第38話:捨てられなかった友情
ウボームの侵略を再び撃破した魔法少女部。
その身柄は再びあの保養施設へ移されていた。
敵が新しい戦略をもって現れた以上、このイベントは中止すべきと蒼は主張したが、宮野に笑顔でゴリ押されてしまった。
町の魔法少女達にもウボームの厄介さが知れ渡ったため、今度はあのような事態にはなり得ないとの判断らしいが、どうにも蒼は腑に落ちない。
まあ、今回も例によって複数枚撮られた魔法少女部の写真があるので、無碍にも出来ず、結局宮野の頼みに従うことと相成った。
ちなみに、他の魔法少女達の写真や動画は、既に記録、記憶共に抹消済みらしい。
全く都合のいいデータ処理班である。
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「それでは自分はこれで失礼します!」
変身後の休眠状態に入ったティナをベッドに寝かせると、宮野は床を跳ね上げ、天井裏へと消えていった。
「からくり屋敷か……」
宮野が消えた天井を見つめ、蒼は呟いた。
どうやら多少の非常事態では帰してもらえないらしい。
これは宮野らSST幹部しか知り得ないことだが、今やウボームとの戦いを日本政府、及び世界各国は全く重視していないのだ。
というのも、大城市にしか出現せず、対話、交渉は物理的に不可能、ティナの話を信じるならば、仮に交渉の席に立ったとして、敵は我々とは全く異なる価値観で動いており、何を要求されるかも分かったものではない。
相手には資源も技術もなく、取引する価値もない、所詮小規模テロリストが異次元からテロを仕掛けてきている程度の認識である。
その上市町村レベルで対応できるとなれば、その地域のSST支部に丸投げしてしまえばいいというのが政府の見解なのだ。
政府の本命は蒼と魔法少女の間で生じるエネルギーの結合現象(SST呼称:キズナリンク)の方であり、その研究が先に進まないことにはSSTの来季の予算確保に悪影響が出てしまうのである。
既に魔法少女3人との結合が確認され、後は元から似た能力を持つティナとの結合現象を発現させれば今期と同等の予算額は保証されるのだから、宮野がこの施設での合宿に執着するのもよく分かる。
しかし、蒼の知り得ぬところで、どんどん話が大きくなっていっている。
魔法少女の支援技術というのは各国が独自研究しているが、モノにできたのが今のところ彼一人だけで、しかも魔法少女を強化する物質を体内で多量に生成できるのも蒼ただ一人だ。
さらに言うなら、一民間人として地域の魔法少女とこれほどまでに密接な関りを持つことが出来たのも蒼だけなのだ。
政府の「ゼルロイド、魔法少女対応協議会」では、ゼルロイド被害の深刻な地域へ技術指導兼SST大使として派遣してはどうかという話まで上がっており、蒼が懸念していた「祭り上げ」に近い状況が出来上がりつつある。
今のところ、宮野、御崎が「ウボームとの戦いに彼は必要不可欠」「高校2年生に妙な大役を押し付けるな」と突っぱねているが、ウボームとの戦いが終わった暁には、蒼への意思確認が要求されるのは必至だろう。
そんな大事が進行しているとは露知らず、蒼はティナの隣で横になる。
布団を腰までかけ、目を瞑ると、疲れからか、彼はすぐに寝息を立て始めた。
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翌朝、花のような心地よい香りに包まれ、蒼は目を覚ました。
何故か胸のあたりが2か所ほどズキズキと痛む気がするが、彼は気にしないことにした。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ティナが窓を開けながら、こちらへ微笑んでいる。
どうやら朝の祈祷を行っていたようだ。
「おはよう。まだ5時前だぞ……。昨日疲れたろうに早起きだなティナちゃんは……」
「ええ、わたしも変身した後でこんなに早く目が覚めるとは思いませんでした。蒼さんが隣で寝てくれたおかげでしょうか?」
ふと、ティナの声色が普段と異なることに気が付いた。
やけに鼻声なような……。ともすれば涙声のような…。
「ティナちゃん……。どうしたんだ?」
蒼の言葉に、ティナは一瞬言葉に詰まる。
彼の目と、祭壇を交互に見た後、彼女は湿り気を帯びた声で話だした。
「……。戦ったあの子……。わたしの友達でした……」
その言葉に、蒼はギョッと目を見開いた。
自分と詩織が撃破したあの少女は、ティナの仲間だったというのだ。
よりによって、自分の判断が仲間の友を殺してしまったという事実に、言葉を失う蒼。
「あっ! いえ! 以前はそうだっただけで、敵として襲って来た以上は敵ですよ……!」
絶句する蒼に気付き、ティナが慌ててフォローする。
少なくとも、あの時フェルを殺さなければ自分たちが命を落とし、街の人々や捕えられた魔法少女達もただでは済まなかっただろう。
だから、蒼の判断は正しかった、自分は貴方を恨んだりはしないと明言する。
しかし、そう話している間に、徐々にティナの声が震え始める。
「わたしの故郷では、戦乙女が死を迎えた時、瞳の色と同じ色をした花を祭壇にお供えし、弔う風習があります。裏切り者とはいえ、彼女も戦乙女。神の御許へ送ってあげなければ……」
戦巫女として、気丈に友を送ろうとするティナだが、明らかに涙腺は限界を迎えていた。
気まずくなった蒼は、祭壇に備えられた赤い花に目をやる。
それは偶然か必然か、コエビソウの花であった。
「その花、何か知ってるかい?」
「え……? いえ、ここの目の前に咲いていたので、摘んできただけです」
「それさ、コエビソウって言ってね、友情を意味する花なんだよ」
「友情……」
「君たちの関係を俺は分からないけど、ティナちゃんが友達を弔いたいって願いがその花を引き寄せたのかもしれないね。きっと君の友情があの子を神様のところへ導いてくれるはずだ」
「蒼さん……蒼さああん!!」
涙を滝のように溢れさせながら、蒼の胸に飛び込んで来るティナ。
「ごめんなさい……! ウボーム魔獣を率いて襲って来た裏切り者なのに……。わたし、フェルが死んじゃったことが悲しくて……!」
声を上げて泣くティナ。
彼女の頭を優しくなでながら、蒼は胸に突き刺さる2本の角の激痛に耐えていた。
■ ■ ■ ■ ■
蒼の胸で泣き腫らした目を擦りながら、蒼の膝の上にちょこんと座るティナ。
「ありがとうございます……。わたし、もう大丈夫です」
思い切り泣いたおかげか、ティナは元気を取り戻した。
やはり、戦に明け暮れる世界から来た戦乙女のこと、友との別れをいつまでも生き擦りはしないようだ。
「フェルのこと、何でも聞いてください」と、胸を張っている。
その幼い少女の割り切りっぷりに、蒼は少し悲しさを覚えた。
「あの子もティナちゃんと同じ、キメラ状態だったのかい?」
「はい。わたしと対を成す竜、炎海の飛竜を宿していました。私に比べ融合度がやや低くて、翼や爪が出っぱなしになってしまっていましたね」
そういえば、やたら鋭い爪や、堅い肌をしていたと蒼は思い返す。
両腕で掴みかかった時も、爬虫類かと思うほど硬質な腕をしていた。
「それって駄目なことなのか? 戦う上では便利そうだけど」
「いえ、私たちの世界では、戦いの際にはマナ、聖の力を用いますので、爪や翼はあまり有用ではありません。私もマナを十分に使えるなら、爪型のオーラ、翼型のオーラを纏うことが出来ましたから、戦闘力では何ら差はありませんでした」
むしろ……。と、ティナが俯く。
「獣の特性が姿に強く顕われたものは、重要な神事を執り行うことが出来ない決まりになっていたんです。それであの子……ずっと嘆いてました」
「それが裏切りに繋がった……。そう考えるのが妥当か……」
「わたしが……もっとあの子を気にかけてあげていれば、こんなことにはならなかったかもしれません……。そもそもわたしが故郷でウボームとの戦いに勝っていれば……」
「そう何でもかんでも背負おうとするのは良くないよ。むしろ、そんな制度で小さい子に重圧かけた世界が悪い。今いるこの世界はそういうのとは無縁なんだから、君はもっと気軽に構えてればいい。面倒ごとは俺や宮野さんらがこなすから」
ティナの頭を優しく撫でながら、蒼なりに気の利いた言葉をかけてやる。
本来、年相応に泣き虫なこの子に、あまり無理はさせてはいけないな、と、思っていると、腕の中でティナがピクピクとしゃくりあげ始めた。
蒼が嫌な予感を察知するより早く、彼女は蒼の方へ向き直り、勢いよく抱き着いてきた。
「うわーん! 蒼さーーーーん!!」
「痛ててててて!!」
早朝の施設に、蒼の悲鳴が響き渡った。





