第27話:禁足地のオピス
異次元の彼方。
崩壊進むセルフュリア共和国跡地、現ウボーム軍の王都。
地平の大半が次元崩壊により消滅し、足を踏み外せば次元の狭間に飲み込まれてしまう、既に生物にとって安住の地とは言い難い世界だ。
王都中央に聳えるは、巨大な城。
戦火で大部分が崩れ落ちたそれは、ティナが仕えた大聖殿である。
城内の廊下を、ウボーム最高指導者ザルドがカツカツと靴音を響かせ、足早に歩いて行く。
彼が向かう先は、「神の間」と呼ばれる国の最高機密が眠る場所。
今より10年前、彼が神託を受けた禁足の地である。
彼が「神の間」への道を妨げる巨大な石扉に、漆黒の水晶体をかざすと、ゴゴゴ……と音を立て、扉が左右に避けていく。
暖かな光が漏れ出し、荒廃しきった城の一角を眩く照らす。
扉の先には、小さな庭園があった。
美しい草木、清らかな泉、そして、青い空。
荒廃しきったこの世界とは、まるで全くの別次元のような空間。
この地に封じられていた女は、神の世界の一部を切り抜いたものであると語っていた。
「あら、ザルド。帰ってきたのね」
「ああ」
泉で水浴びをしていた女が、濡れた身体のまま、ザルドの元へ歩いてくる。
「どうかしら? 神の儀は成し遂げられそう?」
濡れた裸体を絡めながら、ザルドに尋ねる女。
「いや、アマトの地は我の予想を超えて強固であるようだ。部下も使えぬ……。それ故に、お前の知恵を借りに来たのだ」
「うーん……。今のままで駄目なら、送り込む闇の力をもっと増やしてみたらどうかしら? ウボーム魔獣や、ダークフィールドに込める力を増やすの!」
ザルドの手を引き、木陰へ走っていく女。
「だが、そのエネルギーは有限だ。このまま浪費を続ければ、我らの次元が先に滅んでしまう」
彼女に連れられながら、懸念を口にするザルド。
普段の尊大な態度とは異なる、妙に慎重な様子だ。
幾多の世界を滅ぼし、手にした膨大なマイナスエネルギー。
しかし、その量は既に有限。
ザルドたちが今立っているこの世界も、殆どの命が死に絶え、絶望のエネルギーの自給自足はほぼ不可能と言える。
「もう! ザルドってば心配症なんだから! 神様の世界へ行けるんだから、この世界の心配しても仕方ないじゃない! あと、私のことは名前で呼んで!」
「ああ……。しかしオピス、あの世界の強者どもを相手とするには、やはりエネルギーの供給が無いのは心許ない。何か知恵を貸してくれないだろうか」
「それじゃあ! ダークフィールドをこの世界とくっつけて、アマトの地のマイナスエネルギーを吸い上げちゃいましょう! あの空間でアマトの民達を思い切り怖がらせて!」
「そんなことが可能なのか?」
「ええ、貴方には新しい転送陣を教えてあげるわ♪」
オピスと呼ばれた女が、胸から黒い光線を放つ。
その光線はザルドの胸目がけて伸び、二人は漆黒の線で繋がる。
「はあああ! くっ……ぐあぁ!!」
苦悶の声を上げ、片膝をつくザルド。
対極に、オピスは恍惚とした表情を浮かべている。
「はい、これで貴方は新しい転送陣の力を使えるわ」
しばらくの後、光線が途切れ、彼女の言う、転送陣の伝授が完了した。
「貴方と神々の世に転生できる日を楽しみに待ってるわ♪」
■ ■ ■ ■ ■
所変わって遥か次元の対極。
SST保養施設の食堂。
集められた部員達の前で向かい合う蒼と詩織。
「新里! いくぞ!」
「はい! 先輩!」
「「はぁっ!!」」
蒼の右手の甲から放たれた白い光線が詩織の胸へ伸び、二人が一筋の光で結合する。
「マジか! お前らもそれ出来ちゃうわけ!?」
「香子さんと蒼さんのと似ていますが、ちょっと雰囲気が違いますね……。なんというか、パチパチする感じがします」
驚きの歓声を上げる響と、その光線を興味深そうに観察するティナ。
「俺には違いは分からんけど……。現状、自発的に出せる分、香子とのより使いやすいかも」
「……ふーん。新里さんの方が良いんだ」
これまでじっと二人を繋ぐエネルギーを眺めていた香子が口を開いた。
それも、飛び切り不機嫌そうな声で。
響が「お~おっかねぇ」とニヤニヤしながら、詩織とティナを連れて下の階へ逃げていった。
「いやいやいやいや! んなこと言ってねぇよ!?」
「言ったじゃん!」
「俺は“使いやすい”って言っただけだって!」
「殆ど同じじゃない! ていうか、アンタ夜の林で新里さんに酷いことしてないでしょうね!?」
「やってねーわ!! お前、俺がそんなことする奴だって思うか?」
「……思わない」
Vの字に曲がっていた彼女の眉がへの字に変わり、蒼の胸に頭をゴツンと打ちつけた。
「思わない……けどさ。アタシちょっと浮かれちゃってたかなって」
「へ? 何に?」
「あっ……アタシとアンタだけの力だって思ってたのよ! 悪い!?」
耳まで赤くなった香子が蒼の胸にグリグリと頭を押し付ける。
「えっ……何お前嫉妬してたの!? いや~俺照れちゃうなぁ! 俺お前のそういうとこ好きだぞ!」
「もー!! アタシアンタのそういうとこ嫌い!」
頭グリグリを激しくする香子。
「痛だだだだだだ!! 傷が開く!」と悲鳴をあげつつも、彼女の肩をそっと抱く。
背中が痒くなるようなイチャイチャ劇を一通り繰り広げた後、蒼がふと真面目な表情で口を開いた。
「しかし……。この力は何なんだろうな。俺固有のもんなのか、君ら側のものなのか」
「ティナちゃんはリンクとは似て非なるものって言ってたわね」
「やってることはどっちもエネルギー譲渡なんだが、まあその道のプロが言うなら間違いないんだろうな」
先ほどまでとは打って変わり、魔法少女部の部長、副部長の顔になった二人。
蒼が徐にノートを開き、結合現象に関する情報を箇条書きにしていく。
「お前に言うのは気が引けるんだが……。新里とは抱き合ったり添い寝したからな。課題に書かれた指示に従って」
「……。宮野さんたち何考えてるのかしら……?」
「お前もそう思うだろ。ていうか怒ってない? 大丈夫?」
「ちょっと怒った。でも指示があったなら仕方ないわよ。アンタが宮野さん達のイベントに付き合うって決めた以上、課題はちゃんとこなさないと」
「ありがとな。あと、このイベントって俺のアレを新里や響やティナちゃんに発現させようって趣旨だぜ」
「え、ホント?」
「多分だけどな」
蒼は試しに「宮野さんどう?」等と、テレビやスピーカーに向けて話しかけてみたが、反応は無かった。
「ま、新里はパワーアップできたし、結果的に魔法少女部の戦力拡大に繋がるんならいいんじゃね?」
「宮野さん毎回アタシ達に隠し事するわよね。別に隠さなくても協力するのに」
「な。まあ、あの人も政府機関のトップだし、色々面倒な事情があるんじゃねぇの? とりあえず今はこのイベント楽しもうよ。あとこの話、響とティナには暫く内緒な。変に意識すると課題こなすのに問題出そうだし」
「あんまりいい気はしないけど……。まあそこはアンタの意向に従うわ。そろそろ遅いし、アタシお風呂入って寝るわね。おやすみ。んっ」
蒼の頬に軽く唇を当て、香子はトタトタと階段を駆け下りていった。
「あいつ……。こんなことする奴だったっけ?」と、蒼はキョトンとその背中を見送った。
■ ■ ■ ■ ■
「あっ、先輩おかえりなさい」
「へーい、ただいま」
蒼が部屋に戻ると、詩織は既に寝間着でベッドに横になっていた。
昨晩までのジャージとは違い、黄色いワンピース風の、可愛らしい寝間着だ。
彼女のスラリと伸びた足腰と、チラチラと見える腋が眩しい。
「お前良い腋してるな」
「セクハラですよそれ」
蒼も詩織と同じく、寝間着に着替えるべく、部屋の奥に備えられたクローゼットに向かう。
ドアで体を隠しつつ、上下を脱ぎ、パンツ一枚になる。
鏡で自分の体をチェックすると、詩織の攻撃で空いた穴は完全に塞がっていた。
だが、内部の傷の修復は不完全なのか、指で押すとまだ鈍い痛みが走る。
「傷跡は残ってない……。細胞による再生とは違うのかな?」等と自分の体の分析を始める。
「先輩……今日はごめんなさい。痛かったですよね」
「うわっ!」
突然、背後から詩織の深刻な声が聞こえ、ビクッとする蒼。
振り返ると、詩織が蒼の体をまじまじと眺めていた。
「おいおい……。野郎の体そんなに見つめても良いことないぜ」
「先輩ちょっと後ろ向いてください」
「お……おう」と言いながら素直に従う蒼。
その背中を詩織の細指がツーっとなぞる。
「ほぉぉぉぉう……。くすぐってぇよ!」
しかし背後の詩織の表情は真剣だ。
「傷……残ってない。ここも大丈夫。こっち向いてください」
今度は蒼の向きを変えさせ、右胸を中心にまさぐりにかかる。
「くすぐってぇって!! ひゃひゃひゃひゃひゃ!」等と悲鳴に近い笑い声を上げながら、詩織のボディチェックを耐える蒼。
「よかった……傷跡残ってない……」
一通り蒼を触診した後、詩織は安堵のため息を漏らした。
「俺の再生能力は優秀みたいだからな。むしろお前が大丈夫か? 血反吐吐いてたろ」
「変身解除直後はちょっと痛かったですが、今はもう大丈夫ですね……。ん!? ちょっと先輩横向いてください!!」
蒼は何だ何だと言いながら、体の右側を詩織に向ける。
「あーーーーー!!」
蒼の右肩を見た途端、詩織が悲鳴を上げた。
「先輩……ごめんなさい!!」
困惑する蒼をよそに、詩織は唐突な土下座を始めた。
「先輩の体に……私も痕付けちゃいました……」
蒼の右肩には、詩織のそれと瓜二つの紋様が、はっきりと刻み込まれていた。





