第6話:再起! ブレイブウィング 対 シザーゼルロイド
魔法少女部部室。
精密工作機がウィンウィンと駆動しながら、人工スペースチタニウムの塊を加工している。
「うん!いい感じだ!」
つい先日、蒼の武装「ウィングユニット」は異形の化け物との戦いで半壊し、武器としての機能を完全に失ってしまった。
自慢の武器をいともたやすく破壊された衝撃は大きかったが、しかし、落ち込んではいられない。
あのような強敵と戦っても損傷しない強固な新武装の開発を急がなければならないのだ。
スペースチタニウムとは主に隕石から採取できる物質で、硬度、張力共に優れ、ウィングのような硬さとしなやかさを両立しなければならない武器の素材としては最高と言っても過言ではない。
しかしその希少性から、その塊は高校生の部活動レベルではとても買えないような価格になってしまう。
そこで登場するのが人工スペースチタニウムだ。
チタニウムに宇宙線を当てながら超低温に冷却、その後超高温に加熱、再び冷却……をおよそ500回前後繰り返すとスペースチタニウム並みの強度と張力を持った状態に変化する。
これなら光風高校の科学室レベルでも作れるし、材料費も割安である。
アルミニウム合金製だった初代ウィングユニットから比べると、その強度は2000倍をはるかに超え、価格は20倍で収まるのだから、人工スぺースチタニウムのコストパフォーマンスは驚異的である。
一辺1.5mの立方体だった人工スペースチタニウムが精密工作機の内部でクルクルと回りながらウィングの部品に成形されていく。
そして出力された部品を蒼が手早く組み上げる。
「おー……。なんか凄いですね」
放課後の野暮用を済ませた詩織が部室に入ってきた。
「何か前のより鋭角になりましたね。かなり格好よくなったと思います」
「そう思うでしょ!? 今回のはシューティングゲームにでも出てきそうな見た目してるだろ!」
実際、その外観は初代に比べて様変わりしている。
薄く、鋭い前進翼は変わっていないが、その付け根のパーツは三角錐を基調とした鋭いデザインに変わり、ブースターも丸いノズルから薄い四角形のそれに変更されている。
中心のボディパーツは中心部が絞り込まれ、初代の野暮ったい印象は全くなくなった。
「あれ?このパーツってキャノンとか装着する穴空いてましたよね?穴無くなってますけど追加装備は付けられないんですか?」
詩織が指摘した「穴」とは、追加武装用のジョイント穴である。
初代ウィングユニットはボディパーツの中心にジョイント穴があり、そこにビームキャノンを装備できる設計になっていたが、新型にはそれがない。
「ああ、それはね、こっちに移したんだよ」
蒼がウィングの付け根の三角錐パーツを弄ると、中心に縦方向の隙間が空き、中からジョイントアームがせり出してきた。
ちょうどウィングの付け根のあたりに追加装備が装備できる設計である。
「こっちの方が拡張性も、自由度も高くなりそうだからね。前のは追加装備用の支柱をつける必要があったんだけど、これならそれが不要で、強度も高いと思うよ」
「確かにこっちの方が追加武器付けたときの見栄えも良さそうですね!」
最後に蒼のエネルギーを用いた炉心と、詩織のエネルギーデータをインストールし、新たな翼に命を吹き込む。
机から浮き上がった翼は軽やかに舞い、蒼の背中に合体する。
同時に部品の隅々まで白い光が走り、三角錐のパーツの隙間から透き通るような光が、漏れ出し始めた。
ここに蒼の新武装が完成したのだ。
「よし!新ウィングユニット『ブレイブウィング』完成!」
「イエーイ!!」
「このままゼルロイド退治に行くぞおおおお!!」
「イエッサー!」
ハイテンションのまま、二人は街へと繰り出した。
■ ■ ■ ■ ■
「いや~なかなかゼルロイドいないもんだなぁ」
繁華街の裏通りを並んで歩く二人。
「結局索敵は徒歩なんですね…」
新型のウィングが完成したとはいえ、日中迂闊に飛び回るわけにはいかない。
「ウィングがまだ俺しか使えない未完成な状況では世間にあんまり公開したくないんだよね。変なスポンサーとか付かれたり、祭り上げられたり、逆に妙な事してるって迫害食らう可能性もあるからな…」
とは蒼談。
「その割にメディアの反応気にしてましたね……」
「いや、魔法少女と一緒に戦う人がいるって情報が流れれば、魔法少女のみんなはちょっと希望持つんじゃない? 俺は君らにとってのヒーローでありたい」
イマイチ価値観のよく分からない男だ。
そんなことをぼんやりと考える詩織であったが、力に溺れたり、逆に卑屈になるよりずっと良い。
とも思う。仮にこの謎の力と意欲が魔法少女に牙を剥く方向に作用していたら……。
「うああああああああ!!」
「きゃあああああああ!!」
詩織が少しばかり卑屈な考えを巡らせ始めたとき、薄暗い裏通りのアーケードに悲鳴が響いた。
「変身!」
「ウィング合体!!」
悲鳴の元へ駆けつける二人。
詩織のエネルギー場が辺りを明るく照らし、同時に蒼のブレイブウィングが溢れんばかりの光を放つ。
「嫌っ!!助けて!助けてえええ!!」
アーケードの廃店舗から巨大な甲殻類のハサミのような部位が飛び出し、男女数人のグループを襲っていた。
「先輩!あの制服!」
「ああ……。うちの高校だな! 助けに行くぞ!」
「えっ!?正体とか……」
「んなこと言ってる場合か! アームブレード!」
怯む詩織を尻目に、腕からエネルギーブレードを展開し、ハサミに切りかかる蒼。
「おりゃああああああ!!」
詩織のエネルギー場からのエネルギー供給を受け、眩く輝く光の剣がブレイブウィングの加速に乗って鋭い一閃を放つ。
その一撃は強固な甲殻をものともせず、巨大なハサミを見事に切断した。
「ライトニングミラージュ!」
切断された断面に無数の光の剣が突き刺さる、ハサミの脱落した腕の甲殻が内側からボコボコと波うち、バラバラと破片を撒き散らしながら崩壊した。
「早く逃げるんだ!早く!」
「あ……あぁ……」
蒼が生徒達に逃げるように指示するが、恐怖で固まってしまったのか、一人の少女が全く動けずに立ち尽くしている。
「先輩危ない!!」
振り返ると、腕を一本破壊された巨大なカニ型のゼルロイドが廃店舗を破壊しながらこちらに突進してきた。
「レーザーシールド!」
ブレイブウィングの三角錐パーツが展開し、蒼の前面にシールドを展開する。
そこにゼルロイドの巨体がぶつかる。スピードは大したことはないが、重量とパワーが尋常ではない。 ブレイブウィングのブースターを全開にし、その突撃を耐える蒼。
「うぐっ! んぐぐぐぐぐ!! エナジーキャノン!!」
ブレイブウィングに装備されたキャノンユニットから放たれた閃光はシールドをすり抜け、ゼルロイドの腹の甲殻を抉った。
その衝撃でバランスを崩し、ひっくり返るゼルロイド。
「ライトニングアンカー!!」
大きく破損した腹の甲殻に短剣型エネルギー弾を撃ち込む詩織。
撃ち込まれた短剣は内部で激しく炸裂し、敵を内側から破壊していく。
「ほら!早く!」
ゼルロイドが倒れているうちに、蒼は逃げ遅れた少女に必死の呼びかけを続けていた。
恐怖のあまり固まってしまった人間は他の誰かが揺すり、呼びかけ、意識を戻してやらなければならない。
「あ……あ……」
蒼が呼びかけるうち、徐々に意識がはっきりしてきたのか、少女の瞳に生気が戻ってきた。
そして彼女とはっきりと目が合う蒼。
「あっ! この人……」
よりによって蒼のクラスメイトであった。
「はっ! きゃあああ!!」
直後、彼女は完全に意識が覚醒したのか。
悲鳴を上げて逃げ去っていった。
「あ~迂闊だったかも……」
「先輩!ボーっとしないでください! ライトニングミラージュ!」
横合いからゼルロイドの残った大バサミが襲い掛かってきた。
それに詩織の無数の刃が命中し、狙いが逸れた。
「うわあ!危ねえ!!」
転ぶように伏せ、何とか躱す蒼。
「全く……。先輩撃たれ弱いのに注意散漫なんですよ!」
詩織が悪態をつきながら舞い降りてくる。
「悪い悪い! 相手はだいぶ弱ってるな……。腹を砕いて一気に決着をつけるぞ! エナジーキャノン!」
「もう……分かりましたよ! ライトニングミラージュ!」
エネルギーの奔流と無数の刃がカニ型ゼルロイドの腹部に直撃し、砕けた甲殻から内側に侵入したプラスエネルギーの塊が、ゼルロイドの体組織をボロボロに分解し、その巨体は光の中に崩れ去っていった。
「ふう…今回はいい感じに戦えたんじゃないか?」
「どこがですか!人命救助も大事ですが敵の動きを把握せずにそっちに集中するのは危険極まりないですよ!!もう!」
珍しく怒る詩織、つい先日仲間を失う恐怖を体感したのだから当然と言えば当然である。
「いや~悪い悪い……痛っ!!……ん?」
反省しているのかしていないのか分からないような態度で笑っていた蒼。
ふと足元に違和感と鈍い痛みを覚えた。
慌てて足元を見下ろすと、こぶし大のカニ型ゼルロイドが地面を埋め尽くさんばかりの勢いで廃店舗から、排水溝から溢れ出していた。
「うぐっ!!ああああ!!」
「嫌ああ!!きゃああああ!!」
二人を包み込まんばかりの勢いで次々襲い掛かかってくる子ガニゼルロイドの群れ。
親譲りの強力なハサミが二人の皮膚を斬りつけ、抉る。
「きゃああああああああああああああああああ!!」
同時に魔法少女のエネルギーを逆に分解しようと詩織に群がり、マイナスエネルギーを放出する。
「いやあああああ!! うぎゃあああああああああ!!」
詩織を覆う子ガニゼルロイドの隙間から禍々しい閃光が奔るたびに詩織の悲鳴が響く。
「ぐ……。あぁ……」
蒼もまた重傷だ。
肉体の強度は詩織のそれとは比べ物にならない、ただの高校生である。
皮膚を、肉を、筋繊維を、子ガニのハサミが次々を断裂させる。
マイナスエネルギーの放射攻撃は蒼には不思議と全く効果がないが、そうと見るや敵は物理的な攻撃をますます強めてきた。
肩の肉を千切り取られ、声にならない悲鳴を上げる蒼。
「う……ぐぐぐ……ブレイブウィング……分離!!」
蒼の呟くような声に反応し、ブレイブウィングが背中から勢いよく分離する。
スペースチタニウム合金のそれは、この猛攻の前に傷一つ付いていなかった。
「エナジー……シャワー!!」
蒼が振り絞った声で叫ぶと、ブレイブウィングが蒼の上空で激しく回転を始めた。
そして蒼の白いエネルギー、詩織のエネルギー場の粒子を巻き込み、激しい光のシャワーとして目下、蒼に激しく照射を始めたのだ。
そのエネルギーの激しい流れが子ガニ達を次々と吹き飛ばし、蒼の傷を修復していく。
「新里!! 今助ける!」
ブレイブウィングの角度を変え、詩織にエナジーシャワーを向ける。
激しい閃光と共に、詩織を覆っていた黒い塊たちとマイナスエネルギーが吹き飛んでいく。
「ブレイブウィング合体! エナジーストーム!!」
再び蒼と合体したブレイブウィングの翼からせり出したファンが周囲のエネルギー場の粒子を巻き込み、プラスエネルギーの旋風を巻き起こす。
その風に次々と巻き込まれ、消滅していく子ガニ達。
「はぁ……はぁ……。ライトニング……ミラージュ!」
何とか回復した詩織がエネルギーの波紋で隠れた子ガニを探し出し、次々と撃破していく。
激しい閃光と風が吹き荒れた後、ゼルロイドは一体も残っていなかった。