第32話:赤と蒼の絆
響と蒼が相部屋になって7日目の夜。
ベッドで肩と肩を触れ合わせて横になる二人。
シチュエーション課題は全てクリアしたが、結局、蒼と響に結合現象が起きることはなかった。
「いや~。お前との1週間楽しかったぜ!」
「そうだなぁ」
「一時はどうなることかと思ったけど、お前らとこれまで以上に打ち解けられた気がするよ」
「そうだなぁ」
「ウチ、正直まだまだ外様だと思ってたんだ。でも、今回の戦いで分かった。お前らはウチのこと本気で仲間だと思ってくれてるし、ウチもそれに応えなきゃって」
「そうだなぁ」
「お前人の話聞いてるか?」
「そうだな……うぐぐぐ!! 首絞めんな!」
夢の世界へ旅立とうとしていた蒼の意識は、響の剛腕スリーパーで引き戻された。
「なんだよー! さっきから釣れない態度取りやがってよー!」
「疲れてんだよ! お前あれからも夜な夜な寝ぼけプロレスかましてきやがって! 夜中に何度もお前の尻の重みとしょっぱい匂いで起きる俺の気にもなってみろ!」
「あー! てめぇまた言いやがったな! 匂いと体重のことは絶対女の子に言っちゃいけねぇんだぞ!」
「女の子なら寝てる野郎の顔面に跨るなんてしちゃ駄目だろ! あと……! いい加減腕外せぇ!」
蒼の腕が光り輝き、響のスリーパーをこじ開ける。
彼はそのまま体を翻し、響に腕ひしぎ逆十字固めをお見舞いしにかかる。
「この野郎! 負けねぇぞ!」と叫びながら、抵抗する響。
蒼の体を片腕だけで持ち上げ、振り落とすと、今度は彼の顔面を小脇に挟み、アナコンダバイスにかける響。
脱出しようとする蒼だが、腕を組み敷かれ、力を発揮することが出来ない。
「どぉーだ! まだまだお前には負けねぇぞ! ひゃうん!! ふぁあ……」
勝ち誇っていた響が突然、甘い声を上げ、蒼から飛び退いた。
「い……今何しやがった」
「男子高校生はちょっと手入れ怠ると顎鬚生えてくるんだよ。それで腋をジョリジョリっとな」
「お前、今のはマジでやめてくれ。すんごい鳥肌が……きゃうう!!」
「ふははははは!! 響の弱点見つけたり! こいつめ!こいつめ!」
蒼は不敵な笑い声と共に響の腋に勢いよく手を差し込むと、カリカリと爪を立てる。
必死で腋を閉めて抵抗する響だが、挟み込まれて尚、蒼の指は器用に腋を掻いてくる。
「あはははは! ひゃん! んんん!! ひゃあああん!」
足をばたつかせて暴れる響の両腕を膝で押さえ、抵抗を封じると、今度はより長いストロークで腋を縦に掻きくすぐる。
「ギブ! ギブ! ウチの負けでいいからやめてぇええ! きゃはははは!」と叫び、目に涙を浮かべて笑い転げる響。
だが、それが蒼のS心に火をつけてしまったのか、彼はますます激しく腋をくすぐり始めた。
「いひゃひゃひゃひゃひゃ! それ駄目! くるしっ……! ひゃははははは!!」
「はっはっはっは! どうだ響! 搦め手だって捨てたもんじゃねぇだろ!?」
「ひっ! 卑怯ものぉ……! きゃはははははは!! あっ……はぁ……。うっ……ぐすっ……」
「ふははははは! ……は」
調子に乗ってくすぐっていた蒼だが、ふと響の顔を見ると、べそをかきながら涙を流していた。
「やべぇやりすぎた」と、蒼は大慌てで手を止め、彼女の両腕を解放する。
「ごめん響! やりすぎた! ってうわぁ!」
響が勢いよく起き上がり、蒼を組み敷いた。
「隙ありだこの野郎! お前みたいなセコい真似する奴は正義の往復ビンタで制裁だ!」
「ちょっと待っ ぶふっ!!」
気持ちのいい快音を響かせ、蒼の頬に真っ赤な手形が咲き乱れた。
■ ■ ■ ■ ■
「ぅ……」
暗闇の中、声が聞こえる。
「……ぅ。……あや。そう……」
呼ばれた気がして、蒼は目を開けた。
「蒼……。ごめん……。ごめん……」
今夜はどんな体制で固められているのかと思いながら、意識を段々と覚醒させていく。
胸に強い圧迫感を覚え、視線を胸に落とすと、響がしがみ付いていた。
「死なないで……。みんな……」
今まで聞いたことがないほどにか細い、不安そうな声でうなされながら、蒼の胸を冷たく濡らす。
頬に残る、痺れるような痛みから、これが夢でないことは分かる。
「ひ、響?」
声をかけても反応は無い。
「俺響になんか悪いことされたっけかな?」
とりあえず蒼は彼女の肩に腕を回し、優しく抱きしめてみる。
すると、彼女の肩から少し力が抜け、悲しそうな声が若干トーンダウンしたように感じられた。
「あや……」
「誰……?」
何者かの名前を呼びながら、やがてすやすやと寝息を立て始めた響。
少々腑に落ちないものを感じながら、蒼もまた眠りに落ちていった。
■ ■ ■ ■ ■
早朝の食堂。
早起きした蒼が皆の朝食を作っていると、響が寝ぼけ眼を擦りながら起きてきた。
朝に強い響の割には珍しく、酷く眠そうな様子だ。
「おはよう」
「……おはよ」
心なしか、あいさつも元気がない。
ドカッと食堂の椅子に腰かけ、机に顎を置いて、ふてくされたような表情を浮かべている。
「寝れなかったのか? 俺との夜が終わるのが寂しくて」
「後半はともかく、イマイチよく寝れてねぇ。気分の悪い夢見た」
ああ、やはり怖い夢でも見てたのかと納得しながら、蒼は料理を続ける。
今日のメニューはフランスパンにローストビーフと野菜を挟んだサンドイッチだ。
低温調理モードに設定したオーブンからは、肉の香ばしい匂いが漂っている。
「なんかさ……。目の前でみんな死んでいくんだ。蒼も、香子も、詩織も、あと見たことない魔法少女達が黒いミミズみたいなのに刺されて死んでいくんだよ……」
「“あや”って子も死んでいくのか?」
「えっ!? お前何で知ってんの? “あや”って奴がウチを庇って滅多刺しにされちまって……殺された」
「面識は?」
「無ぇな。金髪でオレンジ色の服着てたぜ。あと足にプロテクターみたいな武器付けてたな」
「オレンジ色……金髪……。大城市にいた魔法少女の一人だな。でもその人はだいぶ前に死んでるはずなんだよな」
オレンジの魔法少女。
蹴り技一つで中型ゼルロイドを粉砕するパワフルな魔法少女だった。
だが、以前のカラインによって殺され、肉体を傀儡にされてしまった哀れな犠牲者である。
蒼の記憶が正しければ、彼女の名は“南本彩”であり、響の夢と合致する。
「死んだ奴が何でウチと一緒に戦ってたんだ?」
「それは分からんよ。夢ってのは未だ謎が多いからな。まあ、あんまり気持ちのいい夢ではないよな……」
「正夢だったらどうしよう~!」と頭を抱える響。
「正夢だったら俺らもう死んでることになるだろ」と、冷静に突っ込む蒼。
「ああ、そうか、そうだな!」と二人笑い合う。
「なあ蒼」
「ん?」
「皆も同じだけどさ、これから先、絶対にウチを残して死なないでくれよ?」
「ああ、俺は死なないし、君らの誰も殺させないよ。むしろお前こそ死ぬなよ?」
「もちろんだ。頼りにしてるぜ。蒼」
強い眼差しで見つめ合う二人。
早朝の食堂に一筋の光が走った。





