第22話:瓦蕎麦を想起して
「いいお部屋だったわね。広いし、あれなら二人で寝ても十分快適だわ」
「テレビも映るし、ネットチャンネルも見れるのは嬉しいな。一晩中プロレス番組見てられるぜ」
「わたしなんかがあんないいお部屋を一人で使って良いんでしょうか……」
美しい夕日が差し込む、清潔で広々とした食堂スペース。
香子と響、ティナが部屋について談笑している。
その様子を物陰から盗み聞きする蒼と詩織。
(先輩……。この様子だと、他の部屋はあんなベッド無いみたいですよ……)
(だな。あの二人がダブルベッド見たら今頃大騒ぎしてそうだし……)
(とりあえず内緒にしときますか?)
(そうしよう……)
香子がコレを知ったら、ちょっと怖いことになりそうなので、あのラブホベッドに関しては伏せておくことにした。
ひとまず、平静を装って3人に合流する蒼と詩織。
「あら、遅かったじゃない。何かあったの? ん?」
早くも香子が妙な重力場を漂わせている。
「いや、部屋をどう分割して使うか決めてたんだよ。なにせ俺と新里とはいえ、年頃の男女だからな」
「そっ……そうですよ! 私と先輩ですから! そんなことないですよ!」
平然と嘘を吐ける蒼と、どうにも嘘が苦手な詩織。
「なるほど……ね」
やはりと言うべきか、香子が詩織の様子に違和感を覚え、ティナに目線で合図を送る。
どうもゴシップ好きの気があるらしいティナは、とても楽しそうな笑みを浮かべ、詩織を凝視し始めた。
だが、詩織は必死の防衛策を取る。
「黒い石……? 緑色の紐のような……。その上に黄色いものが……。すみません、詩織さん何考えてるんですか……?」
とりあえず、強くイメージできるモノ、自分の好物を全力で考えたのだ。
ちなみに詩織の好物は山口県の名物B級グルメ、瓦蕎麦である。
「思い切り遊んだらお腹減っちゃって……」
「この状況で食べ物なんか想像するかしら……?」
「えへ……えへへ……」
香子の凛々しい目がかつてないほど鋭い眼光を飛ばす。
そのあまりの迫力に気圧され、詩織の思考が緩んでいく。
「ん……? 何か白いものが並んで……」と、ティナが本丸に手をかけ始めた。
「おいおい……。それらいにしとけよ。詩織怯えてんじゃねぇか」
あわや大惨事というところで、見かねた響が助け舟を出してくれた。
「ウチらは仲間だろ? そんなに疑われたら詩織も辛いし、蒼だって心外だろ。嫁に浮気夫って言われてるようなもんだぜそりゃ」
「へっ!? あっ……は……」
嫁、夫、大真面目に言い放たれたそのフレーズに、香子の顔がカーっと赤くなっていく。
茹でダコと化した彼女は「ちょっと顔洗ってくる!」と言い残し、食堂から走り去っていった。
「わぁっ! なにやら濃密なピンクの空気が……。うぅ……」
同時に、霧のように広がった香子の脳裏を駆け巡る妄想が、ティナの読心に横入りする。
あまりの甘さに胸やけを起こしたのか、彼女の集中力は完全に途切れ、恐怖の取り調べタイムは終わりを告げた。
■ ■ ■ ■ ■
この施設にはレトルト自販機の類が無い。
その代わり、広大なキッチンの冷蔵庫には、新鮮な野菜、肉、魚介類が、食品棚には米や麺がぎっしりと詰め込まれていた。
「その日のパートナーと二人で料理を作れ……ねぇ」
キッチンに貼られた蒼用の課題カード。
彼は今それに従い、詩織と共にキッチンを物色している。
「豚肉と、レモンと、卵と……」
極度の緊張状態ですっかりお腹を空かせた詩織は、せっせと瓦蕎麦の材料を集める。
必死に思い浮かべていたら、食べたくなってしまったらしい。
「危なかったですねぇ……。笠原先輩あんな怖いとこあったんですね」
「あいつも昔は泣き虫で可愛かったんだけどなぁ……。段々気が強くなったんだよね」
「中学……魔法少女になった頃でしょうか?」
「その頃だな。俺の両親と親族の葬式の時点ではまだメソメソしてた気がするから……中1の夏くらいからか」
「……え」
サラッと言い放たれた言葉に、詩織の動きが止まる。
「あれ? 言ってなかったか? 俺、両親親戚全員ゼルロイドに殺されてんのよ。盆に集まってるとこ襲われてな。ちなみに俺は魔法少女に助けられて無事でした。イェイ」
今頃になって知る、蒼の壮絶な過去。
詩織はなんと返せばいいのか分からず、茶そばを持ったまま固まってしまった。
「いや、もうとっくに克服してるから大丈夫だよ?」
ケロッとした顔で話す蒼。
だが、詩織は気が気ではない。
自分の眼下で鍋の湯がボコボコに沸いているにのにも気づかないほどだ。
「それで……ゼルロイドへの復讐のためにウィング開発始めたんですか?」
「いや? むしろその時俺を助けてくれた魔法少女に対しての情熱が燃え上がってね、高校まではずっと町中の魔法少女追っかけてたよ。ウィング作ったのはなんとなく……。ってお前蕎麦潰れてるぞ!」
蒼は詩織の手の中で握り潰されつつある茶そばを取り上げ、沸き立つ湯に投下する。
「ただ、未だにあの時助けてくれた魔法少女が誰なのか不明なんだよね」
「会ってありがとうが言いたいんだけどな~、ついでにスキャンもさせてほしい」と、遠い目をする蒼。
笠原先輩だ。
詩織は蒼の話から、ある可能性に思い至る。
中学1年で彼女は魔法少女に覚醒したと言っていた。
まだ小さな彼女が、親友を守るためにゼルロイドに挑んだのだ。
いや、もしかすると、彼を守りたいという思いが、彼女に魔法少女への覚醒を促したのかもしれない。
仮にそうだとするならば……。
「無茶苦茶素敵なことじゃないですか!!」
「うわっ! いきなり大声出すなよ! ま……まぁ、俺の魔法少女遍歴をそう評してくれたのは新里だけだ。ありがと」
少し照れている蒼をよそに、テンションの上がった詩織は、軽くゆでた茶そばをフライパンに移し、豚肉とレモンと一緒に勢いよく炒め始めた。
■ ■ ■ ■ ■
「瓦蕎麦……ってこんなんだったっけ?」
「緑の焼きそばレモン風味って感じだなこりゃ……」
意外と、好物を自炊で上手に作れる人間は少ないのではないだろうか。
好きこそものの上手なれ。という諺もあるが、詩織にそれは当てはまらなかったようだ。
テーブルに並んだのは一般的な瓦蕎麦とは似て非なる、ソース焼きそばの麺が茶そばになっただけの代物であった。
思えばこの建物、携帯の電波が届かないのだから、レシピも調べられない。
完全に詩織のうろ覚えと勘で挑んだ結果がコレであった。
「まっ……まぁ食えないことはねぇよ! ちょっと独特の風味が鼻を……うっ……突くけど……。なあ詩織! 飯当番ありがとよ!」
共同生活の初っ端にメシマズを御見舞してしまった詩織は、さぞ落ち込んでいるだろうと、響が咄嗟にフォローを入れつつ、詩織の顔を覗き込んだが、彼女はかつてないほど恍惚とした表情を浮かべ、ムフフ……と怪しげな笑い声を吐きながら、まるで機械のように、一定間隔で麺を口へ運び続けていた。
「わたしは好きですよコレ。美味しい」
「どうした詩織戻ってこい」と、響きが肩を揺すり、香子が蒼に「何か甘い言葉でも吐いて口説いたんじゃないでしょうね?」と、重力をかける中、ティナは黙々とソース茶ソバレモン風味を平らげていた。





