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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
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「ああチクショー!やられたあ!」

 ある夜、嵐星の部屋から叫び声がした。

「やだもう、びっくりするよ。なあに?」

 部屋を覗くと嵐星がヘッドフォンごと頭を抱えている。


 最近とみに例の超リアルなバトルロワイヤルゲームにハマっている嵐星。

 たった今、いいところで負けたみたい。

 ため息を漏らす彼の隣で、倒された時の状況を確認できる画像を恐る恐る眺める。

 嵐星を倒した相手はアフロヘアーのゴリラマッチョな男性のキャラクターで、ハンドルネーム「EBI(イービーアイ)」って人。

 ちなみに嵐星は「RAN(らん)」だ。


「このEBIって人強いの?」

「ああ、EBI(えび)な。俺を狩ったこいつの正体は伊勢だから」

「このキャラって伊勢さん?」このアフロゴリラマッチョなキャラが。


 なぜにこんなゴリゴリの男性キャラなんだろう。

 嵐星、このゲームも伊勢エリカさんと仲間だったのね。

「くそー、信じられねー。ここまで来てヘッドショット食らうとはなあ。一瞬にしてドン(かつ)決められた。あー伊勢、マジいかつい!」

 嵐星がまた悔しがる。

 これまで何度も勝ってる嵐星を一撃で倒して勝利をさらった伊勢さんは相当なゲーマーだね。


 その後ちょっと経ってから「愛夏、明後日の夜ヒマなら晩飯食いに行かない?場所はトンカツ屋なんだけど」とスマホを手にした嵐星に誘われた。

「バイトあるけどその後は大丈夫。トンカツなんていいの?」

「さっきのゲームで負けた方が飯奢る約束を伊勢としててさ、俺が負けたから。あいつがトンカツ食いたいって。負けた相手と二人ってのも癪だしな」

「それで私も?」

「伊勢がお前も連れてくればって言うから。ほら、夕飯も作らなくていいだろ」


 なんか微妙なメンバー。

 でも確かに、スマブラ大会の日の嵐星へのキスを思うと、あの人と二人きりにはさせたくない!


「ありがとう。トンカツ行くよ」

「よし、どこかで待ち合わせよう。しかしドン勝決めてトンカツなんて、あいつ俺への嫌がらせだよなあ」



 そして当日。

 バイト後に嵐星と待ち合わせてトンカツ屋さんに向かった。

 ではなくて、嵐星と伊勢さんの二人連れと私は合流した。


 二人は仕事帰りだから一緒に来ても不思議はないんだけど、胸の内は複雑。

 嵐星の会社はスーツを着る必要がなくラフなスタイルが許されていて髪色も自由だ。

 久しぶりに会う伊勢さんはショートボブをうっすらとピンクに染めて、アーモンド型の大きな瞳が印象的だった。

 マスカラも赤系かな?個性的。

 小柄な体にオーバーサイズの白Tシャツとオーソドックスなデニムが似合って、赤いスニーカーと同色のハイブランドのショルダーバッグが素敵。

 改めて観察した伊勢さんはお洒落で、それに酔ってない今はちょっと気が強そうな小顔の美人だった。


 アフロゴリラマッチョのキャラで夜中にバトルロワイヤルゲームをする人には到底見えない。

 その上すっごく認めたくないけど、嵐星と並んでたらカップルに見えなくも……ない。

 あー、すっごく認めたくない。


「愛夏ちゃん久しぶり!トンカツ楽しみだね」

 伊勢さんは屈託ない笑顔で声を掛けて来た。

「こんばんは、お久しぶりです。私もお腹空いてるから楽しみ」

 三人で目当てのお店に入る。

 この店は紺地に白抜きの字の暖簾が掛かってS市でもメジャーなところ。

 引き戸の向こうからは香ばしい匂いが手招きしてくる。


 小上がりの席に案内され「では各自お好きなものをどうぞ」と神妙な嵐星。

「ねえ嵐星、私ロースカツ定食がいい」間髪を容れずに言う伊勢さん。

 呼び捨てからのストレートな要求。

 そしてこの店特製のロースカツ定食は結構いい値段がする。


「愛夏ちゃん、お兄さんは今日から一週間は敬称剥奪なの」

「ケイショウハクダツ?」

「そう。どっちかが相手にヘッドショット決めて更にドン勝したら罰ゲー。ディナー驕りと勝った方がご主人様で負けた方が一週間敬称なし」

「はいはい伊勢様、ロースカツ定食了承しました。愛夏は?」


 私は思った。


 それって勝っても負けても結局一緒にご飯行くんじゃん。

 それに一週間ご主人様って、なに?

 嵐星わかってる?伊勢さんてすっごい策士じゃない。

 めっちゃ嫉妬するんだけど!本気を見せなきゃ嵐星を取られちゃう気がする。


 こんな危機感は初めて。

「じゃあわたしはヒレカツ定食がいい!」つい彼女に張り合ってしまう。


「嵐星ご馳走さま。最高のドン勝記念日。けれど『伊勢様』は物足りないなー『エリカ様』って呼んでもらおうかな」

「勘弁しろよ、さすがにやり過ぎ。会社でそれはないだろ」

「会社でもそのルールなの?」

「ああ、本当に失敗した。まさか負けると思ってなかったからな」

「ざまあだね嵐星。私を甘く見るからだよ」

 楽しそうに笑ってロースカツをパクパク食べて、歯に衣着せない伊勢さん。


 仕事以外の場でも嵐星の会社の人たちは仲が良いし、中途で入ったという彼女も居心地がいいんだろうな。

 なぜか彼女の事、嫌いにもなれない。


「愛夏ちゃん、嵐星って結構いいお兄さんなんでしょう?」

 いつもならデレないように慎重に答えるところ、なんだけど。

「いつも優しいです。面倒見いいし、約束はちゃんと守ってくれるし。お買い物も付き合ってくれます」


 今日の私は尖ってるんだから、いつもと違うの。

 控えめに謙遜して答えることができない。

 嵐星が「え?」って感じで隣からこっちを見たのがわかる。


「約束、かあ。嵐星って結構シスコン入ってるよね」

「そうですか?」

 自分がブラコンだとは思っていたけど。


「だって前に中田君()でスマブラした時彼、結構酔ったから『泊まってけ』って中田君が言ったのね。そしたら彼『帰る!ちゃんと帰るって愛夏と約束したから』って言い張ったんだよ」

「うわ、俺そんな事言った?全く記憶ねえー」

「そうなの?」

「仕事早く終わった日にご飯会誘ってもほぼ来ないし。それで私、妹の愛夏ちゃんってどんな子かなあって気になったの。実際会ったらすごく可愛かったけどね」

「それはこいつが卒業するまでは見守るっていうか、保護者的な立場を預けるって親に言われてるから」

「ウチでそんな事言われてたの?」

「ああ。うわっ辛子きた、辛っ」

 ソースと辛子をふんだんに付けたロースカツを食べていた嵐星が慌てて水を飲む。


 だから嵐星は仕事以外で家を空けたり、何も言わずに外でご飯食べたりしないの。

 嬉しかったのに、私に向ける優しさの何割かは責任感なの?

 そう思ったら胸が痛い。


「そう言えば嵐星、今年の芋煮会は君と私がメインで担当だってよ」

「だったな」

「私、車出せるから買い出し行こうね」

「よろしくな。愛夏、今年も芋煮会来るだろ?こいつ、去年の芋煮会に連れて行ったら気に入ったんだって」

「愛夏ちゃん本当に可愛いよねえ。お買い物も一緒に行こうね」

「行きます。お手伝いしますね」


 会社の芋煮会担当まで一緒なの。

 伊勢さんと嵐星の距離が急に縮んでるようで心配になる。

 策士に違いない彼女の前で控えめにしてはいられない。

 私も本気を見せて嵐星の隣を守らなきゃ。


「嵐星、妹っていいよねー。ウチは弟二人だから全く情緒がないもん」

「弟ってわからんなあ」

「上の弟は二個下で嵐星と同い年。だけど私はヤツにお弁当作ろうって気にはならないね。愛夏ちゃんみたいにはできない」

 伊勢さんは嵐星の二個上かあ。

「嵐星好き嫌いないし、ちゃんと食べてくれるから。でもそんな凝ったもの作ってないですよ」

「またまた。肉詰めピーマンの隠し味が味噌とか半端ないよ、美味しかった。私も作って欲しい」


 今度は私が「え?」ってなる。

 なぜ隠し味まで知ってるの。


「愛夏、俺さあ時々この人にオカズ盗られてる」

「オカズを?」

 そんなあ!泥棒!嵐星のために作ってるのに。

「いや愛夏ちゃん、代わりに私もあげてるから。コンビニのカップの唐揚げとかだけど」



 そんな調子で今日のドン勝記念食事会は解散した。


「嵐星ご馳走さま!今度はまた中田君と組んでドン勝狙おうね。愛夏ちゃん、またね」

「はい。伊勢さんも気をつけて」

 私たちに手を振って彼女は踵を返し去って行く。


 開けっぴろげでスイッと距離を詰めてくる彼女と、家が反対方向だったのはせめてもの安心ポイント。

 ゲームであのキャラクターを使ってる理由も知った。

「最初は女の子のキャラでやってた。でもそれだと無意味に庇われたり前に出づらくて。粘着してくる人もいて、それでチェンジしたの」


 リアルな彼女のメンタルは、たくましいゴリラマッチョだった。

 でもこの恋だけは彼女にドン勝されたくない!

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