第39話:ウボーム幹部の集い
ウボーム王都、セルフュリア共和国跡地。
王都中央の大聖殿の奥底で、フェルはオピスによる治療を受けていた。
「マナが薄いからと言って油断しては駄目よ? 彼女達は貴方とは違う力を使って戦うのだから」
オピスの両手から放たれる黒い霧状エネルギーが、断裂したフェルの肉体を修復していく。
「クックック……。やはりこのような小娘に先陣は務まりますまい」
「作戦もワシの二番煎じじゃしのう。所詮は半獣の戦巫女よ」
フェルの様子を眺め、嘲笑うデューとバーザ。
彼女は唇を噛み、彼らから目を逸らす。
「見苦しいぞ。貴様らは叩いた大口に見合う戦果を何一つ挙げられなかったではないか。フェルはマイナスエネルギーの収集という最低限の目的は果たし、複数の魔法少女に致命傷を与えている。それだけで貴様らとは大違いだ」
ザルドの言葉に今度は元参謀二人が視線を背けた。
「戦ったのはワシのキメラゼルロイドじゃし……」と、バーザは不服そうだ。
「あはは! 全く、あなた達相変わらずギスギスしてるわね!」
4人の様子を面白そうに眺めるオピス。
「しかし……これまで我々が侵攻する度にあの連中……。特に翼を纏った男が幾度も我らを妨害する。奴が現れるたびにこちらの計画が水泡と帰し、貴重なマイナスエネルギーが消耗していく。何か対策を打たねばならんだろう」
「奴単独では非力ですが、奴の呼び出す鋼鉄の鳥達による支援、そして魔法少女強化能力が厄介ですな」
「あとは生命力も……げほっ……厄介ですわ……げほっ!」
「体を両断されてもあれほど動けるとは素晴らしいのう。小娘にもそれがあればこんな無様な恰好を晒さずに済んだろうにのう」
尚もフェルを煽るバーザをザルドが目線で制止した。
そして、蒼に関する話を退屈そうに聞いていたオピスに案を乞う。
「うーん……。彼は放っておいても問題ないと思うよ? なんか弱っちいし。それよりも今はマイナスエネルギーの回収が必要だよ! 使えるエネルギーが増えたらもっと強い魔獣であの世界を蹂躙できるし! ちょっと私にいいアイデアがあるの!」
「うむ……。オピスがそう言うのならば……。デュー、バーザよ、オピスの策を聞いてやれ。前線指揮は引き続きフェルに任せる」
やけに聞き分けの良いザルドを不審に思いつつ、幹部たちはオピスの策に耳を傾けた。
■ ■ ■ ■ ■
「マタシテモ ドウシガ タスウ シンダゾ」
「ザルドサマハ イツニモマシテ トカゲヅカイガアライ」
ウボーム前線基地のリザリオス兵舎。
リザリオス達が思い思いに暇をつぶしている。
蒼達に延べ百体以上が倒されたが、それでも尚数千の個体が健在であった。
「我々ハ アクマデモ下ッ端ダ アノ世界を焼キ尽クスホドノ力モ無イ 致シ方ナイ」
「イヤミノツモリカ! キサマ!」
強化個体、ゼルリザリオスが愚痴をこぼす者たちに苦言を呈すれば、辺りのリザリオス達が鼻息を荒らげてゼルリザリオスを睨みつける。
ここの所、しょっちゅう発生している諍いだ。
消耗品のように使い潰されていく同族、強化される限られた個体、暗礁に乗り上げた神の世への昇華。
所詮雑魚の尖兵とはいえ、神の直属兵になれると聞いて集ったカルト戦闘種族だ。
それが遅々として進まないとあれば、不平不満の一つや二つも出るし、仲間内の喧嘩も頻
発する。
「貴様ら。また減らず口を叩いているな。次なる作戦だ」
ドアが勢いよく開き、ザルドが靴音を響かせながら入ってくる。
突然のボス来訪に静まり返るリザリオス達。
「今度ハ如何ナル任務ヲ?」
知能に長けるゼルリザリオスが立ち上がり、彼に問いかけた。
「リーダーキドリダ」「イケスカナイ」
等と、リザリオス達が口々に腐す。
ザルドはそんな様子を気にも留めず、誰に言うでもなく大声をあげた。
「喜ぶがいい! 当面は貴様らがアマト侵略の花形だ。志願者には強化改造を与えてやろう!」
兵舎中に響き渡ったその言葉に、リザリオス達がわっと立ち上がる。
俺にその力をよこせ、いや俺だと、押し合いへし合いだ。
ザルドはその中で適当な個体を3体選ぶと、首根っこを掴み、兵舎の外へ連れ出していく。
家畜の鶏のような扱いである。
だが、リザリオス達にすれば、そのような扱いをされることよりも、強化改造を受け、アマト侵略の先鋒となれることの方が遥かに重要なことなのだ。
首を掴まれた個体は満足げに笑い、選ばれなかった個体は悔しそうに地団太を踏んでいる。
最前線に近い場所で大きな戦果を挙げたものほど神に近しい神兵になれるという教えを持った種族らしい思考である。
ザルドの姿が闇の中に掻き消えると、再びあの喧騒がリザリオス兵舎に戻った。
ザルドが再び姿を現したのは、王都の大聖堂奥地。
つい先ほどまでフェルが治療を受けていた部屋である。
そこではバーザが怪しげな魔法陣を描き、素材の到着を待っていた。
「このトカゲが使い物になるのかのう?」
バーザの馬鹿にしたような言葉に、歯を見せて威嚇するリザリオス。
睨まれたバーザは「おおっと怖い怖い」と言いながら、魔法陣に力を込めていく。
陣の中央にリザリオスを立たせ、人獣融合の術式を改良した強化改造術を発動させる。
ウボーム軍の魔獣、ゼルロイドの力、特性、能力をリザリオスへ融合させていく。
一体には剛殻獣テタトグラス、シャコゼルロイドを。
一体には俊刃獣マーリナス、キンメゼルロイドを。
そして残る一体には透撃獣メレオラス、テッポウウオゼルロイドを。
改造手術が終わると、そこにはトカゲ人間から凶悪な怪人へと姿を変えたリザリオス達の姿があった。
「俺は剛殻兵・シャコトタテリオス!」
「拙者、俊刃兵・キンメリーノスでござる」
「げへへへ……。ワタシは透撃兵・テッポメレオスですヨ」
融合強化の副作用か、知能が飛躍的に向上し、彼らは人間と何ら遜色のない言語を話し始めた。
「おお! これは成功ですぞ! 等身大の素材ならば融合の負荷も少なくて助かるわい。まあ強いか弱いかは別じゃがのう」
「雑魚の容姿を変えたとて、多少知恵を付けたとて、あの者どもに勝てるとは思えぬ」
「こんなのよりも巨大なキメラゼルロイドがいいですわ……」
怪人達の姿を見るなり、口々に見下しや不満を零すウボーム幹部たち。
そんな彼らを一瞥したオピスは、ザルドに視線を送る。
「貴様ら! 何もやらぬままにケチをつけるようなマネは許さぬ! 直ぐに再侵攻の準備にかかるのだ!」
「「「ははっ!」」」
突然吼えたザルドに驚きつつ、幹部たちは慌ただしく散っていった。
ザルドも前線基地へと去れば、その場にはオピス一人だけが残される。
誰もいない空間に、狂ったような笑いが木魂した。
それがオピスのものとは誰も気づかないような、甲高い、不気味な声だった。
「次の接近周期は7日後……。うふふ……。久々だから楽しみね」
小さな金属板を見つめた後、オピスはそう呟いた。





