第20話:強制保養
仲間を救うため、肉体の限界まで壁を殴り、逆転のきっかけを作った者。
惜しみない技術力で壁を突き破った者。
囚われはしたが、迫りくる敵の魔の手から市民を守り抜いた者達。
異次元の住民達のため、その力を投げうって助太刀に来た者。
市の中心を異次元攻撃されるという異常事態でありながら、死人を一人も出さずに済んだことは、彼らの尽力に依るところが大きい。
そんな、大城市のヒーローとして褒め称えられるべき魔法少女部の面々は、SST本部で軟禁状態になっていた。
「今日終業式だけど、行かなくていいのかしら」
部屋の隅に置かれたソファーで横になり、ふてくされたように呟く香子。
皆勤章狙いだった彼女としては、なかなかに不本意なズル休みである。
詩織は突然舞い込んだ休日に唯々喜び、スマホで音楽を聴きながら備え付けの漫画を読みふけっている。
響は筋トレ中に集中していて、まるで聞く耳を持っていない。
ティナは力を使った後の休眠中だだ。
「ま、あれだけ大変な目に遭ったんだし、休むことも大事だろ」
向かいのソファーでノートパソコンを弄る蒼だけが応えた。
「俺たちは街で飯食ってる時に事件に巻き込まれて、全員怪我して自宅待機中だってことになったらしいぞ」
「自宅待機ねぇ……お父さん達心配してないかな……」
「その点に関してはご心配なく。皆さんのご両親には我々がしっかりと事情を説明させていただいておりますので」
ドアが開き、宮野が入って来る。
「説明……って。まさかアタシ達が魔法少女だってバラしたの!?」
「いえいえ! とんでもない。違和感がない程度で、我々SSTに協力していただいている旨をお伝えしておきましたよ」
何か引っかかる言い方に、香子は何度も詳細の説明を求めたが、のらりくらりと躱されてしまう。
物腰柔らかではあるが、相変わらず掴みどころのない男である。
「んで、何で僕らは昨日から缶詰状態なんです?」
さっきは気楽なことを言っていた蒼も、説明なく軟禁されるのは流石に不本意だったようで、胡坐をかきながら尋ねる。
宮野は「まあまあそう焦らずに」と言いながら、蒼と香子のソファの奥に置かれた一人用のクッション椅子に座り、コーヒーを一口啜る。
そして一息ついた後、持っていたカバンからタブレットを取り出し、画面を二人に見せた。
「あっ!!」
香子が思わず声を上げる。
画面に映し出されていたのは、昨日の戦闘を記録した複数枚の写真であった。
「これ、結構鮮明に映っているでしょう? 精密機器に悪影響を及ぼすマイナスエネルギーに満ち溢れたダークフィールド内でも、ごく一部の電子機器は動作したようですね」
香子の叫び声に気が付いた詩織と響も集まってきた。
「「ああっ!」」
同じく、二人も間の抜けた声を上げた。
なにせ、皆の顔がかなりくっきりと記録されていたのだ。
それこそ、個人特定も容易なレベルで。
言葉を飲んで冷や汗をかく魔法少女達。
全員が、自身の顔がバレることよりも、あの場の市民救護を優先したのは間違いない事実である。
だが、いざこうして身元が判明しかねないデータを出されると、やはり恐れや不安が出てきてしまうものだ。
「これ……どっかの掲示板とかSNSに?」
意外にも、一番不安げに口を開いたのは響であった。
やはり、根は常識人らしい。
「どうだと思いますか?」
質問に質問で返す宮野。
その笑顔には、どこか意地悪な……と言うより邪悪な雰囲気すら覚える。
ゴクリと喉を鳴らし、無言で宮野を見つめる響。
笑顔でそれを見つめ返す宮野。
時折、驚いたような、悲しむような表情を作り、響を、魔法少女達を驚かせる。
アンタはどこぞのクイズ番組の司会者かと蒼がツッコミを入れようとした時、宮野は笑顔に戻り、口を開いた。
「ご安心を。これは全て押収した電子機器から抜き出されたものです。今のところ皆さんの顔はネット上、及びメディア媒体には一切登場しておりません。撮影者の記憶操作含め、全てのデータは抹消致しました」
ホッと胸を撫でおろす3人。
もはや目撃者の記憶抹消という怪し気な行いには違和感を覚えなくなりつつある。
そんな魔法少女達に向き直り、「ですが」と一言。
それだけで3人は再びシリアスな表情に元通りだ。
もはや身元バレも厭わない、覚悟完了気味の蒼は傍観者気分でその様子を眺めている。
「記憶操作しているとはいえ、何らかの外部からの刺激……。例えば、あの場にいた方同士の接触、情報交換等で、あなた方の大まかな人物像が形作られてしまうかもしれません。また、街中で皆さんを目撃した時、あの日のフラッシュバックを起こしてしまう方も現れるやもしれません。ですから……」
「「「ですから……?」」」
「……」
「「「……」」」
再び、クイズモードに入る宮野と魔法少女達。
その沈黙を破ったのは、スパコーンという快音と、宮野のうめき声だった。
「早く言いなさいよ! 私の生徒が不安がってるでしょうが!」
終業式を終え、本部に戻ってきた御崎が、丸めた国語の教科書片手に仁王立ちしていた。
宮野は「痛たたた……」と、脳天をさすりながら顔を起こすと、
「情報操作が終わるまで、SSTの保養所でのんびり過ごしていただけますか?」
と、それほど衝撃的でもないことを告げた。
「あ、でも敵が出たら飛んできてくださいね」
と、軽く無茶な要求も突き付けてきた。
■ ■ ■ ■ ■
「海だー!」
大城市から車で走ることおよそ3時間程度。
山を越え、トンネルを抜けると、海の大パノラマが開けた。
「潮の香りー!」と、窓を開けてはしゃぐ詩織。
ティナもまた、詩織の横で、目を煌々と輝かせている。
「危ないわよ新里さん、ティナちゃん」
「まあいいじゃねえか! せっかくのバカンスなんだし!」
ややドライな香子と、楽しむ気満々の響。
助手席の蒼は物静かに、先ほどのサービスエリアで買ったタコ焼きを頬張っている。
車は高速を降り、入江をぐるりと回る下道を走る。
やがて民家や土産屋もまばらになり、ホテルの名残の廃墟がチラホラと目に入るようになった。そして、そんな建物すら見当たらなくなってきた。
「先生……この道で合ってるんですか?」
少々臆病な香子が、不安げに尋ねる。
彼女は廃墟や心霊物件の類が大の苦手なのだ。
「大丈夫大丈夫! SSTを信じなさ~い」
そう言いながら、車はアスファルトから所々草が生えた、まるで廃道のような道へ入っていく。
その先には、「立ち入り禁止」とデカデカと書かれたフェンスが塞ぐ、廃トンネルが立ちはだかっていた。
不安そうな一同を尻目に、御崎はリモコンのようなものをフロントガラスにかざした。
「ポチっとな♪」
直後、フェンスが「ウィーン」という機械音を発しながらせり上がり、「ゴゴゴゴゴゴ」という音とともに、廃トンネルの路面がせり上がり、長く、そして、造りがいかにも新しい下りのトンネルが姿を現した。
「この下にSSTのプライベートビーチ兼、プライベート温泉兼、保養所があるわ」
一同、口には出さなかったが、「税金ドロボー」とフレーズが脳裏をよぎった。
いや、ティナだけは鼻息を荒らげ、この世界の技術に感銘を受けていた。
■ ■ ■ ■ ■
その保養所は、立地、設備共に驚くべきものだった。
まず立地だが、入江と海中トンネルで繋がった海岸に面していて、四方を山に囲まれている。
これなら人目につくこともなさそうだ。
この池のような海岸が驚くほど綺麗なエメラルドグリーンで、ややテンションの低かった香子でさえ、目を輝かせている。
設備は、天然温泉、プールはもちろんのこと、
会員制ジムでもなかなか無いような器具が揃った体育館。
料理教室でも開けそうな大キッチン。
映画館のようなスクリーンと音響設備付きの視聴覚ルーム。
等々、ちょっと良いリゾートホテルのような様相である。
「ぜ……税金泥棒……」
蒼が堪え切れずに言葉に出してしまうほどの優れた環境であった。
「ま……まあ元々は人知れず戦う魔法少女を密かに療養させてあげるために作ったものであって、別に私たちが疲れを癒しにくるための場所ではないのよ!?」
「んで、ここを利用した魔法少女は……?」
「作られてからの5年間でみんなが初めてですぅ……」
シュルシュルシュル……と効果音が聞こえそうな勢いで委縮していく御崎。
若干の後ろめたさはあったようだ。
まあ、SST、その前身の侵生対とて、人知れず様々な形で戦ってきたのだから、あまり責めるのはやめておこう。と、蒼は思った。
■ ■ ■ ■ ■
「よっしゃ! せっかくだし景気づけに泳ぐぞ!」
「「おー!」」
勢いよく海に走っていく赤、黄、緑。
蒼と香子はビーチでのんびりと日光浴している。
そんな各々休みを楽しんでいる彼らを施設の3階から見下ろす御崎。
「はぁ……。なんか申し訳ないわよねぇ……」
「まあこれも大城市や日本、そして世界のためです」
彼女の背後にスッと現れる宮野。
二人の手には
「ひと夏の思い出! 魔法少女と蒼くんの絆を深めちゃおう大作戦!」
と馬鹿でかい字で書かれたパンフレットが握られていた。
「正直、この作戦名はないと思うわ」
御崎のツッコミに、ニコニコと無言の笑顔を返す宮野。
心なしか、頬が赤くなっているようにも見えた。





