第42話:ゼルロイド軍団来襲
ビービービービー!!
誰もが寝静まった夜中。
保養施設にけたたましいアラートが鳴り響いた。
響がたまにやらかす目覚ましの設定ミスではない。
ゼルロイド警報である。
4つの部屋のドアが勢いよく開き、訓練された消防隊員顔負けの速度で施設入口前に集う魔法少女部5人。
詩織がいち早く変身し、香子、響はコンバータースーツを装着する。
辺りを黄色いエネルギー場が包み、地面に、空に波紋が広がっていく。
詩織のライトニング・エネミーサーチだ。
「すごい数います……! この施設を取り囲むように集まってきてます!」
詩織が辺りを見回しながら、緊張した様子で声を上げた。
大きさはさほどでもないようだが、その数は相当なものらしい。
施設の簡易ゼルロイドレーダーにもその反応が出始め、そのデータを受け取った蒼のデバイスには、表示限度数を優に超える輝点が表示された。
そのあまりの数に、「なんて数だ……!」と蒼も驚愕の声を上げる。
やがて、黄色い光に照らされた空に黒い点が無数に現れた。
100や200どころではない。
1000体は確実にいるだろう。
「アタシに任せて。あんな奴らまとめて消し飛ばしてあげる。新里さん!」
「はい!」
「俺も行くぞ。合体! バスターフォーメーション!」
詩織がコンバータースーツに変装し、香子が魔法少女の姿に変わる。
ほぼ同時に低空で飛来したブレイブウィング、レイズイーグルが蒼に合体した。
青い光の粒子に包まれ始めた空中に舞い上がり、背中合わせになる二人。
「どうだ? 一発でどんくらい削れそう?」
「アタシが半分削るから、アンタは半分ね。それで全滅よ」
「言ったな?」
背中越しに笑い合い、手を取り合う。
二人の間を白いエネルギーのラインが結び、辺りを舞う青の粒子が激しく輝き始めた。
「いくぞ!」
「うん!」
「「デュアルバニッシャー・トルネード!」」
山をも穿つ青と白の閃光が渦を描き、夜空に銀河のようなエネルギー流が発生する。
触れたゼルロイドは跡形もなく消滅し、掠めただけでも、いや、エネルギー流が通過した空間に触れただけでも活性化したプラスエネルギー粒子に包み込まれて消滅する。
無数にいるかに思えた中型ゼルロイドの群れは、ものの数分でこの世から消え去ったのだった。
「ふぅ……。いっちょ上がり!」
「アタシ達が力を合わせたらざっとこんなもんよ……ね……」
「香子! 大丈夫か!?」
空中でフラリとよろめいた香子を蒼が抱きとめる。
「ええ。大丈夫。ちょっと張り切りすぎちゃった……。もう少しこのままでいていい?」
「ああ。しっかり回復してくれ」
香子は体内に持つプラスエネルギーの絶対量が抜群に多い。
だが、消費量も別格なので、光線を長時間フルパワーで使うと激しい疲労に襲われるのである。
地上に降り、蒼に膝枕をしてもらいつつ、彼のエネルギーを胸の宝玉で受ける香子。
「相変わらずすげぇなぁ香子は。ウチ何もすること無かったな」
「あ、今二人の構図すごく良いですよ」
「蒼さんリンクをノーリスクで使えるの羨ましいです……」
他のメンバーも合流し、香子の回復を待って5人は施設に戻った。
外気で少し汗をかいてしまったので、蒼は風呂にでも入って寝ようと思ったが、女子陣も同じことを考えていたので彼女たちに先を譲り、蒼はひとまず食堂で夜食をとることにした。
冷凍庫を開けると、最近発売の明太子パスタが入っていたので、蒼はそれをレンジに入れて調理完了を待つ。
「しかし……なんでいきなりあんな出てきたんだ……?」
腕を組みながら呟く蒼。
こんなに人が少ない場所にゼルロイドが集まってくるのは稀だ。
また、オウゴンオニクワガタゼルロイド、タガヤサンミナシゼルロイドのような強力な個体が出現するのも珍しいことである。
人が少なければマイナスエネルギーは生まれにくいし、自然の中では蓄積されにくい。
にもかかわらずこれだけ高頻度で、かつピンポイントにこの施設周辺に出現するということは、何か彼らを誘引するものが存在しているのかもしれない。
監視カメラに向かって、御崎達にこの場所でのゼルロイド出現実績を尋ねてみたが、返事はない。
寝ているのだろうか。
ピピピッと調理完了を告げるアラーム、解凍した明太子ソースを湯から拾い上げて麺にかけようとした時、ビービービービー!と別の音が館内に響き渡った。
■ ■ ■ ■ ■
蒼が施設の玄関に向かうと、既に先ほどと同じく、詩織が探知能力で敵を探していた。
どうやら、さっきの敵軍団と全く同じ気配があるらしい。
その証拠に、程なくしてデバイスのレーダー画面が輝点でいっぱいになった。
「マジかよ……。香子、やれるか?」
「うん。大丈夫」
それぞれ変身、合体し上空へ舞い上がる蒼と香子。
その後はつい30分前と何ら変わらない展開。
二人の合体技により、迫っていたゼルロイド軍団はあっけなく全滅した。
「うっ……はぁ……はぁ……」
だが、香子の様子が明らかに違っている。
息は異常に乱れ、額には脂汗が浮かび、蒼の支えがないと立てない程だ。
響、詩織、ティナはその状況を歯嚙みしながら静観している。
そして、蒼も他人事ではない。
香子ほどではないにせよ、体内のエネルギーを大量に消耗し、明らかに回復が追い付いていない状態だ。
そして、そんななけなしのエネルギーを蒼が香子に供給している最中、再びゼルロイド警戒アラートが鳴り響いた。
「嘘だろ……」
響が唖然と空を見上げた。
遥か遠方。
月夜に照らされた夜空に三度現れる無数のシルエット。
「行く……わよ……蒼……」
「おう……」
フラフラと立ち上がる二人。
「ダメです! それ以上撃ったら二人ともエネルギー使い尽くしちゃいます!」
「私は大丈夫……。ここは私のエネルギー場だから、まだ回復できる……。あと1発はいけるわ」
「俺もあと1発……。いや、まだ2発はいける……」
ティナに力ない笑顔を見せつつ、二人は夜空へ舞い上がろうとした。
しかしその足を響が掴み、無理やり引きずりおろす。
二人は既に響一人持ち上げられないほどに疲弊していたのだ。
「おい! お前ら! ウチらにも何か手伝わせろ!」
「そうですよ! 私たちも迎撃手伝います!」
「わたしも少しくらいはお役に立ちたいです!」
蚊帳の外だった仲間たちが口々に助太刀を申し出てくる。
思えばこれほど多数の敵と長時間戦った経験は誰にもない。
エネルギーの温存や、敵に対してどれだけ分業して戦うかに関しては未だ議論に上がったことすら無かったのだ。
「みんな……」
「さあ、指示くれ。お前の頼みなら何でもするぜ」
そう言いながら手を差し出す響。
人に頼るのが苦手な蒼は、そんな響の姿に胸が熱くなるのを感じた。
だが、絆と友情で状況は好転しない。
既に敵の大群が形まではっきりと見える距離まで接近しており、迎撃は急務だ。
しかし「面」で敵を倒すことのできない響と詩織をあの中に飛び込ませるのは危険すぎるし、ティナに関しては自殺行為に等しい。
大群の撃破には香子と蒼の力が不可欠だ。
思い悩む蒼のポケットから、一つの小袋が転げ出た。
それは、先ほどのパスタにかけそびれた明太子ソースであった。
慌てて出てきたので、とっさにポケットにしまっていたらしい。
その無数の魚卵に、蒼は一つ、致命的なことを失念していることに気が付いた。
「そうだ! よく考えたらあんな数出てくるなんて普通じゃねぇ……。いるだろ!母体が!」
最近、ウボーム魔獣のことばかり考えていたためか、皆ゼルロイドのとある特性を忘れていたのだ。
ゼルロイドは基本的に群れない。
群れで出現する場合、その殆どは母体から生み出された同一の細胞を持つクローン体なのだ。
以前蒼と詩織を苦しめた子ガニゼルロイドや、一時大城市全域に蔓延った子ウメボシイソギンチャクゼルロイドがまさにそれである。
「中型ゼルロイドをアレだけ生み出せるとなると、相当巨大なゼルロイドに違いない……。新里とティナの索敵と、響のパワーが絶対不可欠だ。頼めるか?」
「引き受けるが……。お前らは!?」
「私達はこの拠点を守るわ。どうにしてもあの数のゼルロイドは放っておけない。私達の力が尽きる前に……お願い!」
響は納得いかなかったのか何かを言おうとしたが、迫る敵の姿と蒼達を交互に見つめ、「絶対無茶すんじゃねぇぞ!」の一言を残して詩織とティナ共に走り去っていった。





