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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
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 やっぱりあれはキスだったの?


 帰りの東北新幹線のシートに収まり、隣の席に座る彼をそーっと見ながら思いを反芻する。

 寝たふりしていたせいでちゃんと確認できなかったけど、目を開けてたら永久に経験できなかったわけで。

 あれから私、嵐星を意識しすぎかも。


「どうした、さっきからなにチラ見してくるんだよ?」

 バレてる。

 そして嵐星は通常運転。

 あの時の事など彼の中ではもう忘れられてしまっているのかしら。


「えと、美波さんと春兄の事考えてて。嵐星は結婚とか考える事あるの?」

 と動揺を誤魔化しつつの変化球を投げてみる。

「まあ将来的には、だな。でも三十までの射程にはない。逆にお前が社会人になるまでは絶対にないと言い切れる」

「そうなの」

 ここにも押し寄せる晩婚化の波。つまりあと五年くらいは眼中にない、と言われるのですね。


「仕事でやりたい事があるし、それに取り掛かったら結果出すまで何年か必要になると思う。職場も変わるかも知れんし」

「今の会社辞めるかもなの?」

「ああ。そんな状態で結婚とか無理だろ。相手が居たとして、『仕事と私とどっちが大事?』とか言われるのがオチだよ」

 そう言った嵐星がちょっとだけ顔をしかめた。


「ねえ、前にそういう風に言われたことあるの?」

「え、……ある」


 実際にあったんだ。


「どんな人、それで別れちゃったとか?」

「二個下で学生。その頃新作アプリのスタート時期でとても構ってやれる状態じゃなかったし、仕事が大事って言って別れた」

「仕事優先って言っちゃったの?」

「話したけど結局浮気だと思われてたしさ、しこたま泣かれて俺も耐久できなかった」


 浮気疑惑ね。

 嵐星が忙しい時って連日深夜帰宅にもなるし、仕事場に携帯持ち込めないから連絡つかないし、疲労でテンション下がるとあまり口も利かなくなる。


 ここでイメージしてみよう。

 もしも私が嵐星と別々に暮らしてる彼女だとして。


 嵐星が今くらいの状況なら、ちゃんとしたデートは月に二、三回で多忙によるドタキャンの可能性あり。

 ちょっと夜に食事でも行こうと思ったら十九時くらいから遅ければ二十二時台。

 これも仕事のトラブルでたまにドタキャンあり。


 友達付き合いを優先したい時にはちゃんと言ってくる。

 色々やっているゲームをしたい時は邪魔されたくない。

 ちょっと声が聴きたい時に連絡がつきにくかったりするのは、ねえ。


 こういう彼氏どうでしょう。うーん。


 これで嵐星に構ってほしい彼女だったら『ホントに私の事大事?もっと会えないの、私たち』ってなるかも知れない。

 欲張りですか。


 でも自分がちょっと寂しくても我慢して嵐星を信じて、仕事一途で女の影?もない彼を応援しつつ見守れるかなあ。


 あ、待って。

 女の影はあった!伊勢エリカさん。


「嵐星は仕事忙しいのに楽しい?」

「うーん、楽しいっちゃ楽しいのかな。むしろやり甲斐だな、ありがたい事に」

 仕事、楽しくてやり甲斐も感じてるんだね。


 私は大学で教職を目指して勉強している。

「私も将来そうなりたいな。忙しいけど一緒に埼玉行けて良かった。またお仕事頑張ってね、お兄ちゃん」

「呼び方キモっ。でも美波さんて自分の考えがちゃんとしてる人だったよな」

「うん、大人の女性だったよね」

「実家で美波さんが父さんたちと話した方が通りそうじゃないか」

「だよね。それと見た目もなんか想像と違ってた」

「それな、俺も思った」



 埼玉から戻って少しして慎二君から連絡が来た。

「愛夏ちゃん野球観に行かない?」

 地元東北のプロ野球チームのナイター観戦でチケットがあるって。

「ナイター?」

「うん、夜だけどうちの弟と友達も一緒だし、よかったらどうかと思って。愛夏ちゃんのお兄さんも来れそうなら一緒にどうぞ」

「兄も?」

「うん。家族五人分チケットあるんだけど、うちの予定が崩れちゃって」

「それは残念だね。私でよければ行けるよ、兄はどうかな。聞いてみて連絡するね」

 と言ったのだけど。


「それはいいカードだよなあ。だがあいにく、その日俺は先約がある。久々の合コンだ」

「合コン……あと五年は結婚しないし、仕事と自分の時間優先って決めてるくせに?」

「それにあと二年はお前と同居、というスタンスでの参加な」

「何の検証?それを主張した上でモテるのか、的な?めっちゃ嫌な感じ」

「やけに棘があるな、合コンもある意味ナイターだと思うが。あ、お前合コン嫌いな?」

「嫌い。嵐星、遊ぶ気満々って絶対思われる」

「はいはい上等」

「ずるい、エッチ!」

「俺だって刺激が欲しい。妹、俺が束の間の幸せに浸ることをなぜ許せないのか、誠に遺憾」


 そりゃあ自分でも我儘だと思ってるよ。嵐星だって男の子だしさ。

 遊ぶ気満々オーラを出しても嵐星なら遊びでもいいっていう人が居そうな気がして、だから嫌なの。



 そんな出来事があったけれど慎二君と弟さんの誠二君、そして誠二君の友達と四人でのナイター観戦にやって来た。

 今日も朝からモヤっとした気持ちだった。

 けれど、期待感に浮き立つ人混みに混じって球場に向かう道すがら自然とテンションが回復して来た。


「慎二君ありがとう。兄まで誘ってくれたのに来れなくてごめんね」

「気にしないで。嵐星さん社会人だし、忙しいよね」

「それが今日は合コンなんだって」

 思わずおばさんの愚痴みたいに言ってしまった。


「そうなの、仕事するようになったら出会いって難しいのかなあ。でも嵐星さんモテそうだけど、カッコいいから」

「そんなことないよ」


 今のは謙遜じゃなく願いだよ。

 兄よ、今宵はモテなくあれ!


 そう嵐星を呪いながらも慎二君たちとのナイター観戦は盛り上がり、地元チームの大勝で終わった。

 帰りに最寄駅に戻ったところでラーメンを食べて解散、と思ったら「今日は家まで送るね」と慎二君が言った。

「誠二君たちは?」

「僕らは一緒に帰るんで、お先に。ここで失礼します」

 誠二君が兄の慎二君によく似た笑顔で爽やかに言うと、友達と連れ立ってバスターミナルに向かって行ってしまった。


「慎二君、バス大丈夫?遅くなるよ」

「まだ全然平気。一人で帰したりしたら嵐星さんが心配するよ、今日は迎えに来られないでしょ」

 確かにそれは気にしてた。

『帰りはターミナルからタクシー乗れ』って。でも学生の身でそんなこと簡単にできない。


「あ、前に会った時、兄の態度が悪くて恥ずかしかったな。嫌な気持ちになったでしょう」

「いや、それはないよ。僕も妹いるから変なやつがそばに来たらちょっと牽制するかも。だからわかる、嵐星さんが愛夏ちゃんを大事にしてるって」


 いい人だな慎二君。

 それに育ちがいい人って気がする、弟さんも礼儀正しいし。


「愛夏ちゃんも嵐星さんが大事だよね、ご飯作ってあげたりして」

「お互い助け合って暮らすようにって両親に言われて。でも、私ブラコンって昔から言われるし、その自覚もあるんだ」

「兄妹助け合うっていいじゃない。ブラコンってマイナスぽい言い方しなくてもいいと思うよ」

「ありがとう。なんだか気持ちが楽になるよ」


 本当に、慎二君と話していたら心の底にある葛藤やマイナス感情が溶ける気がした。


「愛夏ちゃんの得意メニューはどんなの?」

「うーん、兄が好きなので言ったらハンバーグとかボークチャップとか。親子丼とかも評判いいかな」

「いいなあハンバーグかあ」

「兄はハイカロリー好きだからチーズとか目玉焼き載せろって言うの」

「いいなあ、嵐星さん。羨ましい」


 そんなことを話しながらマンションの前まで来てしまった。

「ここなの。どうもありがとう慎二くん。帰り気をつけてね」

「どういたしまして。また遊ぼうね」そう言って慎二君は片手を差し出した。

「うん、またね」

 慎二君と握手した。


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