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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
12/25

12

 うーん、もう朝?

 目覚めた私の視界に入ってきたのはグリーンのボタニカル柄のカーテンを通して柔らかく差し込む日差し。


 カーテンがいつもと違う。

 ああそうだ、ここは春兄のうちだもの。


 そして私の右隣にもう一組敷かれた布団で寝てるのは……嵐星?

 私どうして嵐星と寝てるんだろう。そのいきさつをよく覚えてない。



 昨日の夕食は、広いルーフバルコニーでのバーベキューだった。

 春兄達も嵐星もお酒を呑んで、私も二十歳になったから初めてソーダ割りの梅酒で乾杯した。

 そよ風に吹かれ暮れていく外の景色を眺めながらの夕食に、美波さんというお姉さんが出来た嬉しさもあって最高。

 甘い梅酒がまた美味しくて。


 その後は春兄が呑んでたシークワーサー味のチューハイに氷をたくさん入れて貰って呑んで。でもそれから眠くなって部屋のソファで横になったんだよね。

 で、そこからの記憶が曖昧。


 隣を見ると嵐星は癖なのかまた肌掛け布団から片手をちょっと出してスヤスヤ寝ている。

 いつもは別々の部屋だし、並んで一緒に寝るなんて小学校の時以来。

 なんか巣の中でぬくぬくする小動物みたいにも見える。


 でも綺麗な寝顔。嵐星、大好き。

 彼の寝顔を眺めてそう思った時、心の中の小悪魔な愛夏が囁いた。


「こんなこともう二度とないかも。もうちょっとだけ近づいちゃえ!」


 そんな大胆な……。

 少し迷ったけれどその誘惑に逆らえず私はそっと嵐星のそばに体を寄せた。

 すると目を閉じたままの彼が「うーん……」と声を出して動く。あーあ、ほらもう終了。

 と思ったら。


 やおらこちらに腕を伸ばした嵐星が、クッションでも抱え込むように掛け布団ごと私を抱きかかえた。


「……!」

 そのままぐいっと胸元に抱き寄せられて、思わず声が出そうになるのをこらえた。


 ドキドキする、するけど……こんなのいけないよね。

 でも離れられない、ずっとこのままでいたい。


 葛藤するその一方で、今の出来事に勢いを増す小悪魔の愛夏。

「やったね、嵐星に抱きしめられるなんて最高。こんなチャンス絶対無いもん。ずっとこうしてようよ。寝たふり、てかこのまま二度寝しちゃえばいいよ」


 甘いその言葉にまたしても逆らえなくて、ドキドキしながら腕の中で目をつぶる。

 これってダメ、いけない?

 この体勢だとまるで抱き合って寝てるみたい。

 ねえ嵐星、私エッチな子だと思う?

 いやいやそれは違う。エッチじゃない!いつもよりくっついていたいだけ。


 その時、規則正しい彼の寝息が途切れた。

「う……ん、ああ?何でだ……」


 あーん早い、もう起きちゃった。あーあ気付かれた。

 私が起きてるのはバレたくない。

 悪だくみはバレたくない、このまま寝たふりからの寝ぼけてるふりをしなきゃ。


 抱きかかえられていた腕が離れて、そろりとこちらの肌掛け布団が持ち上げられる。

「愛夏、おはよう」

 寝起きの鼻にかかった優しい声、だけど無視無視。お願いだからまぶたがピクピクしませんように。

「おーいブス?……お・き・ろ」

 ひっどい!妙に優しくブスって呼んできて。腹たつけど無視無視、反応しない。


 幸いなことに起きてるのはバレてない様子。くっついていたいのが勝ってるからここは我慢。


「はー」

 隣で嵐星がため息をつく気配がして左頬にそっと何かが触れた。

 これ、嵐星の手?私の頬に触れてる。


「一緒に寝ようとか言っちゃって、……お前呑みすぎ」隣から小さく小さく呟き声がした。

「子供じゃないし、可愛いんだからそういうのやめろ」

 その低いつぶやきがもっと小さくなって胸がキューっとする。


 嵐星、どうして?そんなこと言われたら困るよ。

 寝てる、寝てるの、私は絶賛寝てる、と必死で自分に催眠術をかけていたら、頬から手が離れて全く別の感触に変わった。


 ほんの一瞬、頬にわずかな熱を感じて。

 柔らかくて湿ったその感触が至近距離で囁く。

「まったく……誰にも……」


 今のは何、まさかキス?嵐星が私に。

 ドキドキしてもうこれ以上耐えられない。

 誰にも、誰にもって?

 その言葉の続きは聞き取れなかった。


「ふがっ!」

 次の瞬間いきなりギュッと鼻をつままれた。

「愛夏、起きろ。お前どういう寝相してる、近い!暑い!」

「うー何すんの、やめてよ嵐星!そっちが寝ぼけて引っ張ったんじゃない。最悪」

「黙れ。昨日は酔っ払って美波さんに着替えまで手伝って貰って、お前酒癖悪いぞ。ちゃんと謝れよ」

「え、そうなの。ごめんなさい、謝ります」謎が全て解けた。



 反省して美波さんに昨日のことをお詫びしたら笑われてしまった。

「こっちこそごめんね。春君の兄妹だし、お酒結構強いのかなって思いこんじゃって。私と寝てもらうつもりだったけど愛夏ちゃん『もう寝る、嵐星も一緒に寝よ』って言うから、着替えだけ手伝って嵐星君に任せちゃった」

 さっき嵐星が言った通り私、一緒に寝ようって言ったんだ。よくもまあ。


 それと確かに春兄は呑めるんだけど嵐星は強くないし、私も多分お酒は弱いんだろう。

 嵐星は私が寝たら美波さんと場所を変わると言ったらしいけど、隣の布団でゲームをしながら結局寝落ちたのだ。


 それから朝食のお手伝いをして四人でテーブルを囲んだ。

「春君、こうして並ぶと圧巻ね片山家って。本当に美男美女兄妹よね、嬉しくなっちゃう」

「そう?嵐星は父さんに似てるよ、愛夏も父さん寄りだね」

「春兄は母さん寄りってよく言われるよな」

「美波さんはどちら寄りって言われますか?」と尋ねたら、後から家族写真を見せてくれた。


 美波さんはお父さん似、ご兄弟はお母さん似。

 美波さんと春兄が結婚して早坂家と片山家、二つの遺伝子が一つになったら今度はどんな家族になるだろう。


 嵐星もいつかは誰かと結婚を考えるのかなあ。ちゃんと祝福、しなきゃいけない?

 でも今それを考えるのはいや。


 心の中で悪魔の愛夏がプイッっと顔を背けた。



 今日は春兄の車でドライブに連れ出してもらい、長瀞という大きな川の流れる自然一杯の場所で川下りを楽しんだ。

 埼玉って思いのほか広くて都会でもあるけど、自然が多くて野菜も美味しい気がするよ。

 やはり今日も暑いけど水辺に居ると格段に涼しくて、天然氷で作るという超冷えひえで素朴なかき氷も食べた。



 夜は美波さんと布団を並べてガールズトークしながら寝た。


「愛夏ちゃんと嵐星君は仲良いね。うちは大きくなってからは、みんなバラバラでマイペースよ」

「私たちは田舎育ちで、周りでも兄弟一緒に遊びがてら面倒見てっていうのが普通だったから。嵐星はすぐ上の兄だし虫採りも自転車の乗り方も、色んなことを教わりました」

 木登りも鉄棒もスケートも、ゲームとかも。

 嵐星が大学に合格して実家を離れるまで、喧嘩もしたけど一緒だった。


「私が春君と出会った頃は、彼が嵐星君と暮らしてたんだよね?」

「そうですね、大学に上がってからは春兄と」

「その頃は春君がご飯作るって言ってて、だから私の仕事に引っ張り込んで春君が居なくなったら嵐星君は大丈夫かなって心配になったわ」

「今もコーヒー淹れるのは上手なのに、料理は全くなんです」

「そうなの。その頃は嵐星君には彼女も居るし何とかなるって春君が言うから、それなら、なんて勝手に安心して。でも上達してないって事は彼女さん頼みだったのかな」


 美波さんの言葉がズシンと降ってきた。

 春兄が出て行ってから今度は私と住むようになるまで、あの部屋で嵐星は二年くらい一人暮らししていた。

 母さんが時々訪ねて掃除したり冷蔵庫にお菜をたくさん作り置きしてあげたりもしていた。


「そうかも、知れません」ほとんど上の空で私は答えた。


 ずっと一緒だった私と嵐星の空白の時間。

 それは私が中学から高校生で、嵐星が大学生から社会人になるまでの時間。

 その辺りって人生がどんどん拓けてくる頃だよね。

 いつも目の前の嵐星しか見えない私は、知ることがなく見えなかった嵐星の世界に軽くノックアウトされてる。


 はっきり言って相当ショックだけれど、ガールズトークってやっぱり見えないものに気がつくね。

 他にも秘密の話をいろいろ、ガールズトークは大切です。

 特に人生経験豊富なお姉さんとのガールズトークは女子必修にすべき、と思う夜だった。

 

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