第41話:記憶と夢
「思い出せって……。俺なんか忘れてることあったかなぁ?」
霊的なものなのか、それとも異世界の何かなのか、はたまた全く未知の何かなのか、白い女の残した言葉に、蒼は頭を抱えていた。
あの後幾度も彼女の召喚を試みたが、魔法陣が光るまでは行くものの、とうとう彼女を呼び出すことは叶わなかった。
また、魔法陣をスキャンしていた蒼のPCだが、その女が出現していた間のデータがごっそり抜け落ちており、そこから彼女の正体に至るのも困難である。
唯一の手掛かりは、詩織、香子、響の3人が魔法陣に触れた時、プラスエネルギーの値が跳ね上がり、そのエネルギーがどこかへ流れていった形跡が残っているということだった。
しかし残念ながらその「どこか」は特定できていない。
ただ、ダークフィールドのような異次元空間を生み出す魔法陣の解析自体は順調に進んでおり、あと2日もあれば対ダークフィールド用システムのα版が作れるだろうと蒼は見込んでいる。
「眷属、カオス、盾、滅び、源、偽……あと他にも色々言ってたけどパニくってて全然覚えてないんだ。んで、最後に“思い出してください”って言って消えた……」
そう言って唸る蒼の隣で、香子がノートに書きこんでいる。
彼女は書いた単語を切り分け、机の上に広げる。
簡単なブレインストーミングを行おうとしているようだ。
「一部を抜き取るなら、何かの眷属が悪さをしてこの世界の滅亡を企んでる……みたいな意味に取れるわね。後はそれに対してアンタが何か鍵になる記憶を持っていると」
「眷属」「滅び」のふた単語を並べながら香子が蒼の方を見つめる。
何か記憶を捻り出せという圧力を感じながら、蒼は一層頭を抱える。
「俺そんな大それた存在相手に何かした記憶無いぞ。強いて言うなら妙な夢は何度か見たが」
彼が以前見た夢。
闇に包まれた世界、空から見下ろす奇怪な怪物、眼前で次々死んでいく魔法少女達……。
そして訪れる世界の崩壊。
それは夢と呼ぶには嫌に生々しく、確かに記憶の断片のような印象を伴ってはいた。
「そういう夢ならウチも見たぜ。蒼には話したが、目の前でお前らが黒いミミズに刺し殺されていくんだ」
蒼が語る不気味な夢に関して、響が自分も似たような夢を見たと告げる。
香子はそれを真面目に一つ一つ書き連ねていく。
当然だが、これらは現実で起きたことではないし、二人が見た夢は共通点こそあるものの、差異も多分に含まれている。
あくまでも夢の中の出来事であり、「思い出す」ような事柄ではないはずだ。
普通に考えれば、だが。
「前世の記憶……」
香子の並べた単語カードを眺めながら詩織が呟いた。
視線が詩織に集中していることに気付き、彼女は慌てて「いや、妄想ですよ妄想!」と補足した。
「まあ、前世の記憶が蘇るみたいな話は聞いたことが無いわけじゃない。デジャブ現象は前世の記憶みたいな説もあるし、その可能性も捨てきれないとは思う」
「謎の化け物が暴れて魔法少女が現れて、その上異次元人が怪獣率いて襲撃してくる時点で何があっても不思議じゃねぇよな」
詩織は一笑に付されると思っていたようだが、経験者二人はその仮説に対して真剣に考えているようだ。
「世界は一定の間隔でループしているって説がある」とか、「時間巻き戻す能力の魔法少女とかいるかもしれねぇな」等と真顔で議論を行っている。
「異なる世界から飛んできた記憶の断片の可能性もありますよ」
そこへティナも合流してきた。
よく似た並行世界から記憶を呼び寄せる祈祷が彼女の世界には存在するらしく、それによって彼女の国は発展してきたというのだ。
「あくまでも断片的なものですが……」とも彼女は付け加えた。
可能性という言葉は便利なものだが、真理に至ろうとする上では時として無用な寄り道を招く。
「思い出すべき何か」にはまだ到達できるほどの材料はまだ揃ってはいないようだ。
「はい、やめ!」
議論が延々とループし始めた時、香子が手を叩いた。
「この話題は一旦保留にしましょう。多分まだ答えを出せる段階じゃない」
そう言いながら、彼女は切り取った単語札と皆の発言を「夢」「仮説」「事実」で分類し、クリップで止めると、ファイルに挟んでホルダーの中に仕舞った。
「そうだな。とりあえず宮野さん達に報告して、SSTの見解をもらおう」
蒼は「宮野さん今の見てました? 俺達の話し合った内容渡したいんで来てもらえます?」と、施設の監視カメラに向けて話しかけてみたが、妙なことに、その声に応える者は誰もいなかった。
窓の外にはいつの間にか夕闇が迫っていた。
■ ■ ■ ■ ■
「逆流現象……」
御崎はガイアクリスタルを見上げる場所、SST本部の格納庫に立っている。
時を遡ること3時間、宮野と御崎はSST本部へと緊急で戻っていた。
あの白い女が出現する直前、赤、青、黄色のエネルギーがガイアクリスタルに逆流し、その後純白のエネルギーが蒼達のいる施設の方向へ照射されていったというのだ。
ガイアクリスタルは地球の内部から吹きあがるエネルギーを各魔法少女の色に変換し、エネルギー場として照射する性質がある。
しかしこれまで、魔法少女側からガイアクリスタルへエネルギーが帰ってくることは確認されていなかったのだ。
そして、それに返事をするように白い光が帰っていき、白い女の姿を形成して蒼達と何らかのコミュニケーションを図った。
蒼と魔法少女の結合現象どころではない大事件である。
既に政府には情報が送られ、宮野と政府、官僚上層部の専用回線を用いた緊急秘密会合が行われているところだ。
「高瀬くん……。君は一体……」
御崎の手元にあるエネルギー監視モニターには、白い女を形成した純白のエネルギーが蒼のそれと同質のものであることを示す波形グラフが映し出されていた。





