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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
18/25

18

 次の日の朝。キッチンで朝食を作っていたら嵐星が来た。


「おはようー」

 いつも通り眠そうな間延びした声で、別に緊張した感じでもない。

「おはよう」

 私も返したけど落ち着かない気持ちになる。

 それに、ゆうべはあまり眠れなかった。


 嵐星は二人分のコーヒーを淹れてテーブルにマグカップを置いてくれる。

 これもいつも通り。


 昨日の夜は、あのキスの後から顔を合わせてなかった。

 一夜明けた今、なんて話しかけたらいいかわからない。

 かと言って謝るのも違うと思うし。

 微妙な気持ちでこなす朝のルーティーンは事も無げに進んで、私たちは仕事に大学とそれぞれ家を出た。


 不意に抱きしめられた嵐星の腕の中で想いが溢れたキス。

 初めて本当の気持ちをぶつけた。

 でも、彼は私が不機嫌で情緒不安定になって絡んだだけって思ってるの?

 きっとそうなんだ。

 だから気にしないし、またノーカンって思ってるに違いない。

 なんか悲しいけどね。


 私が本気で嵐星を好きって、兄としてじゃなく好きだって気づいたとしても……。

 この想いは受け取っては貰えない?よね。

 切ない。

 そして、ぐるぐるクヨクヨ勝手に振り回される自分が悔しい。


 昼過ぎに嵐星からチャットが入った。

『仕事で今夜はかなり遅くなると思う。日付けを跨ぐかも。戸締りして先に休んで、夕飯は要らないよ』

 うーん、今日ばかりは少しホッとするような……。



 夜、家に居ると春兄から電話が来た。


「愛夏、元気かい?嵐星に掛けたけど出なくてさ。今日はまだ仕事かな」

「うん、今日は遅くなるって。春兄どうしたの?」


「二人にお礼が言いたくて電話した。この前久し振りに実家に帰ったんだ、美波と一緒にね。やっと父さんと話ができたよ」

「春兄六年ぶりの帰還だあ、やったね!父さん達と話し合いできたんだね」

「ああ、僕は撮影から引退して今後は二人で会社をやっていくって話したよ。最初は渋い顔だったけど、まあ美波とも顔を合わせて色々話して、それでね。何と母さんが味方してくれてさ、愛夏達がプッシュしてくれたお陰だなあと思って。ありがとう」


 さすが母さん、グッジョブです。


「うわあ、おめでとう!じゃあ入籍?いよいよ結婚だね」

「そうだよ。ただ、式や披露宴は決めてない。しないかも、そこはちょっと済まないなあ」

「えー、美波さんはそれでいいの?」

「いらないって言うんだ。僕は、式だけでもって気持ちがあるかな」

「春兄は美波さんのウエディングドレス姿、見たいんでしょう?」

「そうだなぁ、うん見たいね。母さんもどうやら期待してるし、小さいパーティくらいとかね。美波の家に改めて挨拶して、それからだけど」

「春兄、それはやっぱり長男だからだよー。せっかく最難関の実家をクリアしたんだから、今度は美波さんをプッシュしなきゃだね」

「ハハハ、頑張るよ」

 春兄の声がとても明るくて私の気持ちも晴れていく。


 ついに六年ぶりに実家の敷居をまたいだ春兄。

 相模春を卒業して、お帰りなさい片山春星、だね。




 その週ずっと嵐星の帰宅は遅かった。

 それが落ち着いたところで例の会社の芋煮会の日が来た。


 秋晴れに恵まれた爽やかな朝、伊勢さんが水色のコンパクトカーを運転して私達を迎えに来た。


「おはよう嵐星君、愛夏ちゃん。買い出し頑張るよ!」

「はい、よろしくお願いします」私はテンションが上がってきた。

「うーっす……」

 嵐星は唸り声みたいな挨拶。

「嵐星君、ねえ起きてる?息してる?ほら、乗って!」

 いまいち寝起きの悪い嵐星を伊勢さんが車に押し込み、買い出しに向かった。


 集合場所の河原にはもう他の人たちが集まってブルーシートを敷き、大きな鍋を据えて待ち構えている。

「おう伊勢、嵐星、買い物お疲れー」と中田君。

「お、芋煮好きの嵐星の妹さんか?」この人は確か一昨年も会った、高橋さん。嵐星の先輩だ。

「はい、愛夏です。今年もお邪魔します」

「愛夏ちゃんだったな、たくさん作ってたくさん食べようね」

「ゴミはここな!」「切る物まとめてやるから、こっちに寄越して」

「なんか飲む人ー!好きなの取って。酒がいい人はビールと酎ハイとハイボール缶あるよ」

「子どもちゃんにお菓子買ってきてるよー、おいでー!」

 みんなの声が飛び交って賑やかな秋の行事、芋煮会が始まった。


 メンバーは二十代から三十代が中心。

 大半が男の人で、いつも忙しいのに皆さん元気、お子さん連れの人も居る。

 芋煮のほっこりする香りが立ち込め、食べたり飲んだり喋ったり。

 座の空気もまったりワイワイしてきた頃。


「ちょっとちょっと愛夏ちゃん、女同士の話をしようか」

 芋煮のお椀とお箸を持った伊勢さんがそばに来た。何やら意味深。

「何ですか?」

「お宅のお兄さんの件ですよ」


 やっぱりか、悪い予感。


 嵐星は離れた場所で何人かの人と喋っている。

「ずっと忙しかったんですよね?お疲れ様です。最近もゲームで兄と勝負してるんですか?」

「ありがとう。ゲームはチーム行動の時ご一緒してますよ。でも今日はそういうんじゃなくて、お願いというか聞いて欲しいことなんだー」

「はい?」

「私ね、やっぱり好きかも。嵐星君」

「え……」


 来た!予感的中。


「前に出来心でキスしちゃって。あの時はまあ年下の嵐星君の寝顔が可愛いくって、愛夏ちゃんにはお見苦しいところを見せてしまいましたよ。だけど今は本気です」


 酔って寝ている嵐星の頬にキスした伊勢さん。

 思い出したくないあの光景が頭の中でリプレイされる。


「本気?」

「うん。私、嵐星君が好きになってしまった。遊ぶ時は弾けてバカで、負けん気強くて私のいいカモじゃない?でも会社では違うんだ。頭回るし仕事早くて、年下だけど先輩で頼りになって。私が一番ドキドキするのはね、真面目な顔でPCに向かってるのをそーっと見る時なの」


 それは私の知らない嵐星。SEの仕事に夢中の嵐星。

 見たことないけど、きっと世界一かっこいい。


 伊勢さんずるい!ずるいよ。私だって見たいよ!

 あー、でもそれはしょうがないんだ。同じ職場なんだもの。

 いいな、羨ましいな。

 忙しい時なんかむしろ私よりずっと長く近くにいるじゃん。


「愛夏ちゃん、私これから本気でいくよ。お兄さんにグイグイいくと思うから、妹の愛夏ちゃんに嫌われたくないなあと思って一応ご挨拶ね」


 何ということでしょう。

 ねえ神様。

 ここに来て、この辛い局面で伊勢さんがライバル宣言ってあまりにひどくない?

 しかも一撃必殺のドン勝女子が本気で。

 嵐星の次は私がドン勝されちゃうの?

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