第31話:狙撃の大巻貝
「敵は!?」
蒼と響が外に出ると、既に詩織が変身し、コンバータースーツに身を包んだ香子と共に辺りへ睨みを利かせていた。
ティナもまた、角を光らせ、ゼルロイドの発する負のエネルギーを探知している。
「分からない……。でも、確実に海側にいるわ」
確かにセンサーの反応は部屋にいた時よりもずっと激しくなり、敵の接近を告げている。
蒼は海へエネミースキャン光線を飛ばすが、如何せん、こう開けた場所では敵の位置を素早く特定するには至らない。元が地下用なのだから致し方のない部分である。
詩織の波紋サーチさえも、ぼんやりと水中を照らすのに留まり、敵の位置を把握することが出来ない。
「敵はかなり遠いところにいます……。それこそ目で見えないほど遠くの……水底ですね……」
ティナだけが辛うじて敵の存在を感知できたが、敵が遠くの海底に潜んでいる以上の情報は得られない。
水中は魔法少女にとっても、蒼にとっても未知の戦闘領域である。
出来ることなら、水上からの攻撃で撃破することが望ましいのだが、この現状で、それはほぼ不可能だろう。
ティナは水中戦を得意とするが、戦闘力を鑑みるに、生身で中型以上のゼルロイドと戦うのは危険すぎる。
「仕方ない。俺がパワードディアトリマと合体して潜る。アレには水中潜行用の機能も付いてるからな」
「ブレイブウィング! パワードディアトリマ! 発進!」とデバイスに叫び、ウィング達の飛来を待つ。
ブレイブウィングが飛行できないパワードディアトリマを吊るして飛ぶため、恐らく10分以上はかかってしまうだろう。
現状打つ手がないので、詩織とティナもサーチを解き、一時待機に入る。
「危ない!! 伏せて!」
突然、海の方を見ていた香子が響とティナを押し倒した。
「くぁあ……!!」
直後、香子の顔が苦痛に歪み、彼女を守っていたコンバータースーツが背面から勢いよく裂ける。
そこから鮮血が噴き出し、彼女はガクッと砂浜に倒れ込んだ。
「笠原先輩!!」
「香子!」
蒼と詩織が駆け寄ろうとするが、香子は必死の形相で二人を制止した。
「新里さん……! 皆を守って……! 飛び道具……使ってくる敵よ!!」
そう言っている間にも、香子達の周囲に次々と半透明の「何か」が突き立つ。
一瞬呆気に取られていた詩織だが、すぐに海へと視線を移し、ライトニングダガーを構えなおす。
精神を集中し、飛来する「何か」を全力で感知しにかかる。
辺りを包む黄色い粒子が輝きを増し、詩織の緊張と連動するかのように、パリパリと電気のような光が漂い始める。
「……! はぁっ!!」
突如、海から飛び出たそれ目がけ、エネルギー刃を飛ばす詩織。
パリン。という音とともに、砕け散る「何か」。
詩織は一瞬安堵の表情を浮かべたが、「何か」は次々と飛来する。
彼女は緊張の糸を張り直し、迎撃を再開した。
「よくも……よくも香子さんを!!」
ティナは怒りに身を任せ、海へ走っていく。
それに気づいたのは詩織だけだったが、飛来する謎の攻撃を迎え撃つのに精いっぱいの彼女には、蒼達へ知らせる余裕はなかった。
■ ■ ■ ■ ■
「く……はぁっ!! あぁ……!」
「香子! どうした! 何をされた!」
全身を痙攣させ、苦しみ、悶える香子。
蒼が彼女を担ぎ上げ、堤防の影へ退避させる。
シャワーで砂にまみれた傷口を洗い流すと、大きく裂けた傷と、ジュクジュクと彼女の体を蝕むマイナスエネルギーの染みが露になった。
「ゲホッ! ゲホッ! ぃきが……でき……ない……! くるし……」
嘔吐とともに、か細い、しかし悲痛な嗚咽を零す香子。
「呼吸困難の毒……! クラゲかイモガイのゼルロイドか!」
傷口に広がったマイナスエネルギーは、香子のプラスエネルギーと分解し合って消えていくが、それには激しい苦痛を伴うのだ。
ビクビクと痙攣しながら、小さな悲鳴と共に涙を流す香子。
「高瀬くん! 笠原さんをこっちへ!」
突然声をかけられ、蒼が驚いて顔を見上げると、宮野と御崎が血相を変えて施設から飛び出してくる所だった。
「3階の医務室に連れていきます! うわぁ!」
詩織の迎撃を逃れ、飛来した「何か」が、宮野が立っている場所のすぐ横の、施設のガラス面に突き刺さった。
それは半透明の長大な銛で、針先から白い毒がしたたり落ちている。
蒼が敵の候補として挙げていた「イモガイ」の毒針に違いなかった。
「宮野さん! イモガイの神経毒です! 香子に人工呼吸器をお願いします!」
蒼が宮野と御崎に香子の救護を任せ、海岸へ戻ると、丁度、パワードディアトリマを吊るしたブレイブウィングが飛来するところだった。
素早く、ストロングフォーメーションに合体する蒼。
必死に敵の攻撃を防いでいる詩織は、明らかに疲労の色が見え、エネルギー場の弱まりと共に撃ち漏らしが出始めている。
一刻も早く敵を倒さなければと、水中へ潜行しようとする蒼だが、視界の隅に生身で立ち尽くす響がいることに気付き、慌てて踵を返す。
「おい響! 何やってんだ!」
「あ……あ……」
蒼が駆け寄り、体を揺するも、彼女の眼は虚空を見つめている。
瞳からは涙が溢れ、うわ言のように「アヤ……」「キョウコ……」と繰り返している。
「目ぇ……覚ませ!」
気は引けるが、この非常事態にやむを得ず、蒼は響の頬に思い切りビンタをした。
張り倒された彼女はキョトンと蒼を見上げると、再び大粒の涙を流し、彼の足に縋りついてきた。
「ごめん! ごめんよぉ!! ウチのせいで……ウチを庇ってみんな死んじまう!!」
「何訳分からねぇこと言ってんだ! 香子はまだ死んでねぇよ! 早く向こうに避難しろ! 今度は新里がヤバいんだ!」
「香子……生きてる……?」と、繰り返すうちに、響の瞳に生気が戻ってきた。
その間にも、詩織のエネルギー場は薄まり始め、詩織周辺にも銛が突き立ち始める。
「新里! あーもう! 来い!」
今だ完全に復調しない響をアームで掴み上げ、キャタピラを全力で回転させ、詩織の前に滑り込む。
「せん……ぱい……」と、荒い息をしながら膝をつく詩織。
ストロングフォーメーション背面の盾に「ガン!ガン!」という衝撃があり、敵の攻撃が絶え間なく続いていることを告げている。
同時に、いくつかの銛が施設にむかって飛び、壁に穴を穿っていく。
「先輩……ティナちゃんが……敵に向かって行っちゃいました……。急がないと……ティナちゃんが危ない!」
「何ぃ!?」
突然、激しく蒼の背を揺さぶっていた衝撃が止む。
「ティナちゃんが敵を止めてるんだ……!」
「あの子目離したら無茶するな! 新里! 響を頼む!」
そう言って響を詩織の足元に下ろすと、蒼は海中へと勢いよく潜っていった。
■ ■ ■ ■ ■
手足から美しいエネルギーのヒレを出現させ、高速で泳いでいくティナ。
彼女の双眼は、勢いよく逃げていく「管」のようなものを捉えている。
(……いた!)
海底から伸びる岩のトンネルを抜けた先に、それはいた。
美しく、巨大な貝殻を背負った「タガヤサンミナシゼルロイド」。
イモガイの仲間であるタガヤサンミナシは、毒針を射出する特殊な器官を備えた毒貝である。
その毒は、呼吸困難を引き起こす神経毒。
本来は魚や貝を捕らえ、捕食するために用いられるのだが、身を守る際にも使用される。
銛のようになった毒針を受ければ、人間ですら呼吸困難、嘔吐、意識混濁等の症状を引き起こし、時として死に至る恐るべき武器なのだ。
彼女が追っていた「管」が勢いよく貝へ収納されていく。
(敵はあの管から攻撃を放ってくる……。あの延長線上を避ければ問題ない)
ゼルロイドの周りを高速で泳ぎながら、攻撃の機会を探るティナ。
ゼルロイドは殻の隙間からニョロリと目を出し、彼女の様子を探っている。
(見てるだけなら…こちらから仕掛ける! 水のマナよ……悪を滅する矢となれ!)
ティナの周辺の海水が緑色の光を帯び、水の矢となってゼルロイドに放たれる。
だが、堅い殻には傷一つ入らない。
幾度も、幾度も水の矢を放つが、まるで効果がない。
ティナも蒼と同じく、僅かなプラスエネルギーしか持たない者、生身では中型以上のゼルロイドに対して有効な攻撃手段を持たないのだ。
目の前の敵が脅威ではないと知ったのか、ゼルロイドが再び動きだした。
殻の隙間から長い管を海底トンネルへと伸ばしていく。
(まずい! 皆が危ない!)
ティナは焦り、手に水の刃を作ると、その管目がけて突進していく。
その視界は突然、白い煙幕に遮られた。
(うっ! 何!?)
慌てて後方へ泳ぎ、逃れる。
煙幕のような白濁液が辺りの海底を覆い、ゼルロイドの影を包み隠す。
だが、長い管は依然、施設目がけて伸ばされており、敵の位置は丸わかりだ。
(一体なんの意味が……? まあいい。今度は外さない!)
ティナが再び管へ切りかかろうと、泳ぎ出そうとした瞬間
手足が殆ど動かせないことに気が付いた。
(え!?)
そのままの体勢で、ゆっくりと沈んでいくティナ。
(体が……動かない!)
タガヤサンミナシを始めとするイモガイの仲間が備えるもう一つの武器。
それこそが毒霧である。
水棲の竜と融合し、水中呼吸能力を備えていたティナは、海中に漂う毒を体内に取り込んでしまったのである。
無論、香子が受けた濃縮毒に比べれば効力は弱い。
だが、体の自由を奪う程度ならば十分すぎる量であった。
ゼルロイドはゆっくりと管を引き込み、ティナの方へゆっくりと這ってくる。
殻の中から巨大な捕食口を伸ばすと、ティナを包み込むように捕えた。
(嫌! 嫌あああああ!!)
ティナの絶望を、恐怖を味わうかのように、徐々に、徐々に捕食口を狭めていく。
暴れたくても、体の自由が利かず、瀕死の魚のようにビクビクと痙攣しながら、敵の体内に引き込まれていくティナ。
足先、太腿、腰……。既に両腕も巻き込まれ、抵抗する術を失い、泣き叫びながら捕食されていく。
(死にたくない! 死にたくないよぉ! 誰か助けて! 誰か!)
恐怖に歪んだ視界の先、白い毒霧の向こうで、赤い光がキラリと瞬いた。
「ストロングクラッシャー!!」
海底を猛スピードで走ってきた蒼のパワーアームが、捕食口を掴み、思い切り左右に伸ばし、広げた。
「ショベルアーム!」
蒼の背から伸びる3本目のアームが、ティナを掴み、引きずり出す。
突然の襲撃に驚いたゼルロイドが、猛烈な毒霧を噴射してきた。
「おおっと! そんなもん効かねぇぞ!」
水中用のシュノーケルユニットに顔を守られた蒼には、毒霧は無効であった。
ティナを庇いながら、キャタピラで全速後退をかける。
敵もさるもの、獲物に逃げられたと見るや、毒針で即時応戦してきたが、蒼の前面に展開したシールドユニットが、それを完璧に防いで見せた。
「ティナ! 独断専行で無茶するのは悪い癖だぞ!」
(ごめん……なさい……)
ぐったりしたティナをブレードホークに回収させ、蒼は再びゼルロイドに接近していく。
未だ、毒針の連射は続いており、シールドユニットを揺さぶり続ける。
だが、スペースチタニウム製のそれには傷一つ入らない。
センサーで敵の位置を確認しつつ、白い光を纏ったパワーアームでガン!ガン!と突いていく。
敵も毒霧を噴射し、毒針の射出位置を変化させ、蒼へ反撃する。
「コイツ思ったより硬ぇ!」
ブースターによる補助を加えても、強固な殻を打ち破るには至らないのだ。
一応、破片らしきものは舞っているが、それを上回る速度で修復が行われているらしく、叩いても叩いても埒が明かない。
持ち上げて陸まで運ぼうともしたが、思った以上に機敏に動く毒針の射出口を捌くのに手いっぱいで、とてもリフトアップするには至らないのだ。
海底の戦いは、硬直状態にあった。
■ ■ ■ ■ ■
「先輩……苦戦してます」
詩織が海を眺めながら呟いた。
ティナを宮野達に任せ、再び海岸で敵の攻撃に備えて待機している最中のことである。
「ど……どういうことだ詩織!?」
一時の錯乱状態から回復した響が、詩織の言葉に驚き、尋ねる。
「いえ……先輩と結合現象が起きてから、時々聞こえるんですよ。先輩の心の声が」
「……」
「本当ですよ!? 今、先輩は海底で巨大貝のゼルロイドと戦ってますが、思ったより硬くて苦戦してるみたいなんです」
「それがマジなら……ウチが行ってやらねぇと!」
矢も楯もたまらず駆け出す響。
「ちょっと待ってください! 今行っても危険です! 先輩からの指示を待って……」
「待ってる間にアイツが死んじまったらどうすんだよ! もう……死んでほしくねぇんだよ……誰にも!」
目の前で撃たれる香子や、返り討ちに遭ったティナを見たせいか、響はいつになく熱くなっていた。
コンバータースーツを着用し、海に飛び込もうとする。
響の足にしがみ付き、必死で制止する詩織。
「潜ってからどうするつもりなんですか! 窒息死しちゃいますよ!」
「放せええ!! 蒼を助けに行くんだぁ!」
『うるせえよ! 何騒いでんの!?』
くんずほぐれつの揉め合いをしていた二人の動きが止まる。
その声は、響の腕のデバイスから聞こえていた。
『響! 力を借りたい! 行けるか!?』
「ほら、呼んでますよ」と、詩織が響に笑いかける。
響は今までの錯乱が気恥しくなり、頭をポリポリと掻いてから、デバイスに叫んだ。
「おう!! いつでも行けるぜ!!!」
『声がでけーよ! 詩織と変身を交替して、空に上がってくれ! 目印出すから、その上で思いっきり力込めて待機! あとはいい感じのとこで思い切り殴る! 以上!』
「了解! 詩織!」
「はい!」
変身を交替し、響が空へ舞い上がる。
海面からは、赤い光の柱が空へ立ち上がっていた。
パワードディアトリマに備えられた大口径シグナルランプだ。
その光目がけて、響は飛んでいく。
辺りを赤いエネルギー粒子が包み込み、海上に赤い光のドームが出現した。
「来たな……!」
海面から赤いエネルギー粒子が降り注ぎ、薄暗い海底を赤く照らし出す。
「行くぞ!」
蒼はキャタピラを全速前進させ、ゼルロイドに体当たりを仕掛ける。
響のエネルギー場からパワーの供給を受けたそれは、巨大な殻をいとも容易く転がした。
同時にパワーアームで殻を掴み、勢いよくリフトアップする。
毒針の発射口が蒼を狙って伸びてくるが、それよりも早く、蒼は左キャタピラを前進、右キャタピラを後退に入れ、全速で駆動させ始めた。
無限軌道の機体が勢いよく回転を始める。
蒼も、ゼルロイドも諸共だ。
凄まじいパワーで回転させられたゼルロイドの毒針発射管は、遠心力で横に引っ張られ、蒼を狙うどころではなくなる。
海面が激しく逆巻き、響の眼下に巨大な渦潮が発生する。
「蒼……! いつでもいいぜ! 来い!」
蒼からの通信はない、だが、もはや響に不安は無かった。
渦の中心に白と赤の閃光が走る。
激しく光るそれは、蒼が健在であることを示している。
響はゆっくりと息を吐き、右腕に渾身の力を込め、構える。
海中の光がひと際大きく輝いた直後、渦の中心から、巨大な腕に持ち上げられた、巨大な巻貝が飛び出してきた。
「うおおおおお!! ボルケーノナックル!!」
海上に太陽と見まごう灼熱の業火が巻き起こった。
突き出された拳は、分厚い殻を一撃のもとに叩き割り、体内に蓄えられた毒を一瞬で蒸発させ、貝の身を消し炭と化した。
「よっしゃああああ!! 蒼!! やったぜ!!!」
『だからデバイスに大声で叫ぶな! 鼓膜が裂ける!』
■ ■ ■ ■ ■
「香子ぉおおお!!」
食堂で、響が香子に抱きつき、おいおいと泣いている。
「ウチ……香子が死んじまったらどうしようかと! 助けてくれてありがと……ありがとよおおお!!」
「ちょ! ちょっと佐山さん! 苦しい!」
毒を受けてからの対処が早かったためか、香子はあっさりと回復した。
コンバータースーツが変身を自動で維持させたため、魔法少女の耐久力を持ったまま治療を受けられたのも大きいだろう。
ティナもまた、治療カプセルで疑似エネルギーを循環、代謝させ、無事に毒素の排出に成功し、既に戦闘前と遜色ないレベルに回復している。
「詩織も頑張ってくれてたよなぁ! ティナにも無理させちまって悪かった! あーもう! お前らみんな大好きだ! うわーん!」
詩織と香子ティナをぐっと抱きしめ、滝のような嬉し涙を流す響。
3人は嬉しさ半分、暑苦しさ半分という具合で、その怪力ホールドに身を任せている。
「ゴホン……。喜ぶのはいいけど、ティナちゃんと響は今日のことちゃんと反省してくれよ? ゼルロイドは個体差で強さ、能力にすごい違いが出るからな。毎回この調子じゃ本当にヤバい奴が出た時に全滅しかねないから」
蒼も嬉しい気持ちは間違いなくあるが、今は心を鬼にして、二人に反省を促す。
「ああ……分かってる。正直、今回はちょっとおかしくなっちまってたよ……。申し訳なかった!」
響は勢いよく3人を離し、皆に向かって勢いよく頭を下げる。
ティナもそれに習い、「ごめんなさい!」と頭を直角に下げた。
「お……おう。そこまで謝れってことでもないんだが……。まあ、これからも皆で力合わせて頑張ろうな」
「ああ! よっしゃ! 皆で蒼を胴上げだ!」
蒼は「なんで……?」と思ったが、響の怪力には勝てなかったので、大人しく胴上げされることにした。





