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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
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 ある夜、自分の部屋で買ったばかりの新作リップを試していたらノックの音がした。

「愛夏、今何かしてる、入っていいか?」

「いいよ」


 部屋のドアが開いてスマホを手にした嵐星が入って来た。

「ん。なにそれ?」

 私が手に持っている小さな銀色のケースを見て言う。


 草花模様のレリーフが入ったリップスティックの綺麗なケース。

 このお洒落なケースも気に入って買った。

「これ?今日買ったリップ」

「へえ、キラッとして。何の武器かと思った」

「もうー、それだけ?ねえ、この色似合うかな?」そう言って嵐星を見上げた。


 (まばた)きした嵐星がじーっと私の唇を見る。

 なんか近いよ、そんな風に見られたらドキドキする……。


「お前難しいこと言うなよ。んー、ツヤっとして、なんか血色がいい気はする」


 ちょっとドキドキして損した!

 個人の感想、超がっかりバージョン。

 女子がお化粧を頑張る意味を無にするやつじゃん。


「それより愛夏、明日の夜に映画行かん?」

「急にどうしたの?」

「伊勢が一緒に行こうって言ってきた。愛夏も前に観たいって言ってたやつだから、どう?」


 伊勢さんが動いた。

 でもなぜ私まで?変なの。

 本気で嵐星のことが好きだからグイグイいくって宣言したばかりなのに。


「私も来ればって伊勢さんが言ったの?」

「いや、そうじゃない。けどまあトンカツ食った仲だし、またそういう流れかなって思っただけ」


 それは違うよ嵐星。わかってないんだから。

 伊勢さん、今度はあなたと二人で行きたいんだよ。


 二人だけにさせてしまうことに不安はある、モヤモヤする、でも。

 彼女の気持ちを知ってしまった以上、さすがに邪魔するような真似はできない。

 それはフェアじゃない気がするから。


「私はいいよ、伊勢さんと行ったらいいじゃん。またシスコンて言われちゃうよ」

「シスコンだ?今更そんなもの全く刺さらないね。お前こそ化粧とか練習して、先約か?例のアイツと」

「アイツ?誰のことか全然わかんない。別に約束とかないですけど」

 嵐星が小憎らしい言い方をするから張り合ってしまう。


 実は少し前に千佳ちゃんから連絡が来たところだった。

「智也君の家でタコパしない?」と誘われた。

 慎二君と四人で。

「タコ焼き器あるの?」

「智也君が持ってる。最近四人で遊んでなかったし、こういうのもよくない?」

 確かに、千佳ちゃんと智也君がお付き合いするようになってから四人で遊ぶのは久し振り。

「ねえ、慎二君と愛夏って付き合ってるんじゃないの?」

「違うよ。時々一緒に遊ぶけど付き合ってはいない」

「あれー。ふーん、そうか。まあまあまあまあ、じゃあとりあえずタコパして盛り上がろ」


 そんなわけで今週はまた嵐星とすれ違い。


 最近、嵐星とデートしてないな。

 すーっと心に秋風が吹く。




 千佳ちゃん達と四人でのタコ焼きパーティは楽しかった。

 みんなで買い物して、焼くのは智也君と慎二君が担当して、二人とも器用に美味しく焼いてくれた。

 普通のだけじゃなくチーズを入れたり、ホットケーキミックスを使ってチョコ入りにした甘いのも食べて、お腹もいっぱい。

 その最中に春兄からチャットが入っていた。

『仕事でそっちに行くけど、夜にお土産だけ渡しに行っていい?本当は一緒に夕飯でもって思ったけど、あいにく会食が入ったから』


 春兄、こっちに来るんだ。

 会うのは埼玉に行った時以来。

「大丈夫。今は出かけてるけど夜には居るよー」と返した。



 タコ焼きパーティがお開きになり、慎二君と一緒に帰って来た。

 地下鉄を降りて地上に出ると外はもう暗く、空はどんより曇っている。

「愛夏ちゃん、家まで送らせてね」

「ありがとう。慎二君、また寄り道になっちゃうけど」

「ちっとも」

 彼は笑って首を振った。


 いつの間にか慎二君に送ってもらうことに私、慣れている。


 帰りの地下鉄の中で慎二君は映画に誘ってくれた。

 それは今日、嵐星が伊勢さんと行ってる映画で、私も観たかった作品。だからオッケーした。

 ミニブタカフェの時もそうだった。


 慎二君となら楽しいし。

 嵐星達は今頃何してるだろう?やはり気になる。

 伊勢さんの気持ちを考えて、ジェラシーも封印して私、いい子になっちゃったけど。

 だって伊勢さんは別に嫌な人じゃないって思うから。

 裏がないと思うし、話すと楽しい人だし。


「あ!冷たい」

 ポツっと何かが当たっておデコが冷やっとした。

「雨だ。急がなくちゃ」と慎二君。

 パラパラと大粒の俄か雨が降って来た。


「慎二君、濡れちゃうね。うちに着いたら傘あるから。せめて帰りはそれ使って」

「返ってゴメン。借りていくよ」

 一緒に小走りで家路を急ぐ。


 二人で部屋の扉の前まで来た時。

 マンションの下にタクシーが一台スルスルとやって来て止まり、春兄が車から降りて来た。


「春兄!」と上から呼ぶと、見上げた春兄が気づいて手を挙げ、外階段を上って来た。

「愛夏、ちょうど良かった」

「今帰ってきたの。こちら、お友達の新津慎二君」

「新津君、愛夏の兄の春星です。妹がお世話になっています」

 にこやかに挨拶する春兄。

「あ。はじめまして、さ、……春星さん」

 慎二君がちょっと口ごもった。


「春兄、コーヒーくらい飲んで行かない?あの、慎二君も良かったらどうぞ。散らかってるけど」

「あ、いや、僕はここで……」と慎二君は一歩下がった。

 でも春兄が「新津君、無理にとは言わないけど、遠慮せずに上がって。とは言っても僕のウチじゃないけどね。どうぞ」と言った。


 キッチンで私はコーヒーを淹れる。

 春兄は慎二君と話していた。


 いつも通り柔らかな物腰で話す春兄、だけど慎二君はなぜか嵐星と会った時より緊張してるみたい。

 心なしか顔がちょっと赤いような。

 初対面であからさまに態度が悪かった嵐星よりも、春兄の方がずっと話しやすいと思うけど。


「そう?新津君は、経営学部なんだ」

「はい。家が会社をやってて。卒業したら入職することになってるんです」

「偉いなあ、家業を継ぐんだね」

「いや、そんな。一応僕は長男で、うちの仕事に興味もあったので……」

「それは親孝行だよ。ご家族は喜んでいるでしょう?僕は昔公認会計士だったけど、今は違う仕事をしてる」

 そう言って春兄は何気なく私を見た。


 一瞬見交わしたその瞳が言ってる。


 愛夏、心配ないよ。

 今のお仕事は?って、もし彼が尋ねたら、その答えは僕に預けて。


 でも慎二君は聞かなかった。


 三人でお喋りしながらコーヒーを飲むと、春兄はスマホのアプリでタクシーを呼んだ。

「じゃあ僕はそろそろ行くよ。新津君、これからも妹と仲良くしてやってください。じゃあまたね、愛夏。嵐星によろしく」

「また来て春兄。美波さんによろしくね」


 外は雨が上がり、雲の中から澄んだ夜空が顔を出し星も見えていた。


「慎二君、良かった。ちょうど雨もあがってるよ」

「そうだね。愛夏ちゃん、僕ももう帰るね」

「うん。緊張した?いきなり付き合わせてごめんね。上の兄の方が嵐星より話しやすいかと思ったんだけど」

「あ、いや……そうだね。春星さんて優しい感じで、なんかオーラがあるって言うか」

「オーラ?そうかな」


 カメラに向かう仕事をしてきたせいなのかな。

 春兄、オーラがあるって言われましたよ。

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