第49話:約束を結んで
「蒼の背中、意外と筋肉質だね」
「最近新里や響につられて筋トレ基礎トレやってるからなぁ。前のヒョロガリよりは見れる体になってきたんじゃないか?」
香子が蒼の背中を愛おしそうに撫でる。
「ふふっ……頼もしい背中だね」
そう言って香子は蒼の背を洗い、流していく。
若干息が荒くなっている気もしたが、蒼はスルーすることにした。
「じゃあ今度は、前ね」
「ちょっ! お前いきなりどこ触ってんの!?」
突然腕を内ももに突っ込まれ、驚愕の声を上げる蒼。
「いや全身洗わなきゃ」と、香子は無理やり蒼の体の前面に手を伸ばしていく。
「ふっ……ふははははは!! くすぐったい! くすぐったいって!」
わしゃわしゃと動くスポンジに、蒼は悲鳴を上げる。
背中にも柔らかい感触があり、香子の背中流しは明らかに危険な領域に突入していた。
先ほどティナに見せられた謎の映像を思い出し、蒼もまた妙な気分になってしまう。
とうとう又の間にもスポンジが侵入してきて……。
「はい! ストップ! そこまで!」
蒼は先手を打って体を起き上がらせ、彼女の行動を阻止した。
香子はムスッとした膨れ顔をしたが、「今度は俺が洗ってあげるから」と言うと、機嫌を直した。
蒼は香子と立ち位置を交代し、彼女の背後に座る。
ボディスポンジに泡を立てて洗っていく。
「あっ……。蒼の手……優しい……」
彼女の背中、手足を優しく摩ると、彼女は心地よさそうに目を閉じた。
蒼がやたら見る羽目になった響の裸体と比べると、本当に細い。
(本来なら……俺がこいつの戦力分を埋めてやるって言うべき……か)
蒼はその華奢な体を見つめながら、響に言われたことを頭の中で反芻していた。
守りたい……。
香子を……。
あいつらも……。
でも俺にはそんな力は……。
「蒼……。迷ってる?」
「……まあ、色々とね」
(俺がもっと強かったら、お前にこんな思いも、危険な戦いもさせずに済むのにな)
結局のところ、ブレイブウィングのアップデートは現状頭打ち、ティナの案は詳細不明効能不確定、響の案では全員の負担増、香子の意見を尊重すれば香子が危険。
とまあ、頭痛の種が増えただけであった。
蒼は一応響の案を採用し、2段アップデートで一回り強化された(はず)ブレイブウィングの力を借りた自分が香子の戦力分を一部負担し、残りを皆やSSTの携帯武装で分散負担しようという方向で考えてはいるの だが、ティナの案を試してからの方が良いとも思うのだ。
もし、その案を言えば、香子は何の抵抗も無く蒼に体を委ねるだろう。
だが、そんな作為的な交渉で彼女の純潔を奪ってもよいものなのか、また、それで宝玉の再生ができなかった場合はどうするのかを考えると、なかなか言い出す気にはなれなかった。
「浸かろっか」
蒼が思い悩んでいる間に、香子は石鹸を流し終えていた。
香子に促されるまま、蒼も湯船に身を沈める。
彼女は蒼の足の間に腰を下ろし、丁度蒼が香子を後ろから抱きしめるような体勢にする。
肌越しに伝わってくる香子の鼓動は、張り裂けるほどに激しく脈打っていた。
「ねえ」という彼女の声は、少し震えている。
「アタシ、すごくワガママになってもいい?」
「ああ、お前の頼みなら何でも聞くぞ」
「アタシ、これからも戦うから、蒼に守ってもらいたいの」
「んん?」
「アタシが戦いに出てる間、ずっと傍にいて、アタシを守って」
「随分ワガママに出たな」
「もちろんずっとなんて言わない! 宝玉が直せたら、これまでの何倍も頑張って戦うから! だから……アタシをアンタから遠ざけないで……。蒼の隣で戦わせて……」
腰に回る蒼の腕をがっしりと掴みながら、香子は弱々しく、しかしはっきりと想いを打ち明ける。
「アタシ、自分が最低なこと言ってるのも分かってる……。皆のことが心配なんて言って、結局アンタの傍にいたいだけなのに……」
そう言うと、香子は掴んでいた蒼の腕を放す。
「返事は明日でいいから……ごめんね。こんな自分勝手で……」
ゆっくりと立ち上がろうとする香子を、蒼は思い切り抱きしめた。
香子は「きゃっ」と小さな悲鳴を上げて尻もちをつき、小さな水柱が二人の間に上がる。
「いいよ。お前は俺が守る。もちろんずっとな」
「蒼……」
初めは驚きのあまり固まっていた香子も、やがてゆっくりと蒼の腰に腕を回した。
二人はお互い首を動かし、見つめ合うと、それぞれの唇を重ね合った。
「アンタはもう……本当に……もう……大好き」
香子が身を翻し、蒼と向かい合う。
そしてまた、口づけを交わす。
「香子……実はさ……」
蒼は香子の耳元に口を近づけると、とある打開策について、そっと告げた。
香子は初め、驚いたような表情になったが、ふっと微笑むと、口づけで応えた。
□ □ □ □ □
「いや~……何がいけないのかねぇ?」
翌朝、香子の部屋では蒼が頭を掻いていた。
魔法少女の姿の香子は、全身の力が抜けたようにぐったりと横たわり、荒い息をしている。
結局、彼女の宝玉は修復されなかった。
何度もエネルギー結合と放出は生じたが、それだけではダメらしい。
(やっぱりティナちゃんに色々聞いてからの方が良かったかな……)
と、蒼は少しばかり後悔したが、この上なく幸せそうな表情で眠る香子の顔を見ると、これはこれで良かったと思いなおした。
「痛てて……」
蒼は腰の痛みを堪えつつ、服を着て歯を磨く。
香子の腕にデバイスを嵌め、コンバータースーツに変身変更させ、エネルギー場の展開を解いておいた。
他の皆をまた驚かせるわけにもいかないからだ。
そしてコーヒーを淹れてテレビをつける。
音量はもちろん最低だ。
今日もまた、トップニュースは世界的ゼルロイドの跳梁ばかりだ。
直接的なモノでなくとも。
ユーラシア大陸の複数国家が集合体を作り、辛うじて残った安全圏を死守するための防護壁を建設しているとか。
日本に続いてアメリカでも代替プラスエネルギーの開発がスタートしたとか。
オーストラリアのホエールウオッチング無期限停止とか。
ゼルロイドの影響を受けたものばかりで、朝から随分シリアスなムードである。
「俺達の夢は少しばかり険しいだろうなぁ……」
香子の頬を撫でながら、蒼はぼそりと呟いた。
夢現の彼女は、その手に子猫のように頬擦りし、「蒼……大好き……」と幸せそうに微笑んだ。





