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妹の皮をかぶったドラゴン  作者: パシフィック0
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1 妹は死んだ。

妹は死んだ。

ただそこら辺に転がっている石ころと同じようにぬくもりのない姿になって死んだ。どうして死んだのか、よくわかっている。目の前で天をかけてきたドラゴンに胸を貫かれたからだ。だが、死んでほしいなどとはやはりひとかけらも思ってなどいない。しかし現実として目の前にある冷たさは象徴するのだ。


妹は死んだ。

これは確かなことだ。銀行に行けばそこにいるだけで信頼され金を貸し付けることが可能な男が言うのだから間違いない。きっと彼を葬儀屋に連れて行くだけで誰かの死にかかるお金を後払いでいいと言われるような男だ。実際そのとおり死んだ。


妹は死んだ。

誰に取り繕ってもこの亡骸を見たら必ず信じるだろう。胸にぽっかりと大きくあいた穴が言葉の必要性を否定している。プールに沈めたならきっと紅い海の完成だ。乾かして空に投げたなら世界の空気をサビはてた赤い大地のかんせいだ。


これは紛れもない確かなことだから何度でも書き残そう。


“妹は死んだ。”


「……おに―、……ちゃん…。」




「…っは! 夢かぁ……。」

妹の苦しみながら助けを求める声に少年は夢からたたき起こされた。

しかし、夢の中から放たれた痛々しい妹の声は体を起こしてしまった少年にはもう聞こえることはない。

少年の妹が死んでからもう1週間が経とうとしている。

母親ともいえる人がいたかどうか物心ついたころには妹と二人だけで暮らしをしていたものだから覚えていない。それくらいずっと一緒だった妹がいなくなって少年は毎日を過ぎていくままに空費している。

だがそれも今日で終わりだ。

少年は知っていたのだ妹を生き返らせる術を。

少年は生まれながらの呪術師だった。それもこの世の誰も少年に寄り添いたいと思わなくなるほどの呪術師だった。そのせいで人から異端だ、野蛮だ、黴菌だなどと罵られた。もしかしたら少年が呪術師であるせいで母親も逃げ出したのかもしれないが…。だから少年は妹とずっと一緒だった。

そんな少年であったから、呪術師であったから、死者を生き返らせる術を知っていた。

その呪いの名は、


”死の蘇生“。


ではなぜこの一週間近くその呪いをかけなかったのかというと、単純に材料が足りなかったのだ。本、少年が町から盗んできた、によれば、死者の肉体とドラゴンの魂、そして呪術師…が必要だと書いてある。一つ目は当然のようにある。三つ目も少年自身がここにいる。そこまで来て二つ目がどう考えても問題にしかなりえない。妹をもののついでのように殺して飛んで行ったドラゴンの魂などどのように手に入れればいいのであろうか。少年は方法をこの空費に使っていた時間で考えていた。なに、“死の蘇生”など成功したという話はもとより挑戦したということすら全く聞いたことがないのはあなたも同じだ。“死者の蘇生”とかいう魔法ならあるかもしれないが、“死の蘇生”という呪いなどあなたは聞いたことあるか?少なからず私はないから断言できる。成功するはずがないであろう。

だから先に綴っておく。


この物語はおろかな少年が幸せを他人に略奪されていく物語だ。


「よし!」

少年は靴を履いた。もう何年も前から幾度となく修理と破れを繰り返してきた少年のお気に入りの靴だ。妹が殺されたときに飛び散った血しぶきの一部だってしっかりついている。忘れたいなどと思ったことはないが、このままでいたいと思ったこともない。それゆえ今からドラゴンを手に入れに行く。妹を生き返らせるため、呪術師が本気を出す時だ。

ドラゴンがいる所はわかりきっている。山の頂上だ。世界の天辺だ。この世界で最も高く大きい、カルシス山脈から不自然に一つだけはぶられたかのように山がそのまま島となり南極大陸と山が火山の噴火でつながったあのオリンポス山の天辺だ。問題はない、少年の今いる場所だってオリンポス山の中腹だ。すぐにたどり着くに違いない。どうしてそんなところにいるのかって、彼が呪術師だからと言えば伝わるか。要するにはぶられたのだ、人々からそういった意味ではオリンポス山も少年も似たような境遇か。ははっ、笑いたくもなる。


そうして少年はたどり着いた、オリンポス山の天辺に。

標高1万6000m。百年前に島と南極大陸を人つなぎにするだけの大噴火をしてから生きることを辞め、口を堅く閉ざした山頂だ。

いたぞ。確かにいるぞ。

ドラゴンだ。人が恐れをなし、未だ敬意を払いつづける、世界最強の存在が、閉じた山の口の上の堅いマットの上にこちらを見ながら佇んでいる。

ドラゴンはこう言う。


「「人間ごときがここに何をしに来た。」」


音にはならないが確かに聞こえる。ドラゴンから少年に言葉を話したのだ。

妹を殺したドラゴンを前に少年は、たじろぎそうになりながらもあまりの恐怖と緊張に逆説的に頭がおかしくなり虚勢をもって答えよう。


「ドラゴン、貴様の魂を頂戴しに来た。おとなしく差し出せばすぐに楽にしてやろう。」


「「ふっ、戯けが。貴様のような小さな人間ごと気に何ができるというのだ。笑わせてくれたものだ。」」

ドラゴンは見下したように少年を見つめ続ける。

「その威勢も今のうちだな。」


「「騒がしいわ!我、ドラゴンの前で許可もなくしゃべるな!!」」


「それはこっちのセリフだ!!!」


少年は腕を広げた。そして言うのだ。

「“我が呪いをもって、そこのドラゴンの魂を我に捧げよ”」


ドラゴンのゆっくり壮大に波を打っていたからだが動きを止めた。

「「人間が、……我に何をした。」」

ドラゴンが焦ったように口も動かさずに問う。


「俺は呪いをかけ続ける呪術師だ。たとえ世界だって俺の呪いの下に封じ込めてやる。ドラゴンだって同じことだ。」

少年は呪術師の中でも最高傑作かもしれない、少なくとも技術面ではであるが。


「ドラゴンには 俺の妹を生き返らせるための生贄になってもらう。」


「「死者をよみがえらせるだと!……そんなことができるわけがないだろう……。」

「俺は世界最強の呪術師だ。不可能くらいおれの呪いの下に封じ込めてやる!」

少年は再び両腕を広げた。

そして“死の蘇生”のための文字通り呪文を唱えるのだ。

「「やめろ!!!!」」

ドラゴンの絶叫が頭の中に響くが少年はもう止まらないさ。

「“我が呪いをもって ここに死を生き返らせろ”」


世界が光に溶けた。そう形容するのが最もふさわしい。青白い光が目に映るものすべての輪郭を溶かしていく。ドラゴンだって固く家を閉ざした山だって、そして妹だって…。


やがて世界は輪郭を描いていく。

あるべきものはあるべきままに。亡き者は手に入れてしまえ。そういわれても疑いはない。

だってそこには死んで腐敗を始めたはずの少年の妹が潤いを取り戻したかのように横になっている。


「成功だ……。」

少年は妹の体のもとへ駆け寄る。

少年が妹を上からのぞき込むのと、妹の体が声を上げるのが同時であった。

「ここはどこだ。」

妹の体は確かにそう言った。

「俺だよ、お前を生き返らせることがやっとできたんだ。」

少年はそういうが、少女はようやく目を開けた。

そして見つけてしまった景色にこういうのだ。


「貴様は、さっきの……人間」


「えっ?」

それは少年の妹が使う言葉づかいではない。まるで呪いのもとに封じ込めたドラゴンが必死に叫び続けていたかのような話し方だ。

「お前は、…誰だ?」

少年は頭に浮かんでしまった疑問を確かめずにはいられなかった。妹は本当に生き返ったのだろうか?本当は……。


「我に名前などない、人々は我をドラゴンというが……。」


妹の体は確かのその口でこう言った。


「…失敗、だ。」

少年は結果を口から告げた。


何度でも書き残そう。


妹は死んだ。


確かに死んだのだ。これは何の疑いを持つ余地もないほど確実に死んだのだ。ここに残ったのは妹の体であるが妹ではない。妹の皮をかぶったドラゴンだ。

さて、ドラゴンも次第に気づくだろう

「我が……、このような細くか弱い人間に……。」


妹は死んだ。


これは妹の皮を被ったドラゴンだ。


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