンティックに映った。

 今は初夏のそよ風に揺れる鮮やかな緑が美しい。


 私達は互いに夏服をいくつか見立てあって選び、それから新しくオープンしたチーズケーキ専門店の行列に加わった。ケーキの焼ける甘い香りに誘われ、人が次々にやって来る。

 入店待ちの間、嵐星は私と話したりスマホアプリのゲームをしていた。


 上背があってサングラスを外したその風貌には、いつものごとく周りの女の子達の視線が注がれる。

 控えめにチラチラと目線を送る子、しげしげと見つめて来る子、中にはまじまじと釘付けになる子も居る。

 なのに当の本人は一ミリの関心も示さないし気付かない。


 超絶イケメンでありながら嵐星のモテに対する関心の無さときたら、逆にどうしてなのか。

 高校までの嵐星はいつも勉強と部活のバスケと大好きなゲーム優先で、あまり長く付き合った彼女は居ないはず。

 でも正直に言えば私にとってこの状況は大歓迎。

 だってまだ当分の間、大好きな嵐星を独り占めできるってことだから。


「嵐星やっと来れたね。ここのチーズケーキ、すっごく濃厚で美味しーい」

 順番が回って入店し念願のケーキと紅茶のセットを味わう。

「うん旨いね、待ったけど入れて良かったな」

「春兄も一緒に来れたら良かったのに。日持ちするお菓子も売ってるからお土産に渡してあげようよ」

「いいね。そうだな、そうしよう」

「春兄って今日はこっちに泊まるの?」

「土日二日間の仕事って言ってた筈だから、そうじゃないかな。昨日は俺、あまり余裕無くて詳しく聞いてないんだ」

「泊まりなら、ゆっくり積もる話ができるかな。私、春兄に聞きたいこといっぱいあるよ。嵐星もでしょ」


 私がそう言ったら嵐星の表情がちょっと曖昧に曇った気がした。

 そういえば今日、春兄と再会した時私は驚きと嬉しさで舞い上がっていたけど嵐星は落ち着いた様子だった。

 春兄は六年間実家とも私とも音信不通だったけど嵐星とは違ったんだろうか。

 男同士だし、春兄も仲が良かった弟とだけは連絡取っていたのかな。


「嵐星、もしかして春兄と連絡取ってた?」

「え?まあ、実は。でもごくたまーにだけど。お前に黙っててごめんな」

「やっぱりかあ。どうして黙ってたの?ちょっとだけでも春兄の事教えてくれたら安心できたのに」

 何の気なしに私は言ったけど嵐星は明らかに済まなそうな顔をした。

「だよな、悪かった」

「別にいいよ。何か訳でもあったの?」

「あった。でもそれは今夜春兄が話すと思う」

「なにそれ、気になるよ」

 けれど、優しくて大概私の押しに弱いはずの嵐星が今はそれ以上何も手掛かりを与えてはくれなかった。



 夕方になり美味しいと地元で有名な焼肉屋さんで春兄と合流した。

「愛夏、嵐星こっち。ここは相変わらず繁盛してるね。時間が早めだから席が取れたよ」

 長兄らしく言うと春兄は私達を座らせた。


 肉の焼けるいい匂い、ニンニクの匂いに炊きたてのご飯の匂い。そこかしこから賑やかに飛び交う会話や笑い声。

 テーブルの向こうを行き交うお肉を載せた銀色のトレイや石焼ビビンパの重そうな器。

 私も春兄も嵐星も沢山食べて二人の兄達はお酒も少々呑んだ。

 普段ほとんどお酒を呑む事のない嵐星は、うっすらピンク色に頬を染めてなんか可愛い。

 それに比べて春兄は全然顔色が変わらない。

 父さんはお酒を呑むけど顔に出ない人だから、きっと春兄は父さんに体質が似てるんだろう。


「春兄、お酒強いんだね」

「そうでもないよ。愛夏も一緒に呑めたら良かったのになぁ」にこにこして言う春兄。

「じゃあ二十歳になったら乾杯しようよ」

「そうか、愛夏は七月で二十歳になるんだな。大人になったわけだよ」

「そうだよ。でもさっき出掛ける時私に『綺麗になったね』なんて春兄、普通の顔して言ったよね。彼女にもいつもそうやって言うの?」


 今、春兄に彼女が居るかどうかは知らない。けど居る体でそう言ってみる。

 つまりはカマを掛けたわけ。


「言うよ。だってお互いに嬉しいだろ?」

 笑顔の春兄がサラッと言ってのけた。これはリア充の余裕に間違いない。

「うん、照れるけど言われたら嬉しいな」

「春兄と最後に会った時から見ればまあ、お前は見た目随分変わったもんな」

 パクパク肉を食べながら私の黒歴史をザクッと掘る嵐星。

「そりゃ中学の頃は私、今よりかなりポッチャリしてたから」

「ああ確かにな」

「嵐星の意地悪!」

「そんなにポッチャリだったっけ?僕はいつも愛夏は可愛いと思ってたけど」

 膨れつらで嵐星を睨む私にクスクス笑いながら春兄は言って、ビールを一口呑んだ。


「ねえ春兄の彼女ってどんな人?春兄は昔からモテる人だもんね」

 そう、私の知る限り春兄はすごくモテていた。


 私が保育園の年長の頃から、歴代の彼女と手を繋いで学校から帰って来る制服姿の春兄を何度も目撃してきた。バレンタインのチョコレートもたくさん貰って来て母や私に分けてくれたっけ。


「彼女とは一緒に住んでるよ。その人と僕は結婚しようと思ってる。今日はまずそれを二人に話しておきたかったんだ」

「春兄、結婚するの?」

 箸を止めた嵐星と私が同時に言った。

「ああ、そのつもりでいるよ」

「うわぁおめでとう!でもそれなら、父さん母さんにも早く話さなきゃ。だって春兄、まだ話してないんでしょ」


 その時「愛夏ちょっと」と、なぜか嵐星が私を制した。

「春兄、それは直接親父達に話すつもりだよね。俺たちはまだ黙ってた方がいい話なんだろ?」

 嵐星が言うと春兄はうなづいた。

「昔色々あったとしても長男の春兄の結婚だよ。おめでたい事なのに、まだ秘密?」

「そうなんだ。愛夏、父さん達にはまだ秘密にして欲しい。それと他にも話したい事があるんだ」

「そうなの。春兄がそうしたいなら言わないよ。まだ話したい事ってどんな?」

「それはちょっとここではね。嵐星、この後もう一度お邪魔していいかい」

 そう言った春兄と嵐星が目を見合わせた。

 嵐星は一瞬考える顔つきになったけど、うなづいて言った。

「いいよ。続きはうちで話そう」

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