第53話:シャイニングフィールド
時は僅かに遡る。
蒼がフェルに良いように嬲られている頃、詩織、香子、響、ティナの全員もまた、窮地に陥っていた。
詩織と相対したのは剛殻兵・シャコトタテリオス
シャコとトタテグモのキメラゼルロイドをベースとした怪人だ。
速度では詩織が遥かに優位で、蒼の指示通り戦えば絶対に捕まるはずのない相手であった。
事実、詩織はその蜘蛛網やシャコパンチの全てを悠々回避し、蒼達の増援を待っていたのだ。
その戦局を大きく狂わせたのが、上空に陣取るバックイドラスの咆哮だった。
突然全身に激痛が走り、手足も満足に動かせなくなってしまったのである。
詩織が原因を察知するよりも早く、怪人の強烈な腹フックが詩織を天高くぶち上げていた。
「おぐぅっ!!」
血反吐を吐いて吹き飛ばされる詩織。
モンハナシャコの剛拳は、10数㎝の個体ですらマグナム銃の銃撃に匹敵する破壊力と言われている。
等身大のそれともなれば、威力は旧式カノン砲による砲弾炸裂に匹敵するだろう。
それがただでさえ防御の手薄な詩織の腹に叩き込まれたのである。
「うぁ……げほげほっ……」
大城市第2小学校の校舎に叩きつけられ、詩織は力無く地に落ちた。
激しすぎる痛みに加え、上空から襲ってくる感知できないエネルギー破壊攻撃に晒され、彼女は手足を痙攣させることしか出来ない。
「がっはっはっは! 魔法少女も大したことないなぁ! なぁ!!」
「ぼげっ……! お゛ぇぇ……」
頭を掴み上げられ、腹にもう一撃、二撃と拳を叩き込まれる詩織。
意識朦朧のまま、敵のサンドバッグの如く、殴られ、蹴られ続ける。
声にならない悲鳴を上げながら、学校に避難した子供たちの眼前で、詩織は嬲られ続けた。
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その同時刻、響にも危機が迫っていた。
響は近距離戦しか出来ない生粋のインファイターだ。
そんな彼女に差し向けられたのは、遠距離戦専門のスナイパー怪人、透撃兵・テッポメレオスであった。
テッポウウオの狙撃能力とカメレオンのステルス能力で、敵のアウトレンジから精密狙撃を行うことで、反撃を許さないスタイルの怪人だ。
要は響にとって相性最悪の敵というわけだ。
だが、序盤は思いもよらない形で戦闘が進んでいた。
テッポメレオスの狙撃が、響の強固な肉体に対して殆ど効かなかったのである。
響はそのハイリスクな特性の代わりに、全身の皮膚と筋力が爆発的に強化されている。
多少の遠距離攻撃など屁でもなかったのだ。
これには怪人も焦り、様々な角度から、彼女の弱点と思しき箇所に狙撃を行ったのだが、妙なところに命中したそれが、せいぜい官能の悲鳴を上げさせる程度に留まっていた。
しかし、詩織と同じく、バックイドラスの超音波攻撃が始まってからは状況が一変した。
肉体の強化が薄れ、狙撃がダメージになり始めたのだ。
詩織と違い、気合と根性と自前の筋力をもってエネルギー破壊の苦痛に耐えていた響だが、その隙をついて放たれた一撃で右足にダメージを負い、続いて左足にも狙撃を受けてしまう。
「クソがっ……ぐああ!!」
両の太腿に撃ち込まれた超高圧水流弾は、圧縮されたマイナスエネルギーの塊だ。
その弾丸は、一たび皮膚の内側に撃ち込まれると、魔法少女のエネルギーと体組織を内側から破壊していく効果を持つ。
響は身を捩り、傷口を必死で締め付けた。
だが、今度は両腕に水流弾が着弾。
続いて両肩、腰、胸へと狙撃が行われる。
「ぐあああ……! く……苦し……やめろ! やめてくれ―――!!」
急所に次々撃ち込まれる弱点物質。
その猛攻を前に、響はまるで心が折れてしまったかのように泣きながら許しを請うた。
「げへへへ……。お前の硬さには焦ったですヨ! 死ぬ前にその泣きっ面を拝ませてもらいますヨ!」
「い……いやだぁ……命だけは助けてくれぇ……!」
地を這う虫のように無様に体を捻る響の眼前に怪人が姿を現し、高らかな笑い声と共に、彼女の眉間へとその銃口を密着させた。
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3人の中で最も追い詰められていたのは香子だろう。
香子には響のような強固な肉体もなく、詩織のようなスピードもない。
その代わりに備え持つ比類なき大火力の光線は、対峙する敵には全くの無力。
しかも機動力、スピードは敵の方が遥かに上で、しかも敵は一撃必殺の大剣を鼻先に備え持っている。
「拙者武人故、抵抗をしなければ一撃のもとに楽にしてしんぜよう。抵抗するのならば、貴殿の苦痛長引くのみぞ」
「何訳分かんないこと言ってんの……!? 誰がおめおめ殺されるもんですか!!」
香子が再び光線を放つ。
だが、反射板と化した巨眼に跳ね返されてしまう。
その熱戦をモロに受け、香子は再び瓦礫の粉塵へ沈んだ。
「貴殿に勝ち目は万に一つもござらん。大人しく死を選ぶ方が賢明と思うが」
「アタシに勝ち目がなくても、誰かが絶対助けに来てくれるわ! 相性が最悪でも、アタシ達はそうやって勝ってきたの!」
「無駄ぞ。貴殿らの仲間は全員が相性不利な者と戦っておる。誰も助けにも来ぬし、貴殿らは皆ここで終わりぞ」
「どうかしら……! アタシはもうアンタに勝てる道が見えてるつもりなんだけど」
「戯言を……。今度こそ死ぬがいい!」
瓦礫に身を委ね、まるで的のようになっている香子目がけ、敵のトドメの突撃が始まった。
刹那、空を勇壮な音色が駆け巡り、辺りに凍てつく様な冷気が吹きすさんだ。
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全てがほぼ同時だった。
黄緑の魔法少女、パッション・ビートがバックイドラスの超音波攻撃を相殺する音撃派を放ったのも。
詩織の元にダークフィールドを突破したサポートバード達が飛来したのも。
苦戦するティナを救うべく、緋色の魔法少女がバックイドラス目がけて猛烈なレーザー掃射を始めたのも。
命乞いをしていた響が突然牙をむき、突き突けられた銃口を食いちぎったのも。
天色の魔法少女がその氷刃で香子に迫る怪人を受け止めて見せたのも。
そして、蒼が立ち上がったのも。
「な……なんですの!? 貴方一体……!?」
フェルが驚愕の声と共に後ろへ飛んだ。
力尽きる寸前と思われた男が、平然と立ち上がったのだから当然だ。
「そうか……やはり……そういうことか」
蒼は眼前の強敵には目もくれず、何かをうわ言のように呟いている。
しかし、その声にフェルは全身が硬直した。
ただの独り言などではない。
蒼の体から漏れ出るエネルギーが、目に見えて分かるほど顕現している。
戦巫女の候補と目されていた彼女には分かるのだ。
彼は今、自らの仕える存在であると。
「跪きなさい」
蒼が発したその声に、フェルは躊躇うことなく跪き、頭を垂れた。
そこへ、蒼のブレードが叩き込まれる。
フェルはその一瞬で右肩から先を消失し、あまりの激痛に絶叫してのたうち回った。
「やはりそうか……掌握したぞ! このエネルギー……!」
力を込めた拳を天高く掲げる蒼。
その左手に輝くデバイスには、変わらず異常な高エネルギー値が表示されている。
「フィールドフォーマット! シャイニングフィールド!!」
放たれた眩い閃光が、大城市を覆う黒い霧を切り裂き、ダークフィールドを輝く壁へと作り替えていく。
やがてそれは天を覆う光の大天球となって、戦う者たち、戦えぬ者たちの上に勇気と希望の光を降り注がせ始めた。
「行けるかみんな! 反撃開始だ!!」
蒼は両腕のブレードを全開にし、フェルに向かって大きく踏み込んだ。





