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嵐星じゃなきゃダメなの!  作者: 秋月小夜
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 暑いとは聞いていたけれど、嵐星と来た埼玉は気温三十五度の猛暑で、照りつける日差しにたちまち萎れそうになる。


「愛夏、嵐星こっちだよ。暑い日に来ちゃったね」

 紺のSUVで駅に迎えに来てくれた春兄は日灼けした顔にサングラスが似合ってカッコいい。

 このしっくりと大人っぽい感じは春兄が嵐星より格上だと思う。


「春兄、お迎えありがとう。暑いよー」

「すげー暑いね。お世話になります」と嵐星。


 いよいよこれから春兄の彼女に会える。

 嵐星も私も早坂美波さんがどんな人だろうという期待で一杯だった。

 以前聞いた春兄の話から私が思い描いた美波さんは、ちょっと妖艶な感じの女豹系女性。スタイルが良くて肉食オーラをまとったキャリアウーマンという感じ。



「ただいま美波(みな)。連れて来たよ」

 ほんのりとアロマの香りが漂う部屋に入ると春兄が声を掛けた。

「いらっしゃい。どうぞ、暑かったでしょう」

 そう言って出迎えてくれたその人は女豹系とは程遠い、黒髪をアップにまとめた小柄で清楚な感じの色白な女性だった。

「嵐星君と愛夏ちゃんね。早坂美波です。暑くって疲れたでしょう?」

 彼女の優しく可愛らしい笑顔と明るいその声に促されて、うまく反応できないままに私たちは部屋に上がった。


 違う!想像していた感じと、全然違う。


 目の前に居る早坂美波さんは普通に爽やかな休日のOLさんという雰囲気。

 春兄よりも八歳年上って聞いたはずだけど肌のきめが細かくて綺麗な人だ。


「二人が来てくれて嬉しい。ねえ、(しゅん)君」

「うん。嬉しいって朝からもう何回も言ってるんだよ」美波さんに答えた春兄が私達に言う。

「私達もずっと楽しみにしてました」

「……」隣で嵐星がうなづく。

 驚きと人見知りで言語機能が停止してるみたいだから嵐星の想像も大きく外れたんだと思う。


 春兄は美波さんに「シュン君」って呼ばれてるんだ、なんか新鮮。

 そして春兄は彼女を美波(みな)って呼んでる。

 それから美波さんのお手製スイーツを前に和やかな団欒になった。


「飾りにしたこのミントは春君が育てたのよ」と美波さん。

「春兄が?」

「ミントは生命力が強いから楽なんだよ」と春兄。

「春君は植物の世話が得意なの。ミニトマトとバジルもあって、お料理に使ってるのよ」


 部屋の外には広いルーフバルコニーがあって、明るい色合いの家具が置かれた室内にも観葉植物がいくつも置かれている。

 お洒落で明るくて。そう、お部屋ってなんか伝わって来るものがあるよね。

 ここには二人の幸せを思わせる生活感がある。


「嵐星君、驚いてる?二人とも春君からこれまでの話を聞いたんでしょう。正直、私の事ひどい人間だと思わなかった?」

 さっきから言葉を発しない嵐星にちょっと心配そうな美波さん。

 私は言った。

「ひどいなんてちっとも思ってません。仕事を選んだのは春兄だし。それは春兄が美波さんを信頼したからだと思うし」

「俺もです。最初は驚きました、でもひどいなんて全く思っていないです」

「私、美波さんてどんな人かなと思ってました。あの、結婚したいって春兄に聞いて」

「ありがとう、二人とも悩ませてしまったはずなのに。色々お話ししましょう、ゆっくりしていってね」



 美波さんは東京出身で自営業のお家に生まれ、もうじき三十七歳になる。

「うちも三人兄妹で私は真ん中。立ち位置は嵐星君と同じね、兄と弟が居るの」

 三歳年上のお兄さんはNY在住。二歳下の弟さんは都内で飲食店を経営しているそうだ。


「私、昔からフランス映画が好きでよく観てて、海外旅行も好きでフランスにも何度か行ったわ。愛夏ちゃんはフランス映画って観る?」

「いいえ、観たことないです」

「そっかー。なんて言うか、一人の人間であることとか恋愛や男と女であることとかを考える時に、私はフランス映画がすごくよりどころになってくれて大好きなの」

「恋愛?そうなんですか。気になります」

「そんな趣味がきっかけなんだけど、女の子がもっと正直に本気で理想の恋やセックスを考えて話して発信したら、この世はもっと楽しくなるんじゃないか、生きるのがもっと楽しくなるんじゃないかって思ったの」

 そんな事を考えている時に美波さんが出会った相手が春兄だった。


「私その時多分、春君に一目惚れしたの。彼からは月にうっすらと雲がかかったような優しい光を感じて、話してみたいと思った。すごくセクシーだったし」

 そう話す美波さんは隣に座る春兄を見上げて、いつの間にか春兄の手が彼女の肩に置かれている。

「……」

 優しい眼差しで美波さんに黙ってうなづく春兄。

 前に聞いた二人の出会いの日のエピソードが蘇ってドキドキする。


「春君とは本当に何でも話せる関係になれて、そこから相模春っていうキャラクターが生まれて、六年間本当に仕事を支えてくれました。私、春君に心から感謝しているんです」

「美波はそう言うけど二人で一緒に走ってきたんだからね」


 猛暑の埼玉、エアコンの効いた部屋でひときわ熱気を放つ二人に、さっきからあてられてばかり。

 でも結婚したら仕事はどうするのかなあ。

 確か前に春兄は、結婚しても続けたらって美波さんが言ってたって……。


 そう思った時嵐星が言った。

「春兄、結婚したら仕事はこれまで通り続けるの?」

「いや。あれから美波と話し合ったんだけど、僕は引退することに決めたよ」

「嵐星君、心配したでしょう?私たちの間にはビジネスとしてのセックスっていう考え方があって、私はそれを無理に変えなくてもいいって思った。でも春君は違ったの」


 美波さんが言って、春兄が続けた。

「僕が、これから先は美波だけの僕で居させて欲しいって言ったんだ。ビジネスキスとかいう言葉もあるけど、結婚するなら相模春としてのビジネスセックスも封印。これが僕なりのプロポーズのつもりだけど」


 これから先は君だけの僕で居させて、かあ。私はため息が漏れた。


 でも美波さんは言った。

「私は彼の言葉を聞いて反省したの。春君の価値観をちゃんと理解できていなかったと思って」

「どうしてですか?」と嵐星。

「私にとって春君が演じる相模春は女の子が見る秘密の夢だった。ラブラブな彼氏や憧れのお兄さんや、道ならぬ恋の相手として現れるリアルな夢。誰にも内緒で女の子達を包み込んで体も心も温めてくれる存在なの。でもそれをずっと春君に求め続けたら、春君のセクシュアリティを踏みにじることになるんだって」

「セクシュアリティ?」

 難しい言葉に私は戸惑ってしまう。


「それはね、春君にそうあって欲しいっていう私の理想っていうか、思いを押し付けようとしてたって」

「そっかー」

「それと、うちの家族は私の仕事を知ってて、お前は破天荒だって言いながらも受け止めてくれてる。でも春君はご家族との関係を犠牲にしてまで一緒に歩いてきてくれた。今のままじゃ良くないって思ってます」

 私の誕生日の出来事を思った。

 両親と春兄の関係を何とかしたい、嵐星も私もそう思ってる。


「少なくとも俺たちは味方なんで、できる事をしたいと思っています」

「嵐星、ありがとう。仕事をちょっと整理したら美波と実家に行ってみようと思ってるんだ」

「嵐星君たちは無理しないでね。ご両親に私たちの価値観が伝わるように努力させて欲しいの。私は結婚自体というより、春君の子供を産みたいと願ってます。私がどうあっても子供は祝福される存在でいてほしいから、あなた方のご両親と誠実に向き合いたいの」

「私たち応援してますから」


 春兄と美波さんに子供が生まれたら、実家で甥っ子や姪っ子たちが駆け回る私の夢のお正月が実現する。

 この二人を前にしたら頑固な父さんだってきっとわかってくれる。


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