第33話:異次元少女の宗教勧誘
「よ……よろしくお願いします!!」
「お……おう よろしくね」
例によって据え置かれたラブホベッド。
その上でペタリと頭を下げるティナ。
どこから持ち込んだのか、やたらスケスケの白い衣装を着ている。
傍から見れば違法ロリポルノだ。
「これは戦巫女が異性と同衾する際に着用する服です……。不束者ですが……。どうか……お手柔らかに……!」
赤面し、緊張で呼吸を荒らげつつ、再び見事な土下座ポーズを取って見せるティナ。
「やはりこの子はズレてるとこあるな」と、思いつつ、荷物をベッド横に転がし、ティナの前に正座する蒼。
彼がティナの肩に手を置くと、彼女はビクンと体を揺らし、「お手柔らかに……お手柔らかに……!」と震える声で繰り返した。
「とりあえず服着なさい」
そう言いながら、蒼は香子から借りてきた部屋着をティナの頭にモフっと乗せた。
■ ■ ■ ■ ■
響との相部屋生活が終わり、ティナとの生活に移った蒼。
彼女の部屋は綺麗に整頓されており、微かにお香のような匂いが漂っていた。
何でも毎晩のお祈りに使っているらしい。
窓際のテーブルには手帳くらいのサイズの祭壇が置かれていて、そこで祈りをささげるそうだ。
「わたしたちの世界を作り、そこに私たちを産み落としてくださった創造神コスモス様に祈りを捧げるんですよ。いかがですか?蒼さんも一緒に……」
「いや~。俺は神とか苦手だから遠慮しとくよ」
ティナが部屋着の袖をゆらゆら揺らしつつ、入信を勧めてくる。
彼女の宗教勧誘を受け流しつつ、祭壇の紋様や形状を手帳に記入していく蒼。
宗教には興味のない蒼だが、打倒ウボームに繋がり得る情報には興味があるのだ。
「なあ、ティナちゃん。この祭壇の物の配置とか紋様って何か意味あるの?」
「ええ、コスモス様が作られた世界を表現しているんです」
祭壇の底面中央には大きな円、その周りを小さな円が囲っている。ちょうど天気予報の太陽マークのような形だ。
「この一際大きな丸がコスモス様の聖なる地、そしてこの小さな丸たちが、その地を守るために作られた砦を指しています。」
「ふむふむ……。砦ってことは、外から敵が来ることを想定してるんだな」
「ええ。私たち戦巫女はセルフュリア共和国首都の砦としてウボームと戦っていました。蒼さん達も私たちと立場は同じ……大城市を守る砦ですね。入信しませんか?」
そう言いながら、分厚い教典をグイグイと押し付けてくるティナ。
蒼は「いや、だから俺はいいって……」と言いつつ、その教典をパラパラとめくる。
何となく眺めていた蒼だが、ある違和感に気付き、ページをめくる手を止めた。
「えぇ!? 日本語で書かれてんのコレ!?」
「わたしの世界とこの世界は不思議な共通点が多いみたいですね」
「共通点ってレベルじゃないだろこれは……。っていうか、結構過激な内容してるなこれ。聖地を奪おうとするものは殺せだの、戦いで死んだ者は神の元に行けるだの。戦いの宗教なんだな……」
「聖地の喪失は世界の終焉ですからね。もう既にわたしの世界の聖地は失われてしまいましたが……」
ティナの表情が曇る。
「ごめん! 無神経だった!」と慌てて取り繕う蒼。
「いえ! 大丈夫です。わたしが守るべき故郷は既にこの世界ですので。私もこの世界の聖地を守るために命を懸けて戦いますから! 皆さんもコスモス様を信仰しましょう!」
「だから布教は止めい! コスモスって神聞いたことないし、しかもこの世界の聖地ってどこだよ」
「ええ!? 無いんですか! 聖地!?」
「いや、宗教ごとにいくつかあるけど、そこが無くなったら世界崩壊みたいなとこはないぞ」
蒼の言葉に、目を点のようにして固まるティナ。
どうやら、有るのが当然と思っていたらしい。
だが、失われれば世界が崩壊するなどという謂れを持った“聖地”はこの地球上の宗教には存在しない。
「で……では、ウボームはどうやってこの世界を滅ぼすつもりだったんでしょうか……?」
「いや、それ俺に言われても知らんぞ……。あの魔獣とかいうので滅ぼすつもりだったんじゃないの?」
「いえ、あくまでも魔獣はその地の生命体を掃討するための存在。聖地を破壊し、次元の要を崩すことで次元破壊が完了するんです。もしそれが無いのなら……ザルドのやろうとしていることは全て無駄になるのでは……」
「もしくは、俺たちにも知覚できないような“聖地”が存在してるのかもな。俺は前者の方が心配事少なくてありがたいけどね」
蒼はティナの語った宗教、及び“聖地”の概要を取りまとめ、宮野へメールで飛ばしておいた。
自分の専門外の情報を大事に抱えていても良いことはない。
データの送信を終えた蒼が時計を見ると、ちょうど昼を迎えようかという時間である。
彼はベッドでうたた寝をしていたティナを起こし、食堂へ向かった。
■ ■ ■ ■ ■
食堂には既に香子と響がおり、お茶を飲みながら談笑していた。
「お! ティナの服が普段と違うじゃねーか。ぶかぶかだな!」
「あー……。ちょっと大きかったかぁ……」
香子の服はティナにはだいぶ大きいようで、肩も袖も裾もダボダボだ。
彼女が持っている中で一番小さな服だったらしいが、身長140㎝程度のティナと、170㎝を超える香子では、サイズは合うまい。
「でもこの服凄く楽ですね。肌触りもいいですし……。それに……優しい匂いがします……」
ダボダボの袖に顔を埋め、うっとりとした笑顔を浮かべるティナ。
その様子に母性を揺さぶられたのか、香子がティナを膝に乗せ、頭を撫でまわす。
詩織も現れ、「ティナちゃん可愛い!」だの「笠原先輩私も撫でてください!」だのと食堂が騒がしくなってくる。
そんな微笑ましい光景を眺めつつ、蒼は朝に作り置きしておいたチャーハンをレンジで温める。
ラップをかけて冷蔵庫に入れておくから、各自好きに食べてくれと言ってあったのだが、どれにも手は付けられていなかった。
何となく、皆で集まって昼食をとるのが当然の事のようになってきている。
人との関りを特に必要としていなかった蒼ですら、最近は一人で食事を取ることを避けるようになっていた。
「砦……か」
蒼は賑やかな食堂を眺めながら呟く。
失った家族、得た仲間。
彼女達を守るためなら、命を失うことは何ら怖くはない。
だが、仮にそうなったとして、残された彼女たちはどうなるのだろう。
「絶対にウチを残して死なないでくれよ」と響は言った。
香子が深手を負ったとき、これまでに無いほど取り乱し、怯える響を見た今となっては、間違っても「君らを守るために死ねる」とは口に出せない。
だが、ティナはどうだ。
未だあの価値観に囚われ、“砦”としての役割に何ら疑問を抱いていない。
大切なもののために命をかけることは尊いことだ。
しかし、少なくともこの世界において、それは必ずしも正しい価値観ではないのだ。
世界が変われば価値観は変わる。
彼女の抱いているそれ全てを否定するつもりはないが、この世界において、彼女に新たな思想や価値観、 そして道を提示してやらなければならないと、蒼は密かな決意を固めたのだった。





