第28話:繰り上がる日程
「へっ!? 今日からウチと相部屋!?」
朝のランニングと朝風呂から戻ってきた響が素っ頓狂な声を上げる。
他の面々は既に朝食を済ませ、部屋でのんびりしているようだ。
「ああ、何か新里との課題全部クリアしたから前倒しだってさ。最近またゼルロイドが活発化してるらしくて、この合宿に割く時間が限られてきたんだと」
昨晩、宮野からピンポイントの館内放送で話があり、蒼のこのイベントに関する推理が当たっているということ、結合が発現した以上、詩織とのデータは必要十分であるということ、大城市のゼルロイド出現頻度が上がっていることを聞かされた。
要は詩織との相部屋をここで切り上げ、予定を前倒しにするということだ。
ちなみにピンポイントというのは、真夜中のトイレの個室である
そしてやはり、と言うべきか、本来の目的に関しては、響やティナに明かさないで欲しいと念も押された。
流石に夜中の眠い盛り、それもトイレで、ミスターブラックのテンションで上記の内容を長々と聞かされた時は、いっそバラしてやろうかと思った蒼だが、日頃の恩に免じて、秘密は守ることにした。
「それ大丈夫なのか? 戻ったら大城市焼け野原とか無いよな?」
蒼が作ったホットサンドを頬張りながら、眉を顰める。
「今のところは街の魔法少女達とSSTだけで対応できてるってさ。ダークフィールドが出現した時はすぐ来てくれって言ってたけど」
「それならいいんだけど……。なんか後手後手だよなぁ。防戦一方じゃん」
「そこは仕方ない。相手は異次元の彼方だし、暫くは守りに徹するしかないさ。何故か大城市にしか攻めてこないから、対処しやすいのはありがたいよな」
「まあな……。しかし、今日から蒼と相部屋かぁ……。うしっ!」
3枚あったホットサンドを文字通りペロリと平らげ、コーヒーをグイと飲み干すと、
「旨かったぜ。ちょっと部屋片づけるから、ここで待っててくれ」
と言いながら、自室へ走っていった。
■ ■ ■ ■ ■
1人残された蒼は、窓の外をのんびりと眺めている。
田舎の真っ青に澄んだ空には入道雲が立ち上り、白と青の美しいコントラストを作っている。
学生も何かと忙しさに追われる現代、こうやって何もせずに過ごす時間は無くなりがちだ。
蒼自身も、ウィングや新武器の設計や、ゼルロイド、ウボーム魔獣との戦闘、魔法少女、及び自身のエネルギーの研究などに追われっぱなしで、多忙も多忙である。
そんな小難しい事を一旦全て忘れ、夏空をボーっと眺めていると、ゴチャゴチャに散らかった頭の中が軽くなっていくような感覚を覚える。
「ティナちゃん! こうやってボールを弾くんだよ!」
「うわっ! 難しいですよ~!」
外から微かに聞こえてくるのは、詩織とティナの声だろう。
そういえばビーチバレーをすると朝から張り切っていた。
香子は朝から勉強に精を出しているようだ。
全員、それなりにこの状況に適応し、それぞれの夏を楽しんでいるようで、蒼は何となく安心した。
「悪ぃ! 待たせた! 来ていいぞ」
15分ほど空を眺めつつ、少女二人の笑い声を聞いていると、響が戻ってきた。
「それじゃあお邪魔しますかね」と、ゆっくりと立ち上がる蒼。
「あ! ちょっと待ってプロテイン飲む」
そう言うと響は冷蔵庫に駆けていき、シェイカーに入ったプロテインを飲み干す。
「お前も飲むか?」と、別のシェイカーを突き出してきたが、蒼は遠慮した。
■ ■ ■ ■ ■
「なんじゃこりゃあ!? こんなんさっきまで無かったぞ!?」
響が叫び声をあげた。
彼女の目線の先には、レースカーテンで可愛らしく装飾された、例のラブホベッドが設置されていたのである。
「あ~……。またコレか……」
デジャブのような光景に、ついつい蒼は口を滑らせてしまった。
「何? また?」
「あっ……やべっ」
蒼が取り繕う暇もなく、強烈な力が胸元にかかってきた。
「テメー! 詩織の部屋にもコレがあったんだな!? んで二人で寝たんだな!?」
胸倉を掴まれ、壁際に追いやられる。
せめて弁明をと、その腕を振り払おうとする蒼だが、彼我の力の差が大きすぎて全く歯が立たない。
「ウチはなぁ……。お前らが隠し事してねぇって信じて庇ったんだ! テメー涼しい顔で仲間に嘘吐きやがったなぁ!?」
「ちょ……苦しいって! 苦しいって!」
「香子に謝りに行くぞ! 来い!」
「待て……! アイツはもう知ってるよ! 隠してたのは謝るからとりあえず落ち着いてくれ!」
肉食獣のような目つきで蒼を睨みつつ、響は一旦蒼を解放した。
ゲホゲホと咽返る蒼。
「どこから説明すりゃいいのか分からねぇけどさ……」
蒼は呼吸を整えると、顔を上げ、事情を一通り説明する。
宮野に口止めされたこと以外で、嘘を多分に織り交ぜつつではあるが……。
例えば、
二人で寝ることで、エネルギー同士がどう作用するのを観測する必要があると宮野に言われた。
あの場で明かすと詩織が恥ずかしいだろうと思い、香子には個別で伝えた。
課題をこなした後は、自分はソファーで寝て、それ以降は同衾していない。
等である。
最初は腕を組み、恐ろしい形相で睨んでいた響だったが、説明が終わる頃には、逆に申し訳なさそうな表情に変わっていた。
「そりゃそうだよな……。確かに皆の前でダブルベッドで寝るとは言いたくねぇよな……」
既に一度騙されているにも関わらず、蒼の話を全面的に信用してしまう響。
彼女は詐欺に気をつけた方がよさそうである。
平然と嘘を吐ける蒼も蒼であるが……。
「すまん! 痛かったよな?」
「いや、大丈夫だ。響が話せば分かる奴で助かるよ……」
少々の罪悪感を抱きつつ、蒼はこの場が収まったことに胸を撫でおろす。
「ちょっと待てよ……? コレが置かれてるってことはさ、ウチとお前で一緒に寝る課題も出るってことか?」
「えーっと……。ああ、あるな。毎晩朝まで添い寝しろってさ」
テレビの横に立ててあった課題冊子をパラパラとめくりながら応える蒼。
詩織の時のように、一瞬だけ添い寝して、あとはソファーで寝られるのを防ぐためか、わざわざ「毎晩」「朝まで」と書かれており、逃げ道を塞がれている。
「えっ……。お前とそんな……ええ……」
響が目に見えて動揺し始める。
ベッドと蒼を交互に見つめ、「えっ……えっ……」と手をピョコピョコと動かし、豆鉄砲を食らったハトのようだ。
「まあ嫌なのは分かるが……。数日くらい我慢してくれないか」
その拒絶ともとれる反応に、蒼も少々傷つきつつ、彼女を宥める。
「いや……お前は別に嫌いじゃないし、嫌とかじゃねぇんだけど……。こういうさ、男の人と女の人が一緒の布団で寝るのって……。ウチ初めてだからさ……。どうすりゃいいのか分からねぇんだよ……」
響の顔が徐々に紅潮していく。
何やら呼吸も荒い。
「……脱いだ方が良いのか?」
「脱がんでいい!」
かくして、蒼と響の同衾生活が、ややフライング気味に始まったのである。





