第55話:体育祭準備開始!
ビー! ビー! ビー!
夏休み半ばの昼下がり。
体育祭準備で賑わっている校舎内にゼルロイド警報が鳴り響く。
魔法少女部室にもその警報は届いていた。
蒼が開発中の、マイナスエネルギー濃度から敵のサイズ、強さを予測するAIが解析を始める。
少し前なら緊急全員発進となっていたところだろうが、蒼達は慌てず、騒がず、その分析を待つ。
1分と経たずに弾き出された敵の規模は、中型1体、危険度B-であった。
これまでの敵に当てはめるなら、ビネガロンゼルロイドくらいの強さの敵だ。
「この危険度なら俺一人で大丈夫だろ。君らは適当に案考えといてくれ」
そう言うと、蒼は部長机の下へ、さっさと潜っていってしまった。
「だ……大丈夫かな……。コレが導入されてから、蒼単独で戦った敵で一番高い危険度よ……?」
「大丈夫だろ。アイツクソ強くなってるし」
ソワソワしながら蒼の身を案じる香子と、特に心配していない様子の響。
香子の脳裏には、あのビネガロンゼルロイド戦の蒼の姿がこびりついているようだ。
「あ! 出ましたよ映像! 旧中央市街のアーケードですね」
SSTと市が合同で設置している監視カメラが、4mほどのカマキリ型ゼルロイドを捉え、ライブ配信を開始する。
ゼルロイドの位置を正確に伝えるため、そして、討伐状況を知らせるため……。
というのが一応の建前だが、実際にはそれに加え、魔法少女の戦闘と戦果を拡散し、市民に希望と安心を届ける目的もあるのだ。
「おおっ! 来ましたよ蒼さんが!」
ティナの歓声と共に、どこからともなく飛来した蒼が、アームブレードで敵に切りかかっている。
顔を隠すため、ブレイブウィングの形を模した仮面をつけての登場だ。
蒼は別に顔バレも厭わないのだが、部員らの意見を尊重して、当面は謎のヒーローを続けることにしたのである。
「アーケードの中……。エナジーキャノンやエナジーストームは使えねぇぞ」
「リーチも相手の方が遥かに長いですね」
「こんなに狭いところじゃ、飛び回って攪乱するのも難しいですよ」
暢気げにモニターを眺める響、詩織、ティナ。
ネガティブな情報を聞き、ガタンと席を立って蒼の元に向かおうとする香子を、響が「まあまあ」と押しとどめた。
「アイツならアレくらい簡単に倒せるさ」と、画面を指さす響。
その映像の中では、蒼がブレードで敵のカマを切り落とし、口から放たれた黒い触手をシールドで弾いている。
既にこの程度の敵ならば、隠し玉の大技を食らっても余裕をもって対処できる程度に、蒼は強くなっているのだ。
ウボームの怪人軍団との戦いで、突然のパワーアップを果たした蒼は、単独でもゼルロイドを倒せるようになり、それ以来、雑魚狩りに精を出している。
あの日、蒼は意識の中で創造の女神、コスモスと対峙した。
実際にはコスモスのインターフェースの一部と言った方が正しいだろう。
送り込まれる情報を基に、インターフェースを構築する情報ソースを解読した蒼はすかさずハッキングをかけ、他次元の蒼の記憶情報とコスモス由来のエネルギーを制御する手段の奪取に成功したのだ。
もう一歩でさらに多くの記憶情報やエネルギー使用権限にアクセスできそうだったものの、インターフェースは消滅してしまった。
しかし、手にした分だけでも十分すぎる収穫だ。
蒼が体内で生成していた未知のエネルギーの大部分が解析でき、有効に活用できる出力量が30倍近くまで向上。
同時に、それに含まれるプラスエネルギーの量も、響のそれに迫るほどまで増加している。
「おお! これは決まっただろ!」
蒼のブレードが敵のカマに続いて頭部を切断、さらにそのままの勢いで体を縦一文字に斬り結んだ。
敵の身体はダランと左右に裂け、黒い粒子となって霧散していく。
それを見届けた蒼もまた、どこかへと飛んで行った……。
かと思うと、「ただいま」の声と共に、部長机の下から這い出てくる蒼。
「いやー。今回も危なげなく戦えたよ。プラスエネルギーを持ってるって便利だなぁ」
「な~に言ってんだか……。エネルギーだけじゃねえ。お前のセンスと武器の賜物だろ」
響がそう言って濡れタオルを投げる。
「おっ。サンキュー」と受け取り、顔を拭う蒼。
彼は香子に手渡された麦茶を飲み干すと、何事もなかったかのように会議机についた。
ちょうど体育祭の出し物について話し合っていたところだったのだ。
「どう? 何か案出た?」
「いや、無理でしょ。アンタが戦ってたらみんな見ちゃうって」
「え~……。それじゃ全員で出たのと変わらねぇじゃん!」
「まあまあ、みんなで話し合いましょうよ。どうせこの人数ですし、そんな大規模なことは出来ないんですから」
彼らの座る会議机の中央に置かれたA3サイズのスケッチ用紙には、各々が思いついた出し物のネタがごちゃ混ぜに書かれている。
無難だが、体育祭には不釣り合いな魔法少女コスプレカフェ。
同じく、文化祭向けと思える魔法少女バトル映像上映会。
一歩間違えると赤っ恥の、魔法少女創作ダンス。
校内の魔法少女を見る目が一変するであろうコスモス様大祈祷会。
等々……。
どれもこれも、しっくりこないものばかりだ。
「まず、体育祭のグラウンド発表部門か、出店部門か選ばねぇとダメだよな」
「アタシ人前で何かするのはちょっと……。正直出展は地味目に終わらせたいわ……」
「えー! せっかくだからガンガン目立ちに行こうぜ~?」
体育祭に部活枠で出る場合、部活対抗競技への参加が必須となる他、何らかの出展を行わなければならない。
これは体育祭に参加したくない者が、部活枠での参加を理由にサボるのを防ぐための措置だったらしいが、今では祭りの花形の一つとなっている。
出展の内容は、競技と競技の間に挟まれる「グラウンド発表部門」か、グラウンドの周りで出店をする「出店部門」かの二択である。
ダンス部や吹奏楽部などは毎年グランド発表部門に出展し、演舞や演奏で祭りを大いに盛り上げる。
調理部は屋台を出店し、観戦の定番、ポップコーンやソフトドリンクを振る舞う。
統計的に、運動部はグラウンド発表、文化部は出店を好む傾向にあるようだ。
分類としては文化部にあたる魔法少女部だが、その実態は運動部よりもハードな戦いに身を投じる部であり、部員もまた、文化系2名、体育会系2名、宗教系1名の変則的構成だ。
出展内容の提出期限が明日に迫った今に至っても、議論は平行線を辿っていた。
(まあ、途中でゼルロイドとの戦いが何度か発生したというのもあるが……)
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「すみませーん。部長さんいますか~?」
我の強い5人があーでもない、こうでもないと議論を続けていると、誰かが突然部のドアを叩いた。
「入部希望者!?」と色めき立つ部室。
だが、残念なことにやって来たのは生徒会の体育祭役員であった。
蒼と香子のクラスメートである彼女は、少し気まずそうに笑う。
彼女は今日の夕方に開かれる部長会に蒼と香子が参加してくれという伝達と共に、一枚の顔写真入りのビラを手渡す。
そこには一人の少女の顔写真が大きく貼り付けられ、「体育祭までに見つけたい」という煽り文字が書かれていた。
その顔写真の少女こそ、光風高校の現、生徒会長であった。
「高瀬くんも協力お願い。生徒会長まだ見つからなくて……」
「あぁ……マジか。失踪したの結構前だよな……」
3~4か月前、突如として失踪し、依頼音信不通の彼女を、体育祭までに見つけ出し、3年生の最後の大舞台を任せたいという想いを、熱く語る役員の少女。
この街では、行方不明=ゼルロイドに殺害されたという図式がほぼ成り立つ。
「彼女も恐らく既に……」という感情を抱きつつも、魔法少女部の皆は協力する意志を示した。
「希望を見せるのも魔法少女のお仕事っすもんね……」
去って行く少女の背を見送りつつ、詩織が呟く。
一つの戒めにと、蒼が壁に貼り付けたそのビラには「小森 由梨花」という名が描かれていた。





