第7話:無力な翼
放課後、蒼が落ち着かない様子で教室を見回している。
ふと、何かに気が付いた様子で教室の隅へ歩いて行く。
「えーっと……。加藤さんだっけ? 君昨日ゼルロイドに襲われてたよね? 大丈夫だった?」
「え!? 何で知ってるの?」
話しかけられた少女は、ビクッと体を震わせ、怯えたような様子で蒼を見つめる。
学校一の奇人変人と言われる不審メガネにいきなり話しかけられれば、誰だってそうなるだろう。
「いや、丁度昨日俺も近くにいてさ、逃げてく加藤さん見かけたんで、大丈夫かなって。ところで、何かおかしなこととか無かったか? 例えば男の人が魔法少女と一緒に戦ってたとかさ……」
「え……いや……特には……」
「ホントに? ホントのホントに?」
「ひええ……」
完全に会話の引き際を誤り、相手を引かせている。
尚も食い下がろうとする蒼の前に、長髪の少女が立ちはだかった。
「こら! 蒼! 加藤さん困ってるじゃない!」
「痛ぇ!!」
香子が蒼の額にチョップをお見舞いする。
その隙に加藤さんはそそくさと逃げ去っていった。
「あっ! ちょっと!」
「ちょっと! じゃないわよ! アンタいつもそうやってエグい距離の詰め方するんだから!」
「お前には関係ないだろ……。これは俺と魔法少女部の問題なんだから」
魔法少女部、その名を聞いた直後、香子の眉がピクリと動いた。
「そう言えばアンタ……。あの変な部に新入生入部させて連れまわしてるらしいじゃない……! それに、また大怪我したって聞いたわよ! 危ないからいい加減ヒーローごっこみたいなのはやめなさいよ!」
「ひ……人聞き悪いこと言うなよ……。新里は魔法少女に憧れて頑張ってるんだから……。あ~あ、お前も昔は魔法少女になって蒼くんを守るんだーとか言って可愛かったのになぁ」
「ぐっ……。悪かったわね! 今は可愛くなくて!」
「いや、今も可愛くはあると思うけどさ」
「へ!?」
怒りで赤くなっていた香子の顔が、耳まで真っ赤に染まる。
それを怒りのサインと見たのか、蒼はスタコラと彼女の眼前から走り去った。
「あいつ怒るとメンドクセーからなぁ……。しかしあいつどこで俺の怪我の件聞いたんだ?」
■ ■ ■ ■ ■
「うーん……妙だ……」
放課後の魔法少女部室。
一人唸る蒼。
「こんちわーっす。……何悩んでるんですか?」
「いやね…昨日助けた人に会ったんだけど、全然普段通りでさ…」
蒼と詩織は昨日、カニ型ゼルロイド、及び子ガニ型ゼルロイドの群体と死闘を繰り広げ、何とか辛勝をもぎ取った。
その時、襲われていた光風高校の生徒を助けたのだが、うち一人が蒼のクラスメイトの加藤さんだったのだ。
「混乱してて顔よく見てなかったんじゃないですか?」
「うーん……ガッツリ顔直視されたんだけどなぁ……。人間そんなもんなのかね?」
腑に落ちない様子の蒼。
「あ、あと今日は宿題多いのでもう帰ります。帰り道でゼルロイド見つけたらメッセージ飛ばしますんで、先輩もゼルロイド見つけたらメッセージ飛ばしてくださいね」
そう言うと詩織はそそくさと帰ってしまった。
「しっかりしてんなぁ…俺も今日はパパっと見回りして帰るか…」
■ ■ ■ ■ ■
「うわぁ…いる…」
いつかサソリ型ゼルロイドと戦った廃工場。
蒼の開けた大穴の底に「それ」は潜んでいた。
サソリモドキ、別名ビネガロンにそっくりな外見をした大型ゼルロイド。
ビネガロンゼルロイドとでも言ったところか。
ビネガロンはサソリによく似た外見をしているが、実は蜘蛛の仲間という変わった虫だ。
動きは鈍いが、尾から皮膚を爛れさせる酸を放つので注意が必要である。
「送信よし……と。ビネガロンと同じ特性を持ってるなら酸に気をつけないとな…」
詩織にメッセージを飛ばし、ブレイブウィングを呼び出し、戦闘準備を整える。しかし…
「………あいつメッセージ読んでねぇな」
いつまで経っても既読にならない。
そうこうしている内に、穴底のゼルロイドがゆっくりと穴を這い上がり始めた。
このまま放置していては周辺住民やこの辺りを通学路にしている学生たちに危害が及びかねない。
「うーん……酸に気をつけたら俺でも倒せるかなぁ…? 合体!」
現状、詩織のエネルギー場からのエネルギー供給がなければ完全な性能を発揮できないブレイブウィングだが、蒼の持つエネルギーだけでもある程度戦えるようには作られている。
「気は進まないけど、この町の平和と安全のためだしな! エナジーキャノン!!」
ブレイブウィングに装備されたキャノンユニットから白い光線が放たれる。
その閃光がゼルロイドの頭部に的確に命中した。
エネルギーが爆発的な風を生み、激しく砂埃が上がる。
だが、砂埃が収まった後には、何事もなかったように穴を這い上がるゼルロイドの姿があった。
「く……。やっぱりイマイチ効いてない……」
プラスエネルギーを殆ど含まない蒼単独の光線ではゼルロイドの甲殻を打ち破るには至らない。
カニ型ゼルロイドの甲殻を抉った破壊力には程遠い。
「せめて進行を食い止めるくらいのことはしないと! エナジーキャノン!エナジーキャノン!!」
続けざまに光線を放つ蒼。
しかし、脅威ではないと判断したのか、怯むこともなく登り続けるゼルロイド。
「くっそー!新里は何やってんだよ~! エナジーストーム!」
激しい突風が敵の巨体を揺さぶる。バランスを崩したのか、徐々に穴の底へ押し返されていくゼルロイド。
「よし! 効いてる! このまま振り出しに戻れ!」
もう一押しとばかりに出力を上げる蒼。
ビネガロンの爪を使い、風を耐えるゼルロイド。
このまま膠着状態で新里が来るまで時間を稼ごう。
そのようなことを蒼が考えた瞬間。
ゼルロイドの紐状の尾が激しく発光を始めた。
「何か来る…!」そう思った時にはもう遅かった。
「!! うっ!!」
紫色の光線が蒼の腹を貫いたのだ。
「お…ぁああ…! はぁぁぁぁ!!」
それだけではない、貫通した皮膚の周辺が腐食するかのようにドロドロと解け落ち始めたのだ。
今まで体感したことのない苦痛にのたうつ蒼。
その隙に、ゆっくりと、しかし確実に穴を登ってくるゼルロイド。
「くっ…ブースターフルパワー!」
ブレイブウィングのブースターを最大出力で噴射し、離脱を試みる。
「ぐはぁ!!」
しかし、敵は高速で飛行する蒼の右肩を的確に打ち抜く。
エネルギーの出力が落ち、地面にたたき落される蒼。
とうとうその巨体は穴を登り切り、爪を振りかざしながら瀕死の蒼に迫る。
敵の尾が再び発光を始めた。
「レーザー……シールド……!!」
必死でシールドを展開し、身を護る。
「ザーーー!!」という轟音と共にレーザーシールドに紫色のシミが広がった。
「これ……光線じゃない!高圧水流だ……!!」
ビネガロンゼルロイドの必殺武器、それは尾から放たれる腐食性の高い高圧毒液であった。
「ゲホッ……!!ゴホッ!!」
レーザーシールドの表面で蒸発した毒液が高濃度の毒ガスとなって蒼の呼吸器を侵食する。
エネルギー出力が再び低下し、シールドがバリバリとひび割れ始める。
「くっ……エナジー……キャノン……!!」
乾坤一擲のエナジーキャノンがゼルロイドの尾に直撃する……と、思われたが、しなやかに動くそれは蒼の反撃をあっさりと回避した。
(まずい)
半身を貫通、腐食させられ、体内のエネルギーを消耗し、蒼は既に身動きはおろか声も出すことができない。
敵はそれを嘲笑うかのように爪をカチカチと鳴らしながら、尾を蒼に向けた。
(新里……。まだ気づかないのか……!)
まさにトドメとばかりに、ゼルロイドの尾が激しく発光を始めた直後、蒼の呼びかけに応えるように、光の刃が降り注いだ。
「シュトゥルム・シュヴェルト!!」
(新里……じゃない……青い……?)
蒼の意識は青い光の粒子に包まれながら、途絶えた。