第37話:辛勝 生まれる輪
戦いは蒼達の辛勝に終わった。
これまで経験したことのない、人質を取られての戦いなのだから、苦戦もやむ無しである。
囚われた魔法少女達は詩織と響が地道に救出し、SSTの特殊救護車両へ搬送した。
市販ミニバンを改造したそれは、内部に治療カプセルを4台備え、大怪我を負った魔法少女に急速治療を行うことが出来るのだ。
エネルギー場で反発が起きないよう、魔法少女達にはマジックコンバータースーツのデバイスを簡易化したリストバンドを装着させ、肉体の強度、再生能力のみを保った半変身解除状態にしている。
SST本部への搬送が終わる頃には、よほどの傷でもない限り完全に塞がり、損傷した血管、臓器も元通りだろう。
「各拠点からかき集めてきて正解だったわ……。宮野くんありがとね」
最初に救護された天色の魔法少女から魔法少女達の敗北を聞くや否や、御崎は近隣都市に配備した特殊救護車両を緊急回送させたのだ。
同時にSST本部の格納庫に仮設治療ステーションを設置させ、十数名にも及ぶ怪我人に対処する体制を整えた。
無論、彼女の指示に対して組織や部隊を動かしたのは宮野である。
通信機のスピーカーから、宮野の疲れを帯びた声が聞こえてきた。
『御崎さん、まだ終わっていませんよ。彼らの救護の他に、目撃者の記憶調査も行わなければいけません』
「そうね。救護はあと2台で終わり。現状危篤状態の子はいないわ。胴体分かれちゃってる子はいるけど……」
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「みんな……ごめん……俺のせいで酷い怪我を……」
胴体を分断された蒼も、同じように特殊救護車両へ搬入される。
「おめーが一番の重傷者だろ! いいからさっさと乗れ!」
「ありましたよ! 先輩の下半身!」
「よっしゃ! とりあえず断面同士合わせとけ! せーの!」
「痛ででででで!!」
まるでロボの合体の如く、上半身と下半身を繋げられる蒼。
当然傷口同士がぶつかり合い、その激痛に蒼は悲鳴を上げる。
彼はそのまま治療台に乗せられ、カプセルに封入される。
その隣では、香子とティナがうなされながら治療を受けていた。
「ラスト一台出るわよ! ほら! 佐山さんも早く!」
「え!? いや、ウチはいいって! ほら、もうこんなに治ってるから!」
「ダークフィールド内で受けた傷は、後でどんな悪影響が出るか分からないわ! さっさと入る!」
響は少し抵抗したが、御崎の押しに負け、渋々カプセルに入っていった。
車両の助手席に座った詩織は、背後から聞こえる4つの唸り声を聞きながら、眠りに落ちていった。
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SST本部での治療は迅速だった。
というより、カプセルによる治療で魔法少女の殆どが傷一つないレベルまで自己再生してしまっており、想定していたような集中治療は必要とされなかったのだ。
強いて言うなら、蒼の体が表裏逆で結合してしまっており、再度の切断、結合が必要だったくらいだろうか。
何はともあれ、蒼は珍しくぐったりと横たわっていた。
「……大丈夫か?」
「ん?」
聞きなれない声に蒼が目を開けると、長髪の美しい女性が彼を覗き込んでいた。
年は大体20代後半くらいか。
目つきの鋭い、いかにもクールビューティーと言った感じだ。
「あ、天色の魔法少女の人……」
「やはり君には分かってしまうのか。その……なんだ……。助けてくれてありがとう」
「ええ、どういたしまして。天色の魔法少女の人……えーっと……少女?」
「うっ……! 君はサラッと失礼なこと言うな! 私は小宮山 氷華だ……。少女かどうかは、君が判断してくれ……」
顔を赤くしながら腕を組み、フン!と怒って見せる女性。
若干香子に似たとこあるな……と、蒼は冷静にその様子を見つめる。
そういえば、香子達は何をしているんだと上体を起こす。
辺りを見回してみると、魔法少女部の面々が今日助けた魔法少女達に囲まれているのが見えた。
抱き着かれたり、拝まれたり、泣かれたりと、大層感謝されているようだ。
以前の香子よろしく、あの空間で深手を受けると、不安と恐怖に支配され、正常な精神状態ではいられなくってしまう。
そんな状況で助けに来た魔法少女部は、囚われの少女達の目にさぞ眩い希望に映ったのだろう。
「あー!! 目を覚ましたみたいだよ!!」
突然、バカでかい叫び声が聞こえ、ドタドタと激しい足音が迫って来た。
驚いてその音がする方向を見ると、ショートカットのボーイッシュな少女が勢いよくこちらへ駆けてくるところだった。
どうやら黄緑の魔法少女のようだ。
よく磨かれたSST格納庫の床で足を滑らせ、「うわー!! 危ない!! どいてどいて!!」と叫びながら、彼女はそのまま勢い余って蒼にダイブしてきた。
「痛たたたた!! ゴメンゴメン!! 君が高瀬くんだね!! 助けてくれてありがとー!!」
彼女の胸はまな板かと思うほど平坦かつ硬質で「うおぉぉ…」と唸り声をあげて頭を抱える蒼。
そのまま蒼に抱き着き、聞いてもいない情報を大声で叫び始めた。
「ボクは眞木 明音!! 魔法少女パッション☆ビートだよ!! これからも一緒にこの街を守ろうね!!」
「分かった! 分かったから耳元でデカい声出さないでくれ!」
「ああゴメンゴメン!!」と、これまたバカでかい声を蒼の耳元で叫びつつ、彼女は腕を離した。
キーンとする耳を抑えつつ、彼が顔を上げると、助けた魔法少女の変身者達が目の前にずらりと並んでいた。
「君が救った魔法少女だ」
蒼の横に腰かけていた氷華が立ち上がり、並ぶ彼女達の前に出る。
「いや、今回俺は小宮山さんしか助けられてないですよ。それどころか敵に捕まって人質にされちゃって……。我ながら情けない限りです」
「そんなことはない。あの空間に穴をあけた機械も君とSSTの共同作と聞くし、何より君が彼女達、魔法少女部を組織していなければ、私たちは手も足も出ないままウボームに敗北していただろう」
「ボクたちをここまで運んでくれた機械も君が改良したんでしょ? それに、前のでっかいイソギンチャクから助けてくれたのも君と君のメカだったじゃないか!」
「あなたの……おかげで……私たち……ゼルロイドの……出現早く知れる……」
「アンタのお仲間から聞いたんよ。あのカライン事件からウチらSSTの支援もらってたんやけどな、送られてくる情報とか技術は殆どアンタが源泉やって。せやからいっぺんありがとう言わなアカン思っててん」
「別に私はどうでもいいけど、これからも街のために頑張ってくれたらいいんじゃない? 私はどうでもいいけど!」
「みんな……」
この街の魔法少女達から蒼への感謝、尊敬、励まし。
彼は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「アンタの頑張りが実を結んだのよ」
響、詩織、ティナが魔法少女達の並びに加わり、香子が手で蒼に立ち上がるよう促す。
「先輩! 一言ですよ! 一言!」
「いい事言えよ~?」
何やら自分はこの場を纏める一言を要求されているらしいと気づいた蒼は、大慌てで脳内を整理する。
「え~」だの「その~」だの、彼にしては珍しく緊張した様子だ。
眼前に憧れの魔法少女達が並んでいるというのもあるのだろう。
「まあ何だ……。個人でやるにせよ、団体組んでやるにせよ、俺たちはこの街を守る防人だ。今は魔法少女部にしか装備を渡せてないが、いつかは皆にも便利で強力な武器を支給できるよう頑張るよ。これからもみんなでこの街を、世界を守っていこう!」
「な……なんか微妙に締まらねぇが……みんなで頑張るぞー!」
「おー!」という声が格納庫に響く。
蒼と仲のいいSST格納庫作業班もそれに加わり、騒ぎを聞きつけた研究班や医務班も声を上げる。
この街を守る者たちの声は巨大な一つの音となって幾重にも反響し、鋼鉄の格納庫をビリビリと震わせた。
「ああ……たまんない……」
明音はその反響を恍惚とした表情で聞き入っていた。





