第26話:黄金の幻惑
「いや~。大好評だったなぁ! やっぱデカい魚は食卓に映えるもんだ」
「ティナちゃん大喜びでしたね~。まあちょっと大味ではありましたが……」
やたら豪勢な夕食を終えた二人は、虫網片手に施設裏の雑木林へ赴いていた。
詩織とのシチュエーション課題、残り3つのうちのひとつ、カブトムシ取りをクリアするためである。
夜の林は暗く、月の明かりが微かに差してくる以外は、漆黒の闇に包まれている。
夏の虫がジージーと鳴き、風の音に合わせてカサカサという木の葉の音があたりに響き渡る。
真夏の夜の林というのは意外と騒がしいもので、蒼と詩織以外には誰もいないのだが、まるで雑踏の中にいるかのような錯覚を覚える。
だがその喧騒の中に、突然一つの異質な音が混じってきた。
ピーピーピー!!
ピーピーピー!!
久々に聞いた警報音。
二人は音のする方向、すなわち互いの腕に光るデバイスを見つめ合い、同時に叫んだ。
「「ゼルロイド!!」」
すわ!
咄嗟に詩織は後ろへ飛び退き、蒼はローリングで回避行動を取る。
バババババ!という快音と共に、二人が立っていた位置を疾風が駆け抜けた。
「変身!」
「合体!」
辺りを黄色く輝く粒子が包み込み、漆黒の林を照らし出す。
そのエネルギー場の中、眩い光を纏いながら、黄金の物体が目にもとまらぬ速度で飛行している。
「エナジーキャノン!」
蒼が間髪入れず、肩のキャノンを放つ。
黄色いエネルギー弾が、その物体に次々と直撃する。
だが……
「んな!? うおああああ!!」
敵に命中したはずのエネルギー弾は、壁にぶつかったボールの如く跳ね返ってきたのだ。
詩織のエネルギー場によるバフを受け、音速を優に超える速度で飛来する光弾を必死で回避する蒼。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
「なんとか! それより気をつけろ! あいつデカくはないが、早くてビームが効かねぇ! うわぁ!!」
おちおち話す間もないほど、間髪入れずに襲い掛かって来る敵。
サブブースターにより、敵の体当たりを回避する。
反応が遅ければ、今頃ミンチだっただろう。
「ライトニング・ミラージュ!!」
高速戦に長ける詩織は、その敵の突進を悠々と回避しつつ、光の剣撃を乱射する。
無数の刃が敵の体に当たり、カン!キン!と金属音の如き高音が鳴り響く。
バランスを崩した敵は、もんどりうって地面に激突した。
しかし、敵もさるもの、その程度では動じず、6本の足で地面を強く掴み、素早く立ち上がってきた。
その身体は、黄金のごとき輝きと、鬼のような恐ろしい角を持つ、オニクワガタそのものであった。
「くらえっ! ライトニング・アンカー!」
詩織の右腕に集まった光が、短剣となって結晶する。
それを勢いよく敵めがけ、投げつける。
オニクワゼルロイドの背に、刃が突き立ち、エネルギーの炸裂が体内を激しく破壊する。
はずであった。
「ぐあああああああ!!」
詩織が最初に認識したのは、蒼の絶叫だった。
そして次に、オウゴンオニクワガタの姿フッと視界から消える。
その影が消えた跡に残っていたのは、右胸から右肩にかけて、肉体を大きくえぐり取られた蒼であった。
「ぐっ……! ぐあぁ……!」
蒼がもだえ苦しみ、体を捩る。
その光景が一体何なのか、詩織はしばらく理解ができずにいた。
蒼が何かを叫んでいるが、その内容も全く理解できなかった。
「新……! ……ろ!!」
「よけ……!!」
「うそ……私……せんぱ……」
ガン!という衝撃が詩織を襲ったのは、蒼の叫んでいた内容と、自分がしでかしたことの重大さに気が付いた時であった。
「きゃああああああ!! ぐぁがっ!!」
凄まじい衝撃が腹に直撃し、口に嫌な味が広がる。
太い木に叩きつけられると同時に、腹を左右両側から挟み潰される。
「あああああああ!!」
必死で大あごを手でつかみ、拘束から逃れようとする詩織だが、彼女の力では締め上げる力に全く対抗できない。
獲物を逃がすまいとしたのか、ますます締め上げる力を強めるとともに、マイナスエネルギーを口から噴射するオニクワゼルロイド。
「ひぎゃあああああああああ!!」
血の泡を吹きながら、断末魔の叫びをあげる詩織。
白いインナーに赤い血が滲み、骨が軋む。
同時にマイナスエネルギーが彼女のエネルギーを分解し、コスチュームが溶けていく。
「新……里! ブレードイジェクト!!」
上半身に大穴を穿たれた蒼が、何とか動く左腕を突き出し、詩織を捉える大あご目がけてブレードの刀身を射出した。
だが、異変を感知したオニクワゼルロイドは、詩織を離し、垂直に飛び上がってこれを回避。
「大……丈夫か!?」
詩織の元に這ってきた蒼。
大穴は白い光がゆっくりとではあるが、再生を始めている。
「先……輩……! ごめ……さい……! ゲホッゲホッ!!」
血を吐きながら、蒼を誤射したことを謝る詩織。
「んなこと気にしなくていい! あいつ……光を捻じ曲げて簡易的な分身を相手に見せられるみたいだ……!」
詩織を庇うように、蒼がしゃがんだ姿勢をとり、敵の突撃に備える。
「!! レーザー……ぐああ!!」
「きゃあ!!」
だが、蒼の動体視力では満足に防御することが出来ない。
一瞬、ピンポイントのシールドを展開し、衝撃を僅かに減退させるのが精いっぱいだ。
それどころか、分身と共に襲い来る敵の攻撃を前に、徐々に被弾が増えてくる。
蒼の足が、首が、腕が、肩が、次々に切り裂かれ、鮮血と共に白い閃光が噴き出す。
「くっ……ブレードホーク!」
所詮中型ゼルロイドと侮り、これまで呼び出していなかったサポートバードに出撃指令を出す。
超高速で飛来したそれは、オニクワゼルロイドに体当たりを仕掛け、見事、敵の猛攻を打ち払うことに成功した。
「ブレードホーク合体! ブレードフォーメーション!」
すかさず、ブレードホークと合体する蒼。
オニクワゼルロイドは、一旦二人から距離を取ったものの、今度は長い助走を加えての一撃必殺攻撃にシフトさせてきた。
「アームブレード!」
その突撃を、居合の如く切り捨てた。
ように思えた。
だが、蒼の脇腹を鋭い痛みが襲った。
「ぐはっ……! 嘘だろ……!? ブレードフォーメーションでも駄目なのか!?」
ブレードフォーメーションは蒼のスピード以外にも、動体視力も向上させる機能がある。
だが、激しくエネルギーを消耗し、体の反応が鈍り切った蒼の動体視力を底上げしたとて、フルスペックの半分も発揮できていないだろう。
さらに、分身により、敵の位置が正確に把握できないのでは、その機能も意味をなさない。
見れば、敵は再び彼方へ飛び去り、助走距離を稼ぎ始めた。
次、体当たりの直撃を受ければ、およそ無事とは思えない。
「新里……。あのサーチ能力で本体見破れねぇか?」
「出来る……かもしれません……」
「やってくれ。お前の指示した場所を思い切り突く」
「で……でも! もし失敗したら!」
「大丈夫だ、新里なら必ず見切れる。そして、俺も絶対外さない。俺はお前を信じてるから、お前も俺を信じてくれ」
「でも!」と、詩織は続けようとしたが、オニクワゼルロイドは既に旋回を終えつつあった。
もはや一刻の猶予もない。
「……先輩! 私やれます! 先輩を信じます!」
「おう! やるぞ!」
詩織は蒼の手に自分の手を重ねる。
そして、ゆっくりと持ち上げていく。
「先輩、位置は私が完璧に合わせます。 私の合図と一緒に、何も考えず、思い切り剣を突き出してください」
「分かった」
緊張と共に高鳴る鼓動。
冷たい汗が頬と背を流れる。
だが、二人は何か温かいものが右手に集まって来るのを感じていた。
遥か遠方で加速し始めたオニクワゼルロイドは、やがて音速の弾丸となって二人目がけて突進をかけてきた。
同時に、その姿が幾重にも別れ、万華鏡の如く折り重なった影となって迫りくる。
詩織が波紋を放つ。
そのエコーが、突撃してくる敵の切っ先に当たり、ピン……という軽い音を立てた。
「そこです!!」
クワっと目を見開き、蒼の手を思い切り右斜め前へ導く詩織。
同時に、蒼も渾身の力で刃を突き出した。
「「はああああああ!!」」
二人の声が重なり、ガキィィィン!!という快音が響き渡った。
蒼のアームブレードV2は敵の顎の付け根、口元にざっくりと刺し通り、超高速振動するエネルギーが、敵を体内からグズグズと崩していった。
やがて、敵は黒い粒子となって霧散し、後には元の、夜の林の不思議な喧騒だけが残った。
「新里……?」
「先輩……」
唯一、先ほどまでと異なる点を挙げるならば、詩織の胸の宝玉と、蒼の右手の甲が、白い光線で結ばれていることであった。





