その4 「それはそれは可愛らしいロリでした」
「嘘……えっ……」
困惑。まともな思考ができないが、これ、夢じゃないよね?
女の子はくりくりとした目でこちらを見つめていた。
透き通るように美しい白い肌と輝く銀髪。深海のような紺色の瞳は大きくて煌びやかだ。
俺のスマホは白をベースとしたデザインだったので、擬人化したらこんな美少女になるのだろう。
また、彼女は真っ白なフリルをあしらったドレスみたいな服を着ており、地べたでちょこんと女の子座りをしていた。
顔付きは幼く、年齢は十歳くらいに見える。可愛い……いや、別に俺はロリコンではないぞ。この子が今まで見た女性の中で一番可愛くて美しかったのでついこぼれた感想なのだ。
「どう……されました?」
見た目相応の高い声で話し掛けられる。
ヤバい……心臓の鼓動が速すぎて倒れてしまいそうだ……。
「えっと……スマホ……」
「はい! 私が貴方のスマートフォン『AST-003 WH』ですよ!」
「おぅ……」
少女の弾けるような笑顔。可愛すぎて俺のハートも弾けちゃいそう。
しかし本当に俺のスマホがこの子に変わったのだろうか。辺りを見回したがあの白い薄っぺらな板はどこにも無かった。おまけにケーブルとスイッチも無くなっている。変換できるのは一度限りって訳か。
「あの……私また粗相をしてしまいましたか!? なら謝ります!」
「いや、そうじゃなくて……」
「はわっ、じゃあフリーズしちゃってました!? ごめんなさいアホな子で……」
今にも泣きそうな顔で詰め寄られる。俺は反射的に体を仰け反るが、彼女は更に近づいてくる。ちょっと待て……。顔が近すぎてガチで恋に落ちてしまいそうな距離なんだが……。いや、別に俺はロリコンじゃないぞ。何回も言うがこの子が特別可愛いだけだからな。
「違うんだ。その……いきなり君が現れてビックリしたというか……」
「あ、そっか! 今の私はヒューマノイドに変換されているんですよね。ごめんなさい、認識が甘くて……」
ぐすんと涙を流す俺のスマホ少女。
「あぁ泣かないで! 君が悪いわけじゃないから」
「すみません。そうですよね……私防水じゃないから濡れたら壊れちゃいますぅ……」
防水――そうか。女の子はスマホの性能に依存するって説明書に書いてあったから正にその通りなのか。
ということはこの子に水をかけてはいけないのか。気をつけないとな……。
「えっと……じゃあ一旦離れてくれるかな? 流石に距離が近過ぎるし……」
「はわわっ、ごめんなさい! 今すぐ戻りま――」
そう言った少女は体勢を立て直すべく俺から離れていく。
すると足を滑らせたのか彼女の悲鳴と共に再びこちらに近づいてきて……。
「ひゃっ!」
「うわっ!?」
目の前の少女に座っていた椅子ごと押し倒された。
上半身を強く打ったが幸いにも痛みはそれほどでは無かった。だがそれよりも……。
「なっ…………!?」
俺の体に覆い被さるように少女も倒れてしまっていた。
首元には彼女の頭があり、輝くような銀髪からは女の子らしい甘い香りが漂ってくる。
また、少女の体からはほのかに暖かかった。スマホとはいえ人型なのだから体温はあるのか。でも……スマホもアプリを沢山起動させると熱くなったりするから、もしかしてこの子も熱が出たりするのだろうか……。
いや、そんな事よりこの超絶恥ずかしい状況を何とかしないと。傍から見たら女子小学生を抱いてる変態な男性として逮捕待ったなしだよ!
「お、おーい。どいて……くれないか?」
恐る恐る声を掛けながら少女の顔を覗き込む。しかし……。
「すぴぃー。……むにゃむにゃ」
彼女は静かに寝息を立てていた。しかし気持ち良さそうに寝ているな……じゃなくて! どうしてこの状況で眠っているんだよ!
いや待て……。彼女はスマホなんだよ。眠っているということは……スリープ!
「あのー。起きてくれー」
少女の肩をトントンと叩く。するとすぐに目を見開いた。流石スマホ、寝起きは良いんだな。
「ご主人様……? 何されます……ってえぇぇ!?」
体が密着しているというこの破廉恥な状況を理解したらしく、彼女の頬はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「ごめんなさい……いつもご主人様に迷惑ばかりかけてしまって……」
「いや全然大丈夫だから泣かないで!」
またもや涙ぐむ少女を宥める。そんな気負いしなくてもいいのに……。
「ありがとうございます。ご主人様も……優しい所があるんですね」
体を起こした後、涙を両手で拭きながら答えるスマホ少女。俺も起き上がって彼女と向き直る。
「その……ご主人様って呼び方は……?」
「えっと……私が人型になる前からずっとそう呼んでたんですけど……失礼に当たりましたか?」
「全然そんな事は無いよ! でも面と向かって言われるとなんか恥ずかしくてな……」
ご主人様呼ばわりなんて一般人にはメイドカフェぐらいでしか体験出来ないだろう。しかもこんな小学生ぐらいの子供に言われると……申し訳ない気分になってしまう。
「今はこうしてご主人様とお話できるので、他にも色々不都合はあるかもしれませんね……。あと呼び名の件はご主人様以外にもレパートリーがありますけど変えてみますか?」
「そうだな……例えばどんなのがあるんだ?」
「はい! ご主人様の他に、マスター、オーナー、殿様、陛下、先輩、あなた、お前、おい、ゴミ、豚があります!」
「ちょっと待て。後半は明らかにおかしいだろ……」
持ち主にどう呼んでほしいか設定できるらしいが、ゴミとか豚って……選ぶ奴ドMしかいないだろ。
でも……気になった俺は興味本位で選んでみる事にする。どうせすぐ戻せばいいんだし。
「じゃあ豚で」
「はい、かしこまりました!」
少女は笑顔で答えるも、すぐさま無表情になり……。
「設定が終わったぞ……豚」
「……っ!?」
まるでゴミを見るような蔑んだ目。先程までの可愛らしい笑顔が嘘のようだな……。呼び名を変えると雰囲気まで変わるのか。
「おい豚。用があるならさっさと願い申し奉れやこの野郎」
「えっと……呼び名を戻してくれ!」
子供特有の愛くるしい声で罵倒されるのは流石に辛すぎるが、ドMの方達はこれで快感を覚えるのだろうか……?
「あぁ? それがあたしに口聞く態度かぁ? 戻してください何でもしますから、だろぉ?」
「えぇ……」
もう怖いよこの子……可愛い顔なのに表情と言葉のせいで台無しだよ……。
「早く言えっつってんだろぉ!?」
「あぁ、はい! ……呼び名を戻してください…………何でもしますから」
勢いで土下座する。何の拷問だよこれ。
しばらくして待ってから顔を上げる。少女はもう蔑んだ目で俺を見ていなかった。
「はわわ、ごめんなさい! ご主人様が怖がってたのに、私あの状態だと制御できなくて……」
「いいんだよ全然。俺が興味持っただけだからさ」
「興味……ですか……!」
少女の表情は段々と晴れやかになっていき……。
「私に興味を持ってくれたんですね!」
「いや、そうじゃなくて」
「ありがとうございます、ご主人様!」
天使のような笑顔をこちらに向けてくれる俺のスマホ(少女)。
なんか勘違いしているみたいだけど、この際どうでもいいや。
可愛いは正義。もう君に夢中だよ、うん。