第24話:蒼の抱擁
「あー! 面白かった! 先輩災難でしたね!」
詩織の部屋のベッドの上、詩織が腹を抱えて大笑いしている。
「災難も災難だよ……俺何も悪くねぇのに……」
「響先輩があんなに真っ赤になって取り乱すのは意外でしたね。あと香子先輩も……か……可愛かったですね……!」
「宮野さんとSSTは何考えてんだろうなぁ……」と言いながら、部屋に置かれた詩織&蒼用の課題冊子を開く蒼。
冊子と言っても、厚紙を二つに折った、料理店のメニュー表のようなものだった。
間にはテレビ用のVODメニューの使い方や、今現在の課題クリア状況の確認方法等が記載されたペラ紙が入っている。
「課題の数は10か。そんなに多くないんだな。しかし……なんじゃこれ……」
「壁ドン……抱擁……お互いの良いところ言い合い……添い寝!?。これ笠原先輩と取り違えてませんか? あ、でも“下の名前で呼び合う”ってあるから私のですねコレ……」
「一応一緒に釣りするとか、カブトムシ取るとか、アクティビティ的なのもあるんだな」
「なんか小学生の夏休みみたいですね……」
ペラ紙に従い、テレビリモコンを操作すると、黄色い文字で「1/10」、銀色の文字で「9/60」という画面が現れた。
どうやら、黄色が詩織と蒼の「シチュエーション課題」、銀色が蒼用の「コミュニケーション課題」らしい。
「ゲッ……俺の課題60もあるのかよ……。新里の1は……。ああ、コレだな“一緒に宿題をする”」
「先輩単独のと、私たちの合わせて100になるんでしょうか? 一応、もう10個終わってるみたいですね」
蒼の課題は、課題が書かれたカードを発見していなくとも、条件を満たせばクリア扱いになるらしい。
ちなみに、詩織との料理以外には、「魔法少女と海水浴」「魔法少女と混浴♡」という課題カードをそれぞれ4人分一気にこなしている。
後者のように、カードの内容を見てからでは、恐らく躊躇われたであろう課題を早々にクリアできたことは、かなりの幸運と言えるだろう。
だが、課題はまだまだ残っている。
詩織との課題も一つを済ませたに過ぎないのだ。
目下、詩織と相部屋の5日間の間に、残る9個をこなさなければならない。
「さて、新里の残りの9個……どれからする?」
「先輩はどれからしたいですか?」
■ ■ ■ ■ ■
ベッドの上で冊子を挟み、正座で向かう合う二人。
「えっと……見た目はカッコイイ」
「元気で明るい」
「えーと……仲間想いですよね」
「滅多に人のことを悪く言わない」
「えーっと……頭がいい!」
「可愛くて、素直で、人の趣味を尊重してくれて、正義感が強くて、ちょっとのことでは弱気にならなくて、意外と努力家で……」
「ちょ……ちょっと待ってください。なんか恥ずかしいです」
一先ず「お互いの良いところ言い合い」からこなすことにした二人だが、詩織が音を上げてしまった。
普通、羞恥心の一つくらい抱きそうなものだが、蒼は淡々と、そして次々に詩織の良いところをぶつけてくる。
このサイコ魔法少女フェチのこと、魔法少女ネタしか出してこないだろうと思っていたのに、生身の自分をこうも良く言われるのは想定外だったのだ。
「先輩よく恥ずかしがらずに言えますね……」
「恥ずかしがる要素無いだろ。君の良いとこ知ってる限り言えばいいだけなんだから、めっちゃ簡単な課題じゃん。まだ言う?」
「いえ、もうお腹いっぱいですよ……。でもそういうとこも多分、先輩の良いとこなんでしょうね」
「お、課題クリアみたいだよ」
見れば、テレビ画面のシチュエーション課題クリア数が2に増えている。
「ついでに、ここで済ませられるのは済ましちゃおう。なあ詩織」
「えっ!? あ……ああ! 蒼……先輩」
「これで3つクリア。じゃあちょっと立って」
「はっ! はい」
蒼に言われるがまま、立ち上がる詩織。
そのまま、手近な壁に追い込まれ、俗に言う「壁ドン」の姿勢に捕えられてしまう。
「ひゃぁぁぁ……」
ぶっ飛んだ性格を除けば、普通にイケメンの部類に入るであろう蒼にロマンチックな行為を強要され、変な声を上げてしまう。
「あれ? これクリア扱いじゃねぇの? こう?」
当の蒼は全くそんな意識はなく、あくまでも事務的に手の位置を変え、目線の位置を変え、クリア条件を探している。
それを受ける詩織は気が気ではない。
蒼の顔が遠くなり、近くなり、体の密着度が上がったり下がったり。
以前ゲームセンターで見かけた、「イケメンの壁ドン体験VR!」を生体験しているような気分だ。
あの時は恋仲でもない相手にそんなことをされて楽しいのかと疑問に思ったものだが、今ならアレに入れ込む友人の気持ちがよく分かりそうだ。
「ああ、こうかな?」
突然、蒼が腰を大きくかがめ、肘を詩織の耳のすぐ横に置き、顔をズイと近づけてきた。
30㎝以上の身長差がある蒼がその体制を取ると、詩織は蒼の体の影にすっぽりと隠れてしまう。
「どう?」
「ど……どどど……どうって言われましても!? これは壁ドンだと思いますよ!?」
「……詩織」
「ひゃひぃぃ!!」
「……俺が守ってやるよ……」
「す……ストーップ!!」
いきなり甘い言葉を吐き始めた蒼に耐え切れず、思い切り彼の体を跳ね除けようとする詩織。
しかし、痩せているとはいえ、そこは男女の対格差。
蒼の体は彼女の張り手では動じなかった。
それどころか、最近の筋トレの成果か、若干ついてきた胸筋の感触に、詩織はますます鼓動が早くなってしまう。
「……? 君と……繋がりたい」
(!! ああ……もうどうにでもしてください……)
胸と下腹部が激しく痙攣するような感触が詩織を襲った。
それはやがて、全身を暖かな光に照らされるような感覚に変わり、詩織の意識はあわや昇天寸前になる。
「お! クリアだってさ! めんどくさい課題だったなコレ」
「はひ……?」
意識朦朧の詩織が蒼の視線の先、テレビ画面を見ると
「その姿勢で名前を呼び“俺が守ってやるよ” “君と繋がりたい”と呟いてください」
という指示が表示されていた。
■ ■ ■ ■ ■
「出ませんね、高瀬くんの光」
困惑する二人の様子をモニタリングしながら、ミスターブラックこと宮野が呟いた。
当然だが、課題に突然の条件追加を行ったのは彼である。
「こんなことまでさせて……彼ら私たちに不信感覚えないかしら?」
御崎は不安そうだ。
自分の生徒たちがこんなセクハラ合戦のようなことをさせられているところを見れば、誰でもそう思うだろう。
「恐らく笠原さんなら、これでリンクしたと思うんですよ。新里さんの場合、もっと何か異なるアクションが必要なのかも……」
「ていうかさ、宮野くん、これ普通笠原さんから検証するのが筋じゃない? あの子のリンク条件探って、その後他の皆にそれを適用してみるのが一番確実よね?」
ハッとした表情になる宮野。
御崎はとりあえず彼をどつき倒し、今度からは作戦立案の宮野任せきりはやめようと心に誓ったのだった。
ふと、モニターを見ると、画面の中では詩織と蒼があーでもない、こーでもないと言いながら「抱擁」のクリアを試みていた。
正面から、背後から、抱っこ、お姫様抱っこ……。
既に詩織の顔は茹でダコのそれになり、精神的に限界を迎えつつあることを示している。
御崎は慌てて課題クリアのスイッチを押した。
■ ■ ■ ■ ■
「もう! 何なんですかこの課題! 私のメンタル壊しに来てるんですか!?」
詩織が赤面しつつ、涙を浮かべつつ、テレビ画面に向かって抗議している。
蒼は「メンタルの破壊……? プラスエネルギーの閾値を下げる訓練か……?」等と、訳の分からないことをブツブツと考え込んでいる。
少なくとも、ここまでの課題で実験の本意を理解できる人間はいまい。
「ま、疲れたし寝ようか。添い寝クリアで残4課題だな」
「は……はい……」
普段なら突っぱねるような提案だが、ここまでの連続羞恥プレイ課題で浮足立った詩織は、おずおずと蒼の腕の中に背中から潜り込み、部屋の電気が消されると同時に言い放たれた、
「何があっても、君を守るよ」
という言葉を聞いた途端、失神した。
蒼は「寝るの早っ!?」と驚愕した後、指示されたセリフが消えたことと、課題クリアポイント数が6に変わったことを確認し、テレビを消した。
「俺こんなこと言う人間じゃないだろ……」
と、呟き、ソファーへと移動した後、彼もまた目を瞑った。
意識が途絶える直前の夢現、天井から激しい物音が聞こえた気がするが、敵襲の反応は無かったので、彼は気にせずに眠りへと落ちていった。





