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風邪も良くなり、今日はバイトの後でファッションビルに来ている。
そこには嵐星がいつもコーヒーを買う店があって、季節限定ブレンドの試飲が美味しかった。
風邪の時に優しくしてくれたお礼に、嵐星と二人で飲みたいな。
そう思って買った。
「あれ、愛夏ちゃん」
「あ、伊勢さん」
思わぬ人に遭ってしまった。
「こんにちは、お買い物ですか?」
「うん、セール見に来て。愛夏ちゃんも?ねえ、良かったらちょっとお茶しない?駄目かな」
「私は買い物済んだので大丈夫ですよ」
だってきっと、きっと嵐星のことだ。
そう。気にはなってたけど嵐星には聞けずにいた映画デートの話。
伊勢さんと二人でカフェに入った。
「愛夏ちゃん風邪ひいてたんでしょう?嵐星君が言ってたよ」
「もう治りました。兄が先にひいたのをもらったみたいで……」
「そうだよね。その前に私、彼と映画に行って。その時告白したの、好きだって」
「告白?……兄に告白したんですか?」
何も知らなかった。
と言うか聞きたかったけど、あれから二人して風邪ひいて、うやむやになってた。
良くなってからも嵐星は全くそんなそぶり見せなかったし。
「まあ、でも振られちゃったの。砕け散りました」
「……」
「彼とは友達スタートだったし、早くその壁を壊したいって頑張ったんだけど、ダメだった」
「そうだったんですか……。知らなかった」
「愛夏ちゃんから見ても彼に変化がないって事はさ、よっぽどインパクトがなかったってことよね」
「そんな、伊勢さん」
うーん。
でもあの日嵐星は出掛ける前から体調が悪かったはず。
それでも映画に行ったんだし。
不調を押して出掛けたのを伊勢さんに悟られないように気配りしてたし。
嵐星、伊勢さんに向けての優しさはある。
でも恋愛対象ってこととは違ったのね。
正直ほっとする気持ちがある。
嵐星が伊勢さんと付き合うことにならなくて良かったって思ってる。
私ってひどい子。
「嵐星君とは友達以上になりたかったなあ」
「兄は前に、まだやりたいことあるから結婚も当分考えてない、とは言ってましたけど……」
「ああ結婚ねー。私もそこまで考えてはいないけど、彼となら何かと楽しいだろうなって思ったの」
伊勢さんて芯のある人に思える。
嵐星と同じ仕事で大変さも共有してるし『仕事と私とどっちが大事?』とか言わなさそうだし。
伊勢さんに張り合う気持ちもあるけど、やっぱり私は彼女が嫌いじゃない。
「なんて言うか、……すみません」
「やだ!ごめんね、愛夏ちゃんにこんな愚痴言って。もう二度と言わないから今日だけ許してよね」
「そんな」
「それに彼と同じ職場で一緒に働けるのもあと少しなんだから、最後まで気持ちよく友達として側にいたいんだ。今日でもう気持ちを切り替えるから、ね。ごめんね愛夏ちゃん」
嵐星と?あと少しって一体どういうこと。
「伊勢さん、それってどういう事ですか?」
「ええと?あ、私まずい事言ったかな……。彼の転職のこと、ひょっとして聞いてない?」
転職を決めたの?知らない。
「嵐星が会社辞めるって言ったんですか?」
「あー、うん。来年の六月くらいで退社して、ってね。でも、これ以上はやめておく。嵐星君に直截聞いた方がいいよ。愛夏ちゃんにいつ話すか、彼きっと考えてるだろうから」
来年会社辞めて、春兄のようにここを離れて違う場所に行ってしまうの?
嵐星、遠くに行ってしまうの?
私が卒業するまでは一緒って、そう思ってたのに。
今だって苦しいくらい大好きなのに。
その夜。
帰宅した嵐星といつも通り一緒に夕食を食べて、それから私は切り出した。
「嵐星。今日街で伊勢さんに偶然会って、お茶したの」
「え?そうか……」
コーヒーを飲んでいた彼は一瞬こちらに目を向けたけど、何食わぬ顔に戻る。
憎らしいポーカーフェイス。
「ねえ、それだけ?」
「それだけって、伊勢に何を聞いた?付き合いたいって話はされたけど、それは応えられないから断った」
「うん。それ今日聞いたよ」
「お前、何に怒ってるの?怖い顔して不細工だぞ」
「嵐星お願い、ちゃんと話してよ。怖い顔してたなら直すから、ふざけないでよ」
「悪い、わかったよ。でも断るのは仕方がないだろう?伊勢は同僚として大切だし、いい友人だと思ってる。でも付き合いたいっていうのとは違うんだ、いい奴だとは思ってるよ」
「嵐星、そのことに怒ってるんじゃないの。もっと別なこと。今の会社辞めてどこかに行っちゃうの?卒業まで一緒だって思ってたのに出て行くの?ねえ、どうして話してくれないの?」
嵐星が顔を上げた。その顔に今度は動揺が滲んでる。
「そっちか……参ったな」
「本気なの?」
「本気だよ」
「どうして私には話してくれないの?ちゃんと話してよ!」
「愛夏、落ち着け。お前もコーヒー飲むか?それともデカフェのピーチティーでも淹れる?」
嵐星が、しょうがないなあって顔してる。
そしてテーブルの向かい側から私の頭を撫でた。
その感触が優しいから悲しくなる。
ああ、本当のことなんだ。
そしてこんな風にご機嫌を取ろうとするなんて、嵐星の卑怯者!
もっともっと優しくしてくれないと聞かないから。
「じゃあピーチティーがいい」
嵐星はコーヒーのマグカップを手に立ち上がった。
「ミルクは?」
「入れる」
「うちのお姫様は小生意気だなあ」
そう言って、通りすがりにまた私の頭にポンと手を置いた。




