第19話:闇の障壁を貫いて
宙に吊られた詩織と香子。
マイナスエネルギーの詰まった溶解液はいよいよ喉元までせり上がり、二人は必死で背伸びをしている。
時折、口から入って来る溶解液が、二人の気道を痛めつけ、同時に体内のエネルギーをズタズタに破壊していく。
「先輩……私……もう駄目……」
「新里さん……! 諦めちゃ……駄目! ゲホッ……ゲホッ……。みんなが……蒼が絶対助けに来てくれるから!」
香子に比べて体内のエネルギー量が少ない詩織はいよいよ限界を迎えようとしていた。
コスチュームが徐々に分解を始めており、このままでは彼女も溶かされてしまう。
そして、二人の頭上で溜まっていく溶解液も満タンの様相を呈し、いつ眼下の人々に降り注いでも不思議ではない状況だ。
自分たちを見上げる人々は皆、絶望の眼差しを向けており、僅かなプラスエネルギーの供給も望めない。
「くっ……アタシには……何も出来ないの……?」
無力感に苛まれ、涙を流す香子。
「蒼……助けて……」
もう言うまいと思っていた言葉が、思わず口をついて出てしまった。
■ ■ ■ ■ ■
「駄目です! 破壊したそばから再構築されていきます!」
一方、ダークフィールドの外でも、絶望的な状況が生じていた。
内部の絶望と恐怖のエネルギーが増したため、ダークフィールドが修復される速度が急激に上がったのである。
これまでの苦労を嘲笑うかのように、障壁の傷が塞がっていく。
「そんな! これじゃあ……絶対破れないじゃない!」
「くそっ……! 香子……! 新里……!」
蒼のエネルギーも徐々に減退を始めており、もはやこの方法での障壁突破は不可能である。
(蒼……助けて……助けて……)
「分かってるが……このままじゃどうにもできん!」
先ほどから、脳に響く香子の助けを求める声。
幻聴なのか、それともあの夜の現象由来の新能力なのかは不明だが、その声が蒼を焦らせる。
「おい! なんかここ手ごたえ変わってきたぞ!」
苦悩する蒼の耳に、響の声が飛び込んできた。
「ほら! 明らかに固い! 殴れば殴るほど固まってくぜ!?」
彼女が延べ1時間もの間殴り続けていた箇所。
ゼリーを押すような感触がする他の箇所と異なり、その部分だけはガラスのような感触に変わっていたのである。
「そうか……! 響のパワーが与える衝撃が、複合したマイナスエネルギー層を叩き固めて単層構造に変えたんだ! ここなら行けるぞ!」
蒼は大急ぎでブラスターイージスを動かしてもらい、ボーダーブレイカーを発射させる。
プラスエネルギー波動衝撃が、固くなったダークフィールドの障壁に超振動を与え、バキバキとひび割れさせていく。
これなら破壊できる。
希望が現場に漂い出した時、トラブルが発生した。
「砲身オーバーヒート! ボーダーブレイカー照射を継続できません!」
1時間超酷使されていたブラスターイージスの砲身が焼けついたのだ。
システムも異常加熱し、出力の維持すらも困難となっている。
「くそ! ここで終わってたまるか! うおおおお!!」
響が割って入り、ひび割れに必死の連打を叩き込む。
「はぁ……はぁ……。腕に……力が入らねぇ!」
だが、彼女もまた限界だった。
エネルギー場の供給があるとはいえ、肉体が悲鳴を上げているのだ。
響の奮闘も虚しく、開いたヒビが徐々に塞がり始める。
「畜生!! 詩織! 香子!!」
「響! そこ代わってくれ!」
巨大な影に覆われ、響が驚いて目を上げると、サポートバード・パワードディアトリマと合体した蒼が仁王立ちしていた。
「行くぞ! ストロングクラッシャー!!」
蒼の両腕に組みついたパワーアームの爪が障壁のヒビに突き立ち、バキバキと穴を広げていく。
響のエネルギー場がそのパワーを何倍にも増幅し、経験したことのない衝撃が蒼を揺さぶる。
「うおおおおおお!! パワー全開!!」
パワーアームの関節が激しく蒸気を噴出し、ブレイブウィングの重力制御機構がそれをサポートする。
バキバキと空間に裂け目が生じ、それを無理やりこじ開けていく蒼。
「助太刀するぜ!」
響が最後の力を振り絞り、裂け目に猛烈な拳のラッシュを叩き込む。
「「うおおおおおお!!」」
二人の熱い雄たけびが共鳴し、空間が勢いよく裂ける。そのまま、巨大な亀裂が生まれ、高さ、幅共に5m近い巨大な穴がぶち開けられた。
「香子――――!! 新里――――!!」
脇目も触れずに、その裂け目から内部へ飛び込んでいく蒼。
慌てて後を追う響。そして、バスタークロスで護送されてきたティナもそれに従った。
「バスタークロスとガンスプリンターのシールド全開! あの裂け目を死守するのよ!」
3人が飛び込んだのを見届けると、御崎が矢継ぎ早に指示を飛ばし、閉まり始めた裂け目を無理やり押しとどめた。
「頼んだわよ! みんな!」
■ ■ ■ ■ ■
ダークフィールドに飛び込んだ3人が目にしたのは、宙に浮かぶ透明な筒に囚われ、水責めを受ける詩織と香子の姿だった。
「蒼! 気をつけて! こいつものすごい量の酸蓄えてるわ! みんな溶かされちゃう!」
「ゲゲゲゲゲ! ソノ通リダ! 皆ヲ殺サレタクナケレバ動クナ!」
「冷凍エナジーキャノン!!」
頭上に怪しげな液体を蓄えたキメラゼルロイドを目にした蒼はゼル・リザリオスの忠告、警告に一切耳を貸さず、直感で冷凍ビームを放った。
白色の光線がゼリカヅラスに直撃し、頭部からバキバキと凍結させていく。
パワードディアトリマの対災害武装が、思わぬ効力を発揮したのだ。
そして、空間の裂け目から飛来したブレードホークが、二人の囚われているカヅラを切り落とし、凍結直前で救出に成功する。
落下する二人は、竜化したティナが見事にキャッチして見せた。
「みんな! 出口はあっちだ! SSTの車が見える方に走れ!」
響は空間に閉じ込められた人々を迅速に避難誘導している。
「グヌヌヌヌ! キサマラ!! グギョエエエエ!!」
残忍な作戦を瞬く間に打ち破られ、怒り狂ったゼル・リザリオスが蒼目がけて飛びかかってきた。
「ストロングクラッシャー!!」
しかし、巨大なパワーアームがそれを迎え撃つ。
数十トンにも及ぶ超パワーに挟み潰され、ゼル・リザリオスは断末魔を上げる間も無く、肉塊へなれ果てた。
「蒼!」
ティナの腕から降りた香子が、フラフラになりながら走って来る。
蒼はパワードディアトリマと分離し、彼女を抱きとめる。
「蒼……きっと助けに来てくれるって……信じてた」
「俺も香子は絶対生きてるって信じてたぞ」
見つめ合う二人、そして、それに呼応するように繋がる白い光。
そしてレイズイーグルが飛来し、蒼の背に合体する。
「いけるか? 香子」
「うん!」
「「デュアルエナジーバニッシャー!!」」
見上げた空で凍結したゼリカヅラス目がけて、青く輝く破壊光線が放たれた。
ティナのエネルギーブレスも加わり、強大なエネルギーの激流が生じる。
それは、このダークフィールドにあって、全く減退を感じさせない圧倒的な輝きをもって突き進み、ゼリカヅラスの体を、溶解液もろとも跡形もなく蒸発させた。





